第6話
翌朝、情華は仕事のことを考えることなく目覚めることができた。すっきりとした目覚めで目の下の隈がすっかりなくなっていた。時刻はすでに始業時間を大幅に過ぎていた。ケータイ端末には何件ものメッセージが記録されていた。それらのメッセージには目も留めず情華はデスクトップの電源をオンにした。
行きたくなければ行かなければいい。必要ないのならやめればいい。
情華は自分を苦しめる要因だった仕事からすっかり解放されていた。どれほど苦しくとも頑なにやめようとはしなかった会社だったが、思い切ってしらばくれてみると心がすっと軽くなったことを感じられた。
今夜にだってアンジに会いたかった。その為にも『ゴーレム少女(仮)』を購入したウェブサイトを突き止める必要があった。不確かな記憶を頼りに情華は思いつく単語を片っ端から打ち込んでいく。閲覧履歴が残っていなかったのだ。
焦燥感に駆られるも、表示したサイトの隅々まで目を通していく。やがて、同人系の創作物を販売するサイトを幾つか転々としている内に、妙に目を引く広告が目に入ってきた。手が止まる。僅かにためらいを覚える。しかし……
〝Emeth〟
エメス。クリックした右手が震える。これだ。これに違いない。確かに見た覚えがある。この文字。この見たこともない奇妙な紋様の羅列。ゴシック趣味というか、奇妙な幾何学模様に縁取られた毒々しい配色の胡散臭いウェブサイト。
情華はその画面を食い入るように見つめる。催眠術にでもかかったような眩暈と不思議な浮遊感は初めて『ゴーレム少女(仮)』を注文した時と同じだった。
商品の取り扱いは一つ限り。手元にある『ゴーレム少女(仮)』のパッケージと同じ絵のアイコン。
情華は迷うことなく購入――たぶん、直観が間違っていなければそれだ――をクリックした。
カートに入る限りの数字を打ち込む。アイコンの右下に〈99/100〉とカウントされていた数字が<0/100>となり〝セルアウト〟という赤文字が重なった。購入制限が設けられている。その時の情華は気にも留めなかったが、つまり、この数字がアンジと出会える残りの回数というわけだ。
それから、購入手続き。支払いはクレジットで。金額的には預金残高をほとんど消費してしまう計算なのだが、まあ、べつに構いはしないというのが情華の正直な思いだった。
最後に表示されたのは、まるで用をなさない文字列――いかにも存在しそうでこの世に存在しない言語であると無意識に納得していた――が画面を埋め尽くす。利用規約の画面なのだろう。
かなり気持ちの悪い文字列だが不思議と魅力的でもあり、ほとんど疑問を感じることなく同意する意思をクリックした。
こうして、『ゴーレム少女(仮)』の購入手続きが済んだ。後は、焦がれながら彼女との再会の日を僅かながら待つのみとなった。まるで初恋に胸躍る少女のような心境で。
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