第7話
殺風景だった部屋の中には山のような『ゴーレム少女(仮)』の箱。だからと言っておしゃれに華やいだというわけでもなく、混とんとした態がその実態だった。パッケージにプリントされた愛らしい二次元の少女の無数の目が、情華のことを捉えてやまなかった。
これから始まる生活に心躍る。この瞬間の情華は世界中の誰よりも幸福だったに違いない。
早速、『ゴーレム少女(仮)』を一つ作ることにした。パッケージを開封するときは幸福のあまり頭がどうにかなってしまいそうだった。多幸感で絶頂する。そんなこともあり得なくはなかっただろう。
すでに、浴槽には二十六リットルの水が溜まるように目印をつけていた。蛇口をひねって水が溜まっていくのを黙って見守った。
〝人間の素〟と〝女の子の素〟をそこに注いでよくかき混ぜる。改めて見る二つの素を混ぜた水の色は人間のもの。それがアンジの肌と同等のものだと気づく。
やはり〝吸血キット〟での採血はほんの少しの怯えを呼び覚ました。ただし、初回の時とは違った感情も顕れる。情華を情華たらしめている原液ともいえるこの黒ずんだ液体が暗示に混ざるのだと意識すると、きゅっ、と胸が締め付けられるのだ。それが、淡い恋心にも似たものであることに情華が気が付くことはなかったが。
〝魂の刻印〟は前回と同じように描くことにした。もしも、前と違ったものを描いて、アンジに会えなかったらと考えると……恐ろしさが込み上げてくる。元々、小心者で他者、それ以上に自分自身の決断に自信の持てない情華にここで遊び心を挟み込む余地などなかった。羊皮紙然とした紙には不格好なウサギのような何かを描き込んでアンジを形成する液体にそっと捧げるように浮かべた。
〝大切なもの〟これには少し考えさせられた。べつにものに対する執着心などそもそもない。とは言え、ここでいわれる〝大切なもの〟とはある程度形のあるものであるべきだと思った。
だから、情華は今回、ケータイ端末をそれに選んだ。果たして、これでもいいのだろうか? そんな疑問は出来上がった『ゴーレム少女(仮)』の原液に端末を沈めてから膨らんでいく。浴室を閉ざし、リビングで座して待つ間、情華の胸中には外の世界から切り離される不安感が増幅していった。なかなか逃げられずに、されど馴染めなかった世界だとしても、そこは人間である情華が生きてきた世界でもある。そう簡単に割り切れるものでもなかった。
だけど。
「……」情華。また会えたね。嬉しい、かな。
小首を傾げながら情華に話しかけるアンジの美しさを前にして、あっさり不安定な気分が霧散する。情華の表情は一変し、そこに現れたアンジとの数日ぶりの再会に爆発する心のときめきを押し隠すことは叶わなかった。
「アンジ! 会いたかったよー」
情華はほころんだ笑みを浮かべる。笑いなれていない様子のぎこちない笑みだった。それでも精一杯、悦びを露わにした瞬間だった。情華は、小柄な体躯には不釣り合いなアンジの豊満な乳房に、飛び込んでいった。
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