第3話
情華は先日ネットで購入した『ゴーレム少女(仮)』を作ってみようと思った。
梱包されたまま放置された小箱を、情華は乱雑な手つきで解いていく。無気力で何もしたくなかったが、徐々に興味が湧き始める。
面白そうだと思って購入したのか、無意識に物欲を満たそうとカートに放り込んだのか、今となってはその経緯をはっきりと思い出すことは出来なかった。しかし、ここにこうして存在しているというからには情華自身が注文したのは確かなはずだった。
商品を包んでいたボール紙を放り捨てて中身を取り出す。可愛らしい二次元の女の子の絵。安っぽい作りのパッケージからは胡散臭さが滲み出ていた。下手なアダルトグッツの何倍もの値段に度肝を抜かれたことを思い出した。
結局、お金なのだろうか。情華は落胆する。可愛い少女を埋め尽くすようにプリントされている過剰なまでのキャッチコピーがより印象を悪くしていた。きっと値に釣り合わない程度のものに違いない。そう考えると膨らみ始めた期待感もがくんと下がった気がする。
まあ、どのみち食事だけは済ませたかった。だからそのついでなのだ、と情華は自身に言い聞かせる。ついでにこの『ゴーレム少女(仮)』のお愉しみの部分を確認するだけ……。これは手短に済ませられる食事だ。更に言い聞かせる。倦怠感の極みに達する前にこれだけは準備してしまおう、と情華は『ゴーレム少女(仮)』作りに取り掛かった。
パッケージの中から取り出した材料一式と取扱説明書。
文面にざっと目を通してから、浴室へと中身を持ち運ぶ。他には、情華の私物が必要だった。説明書によれば、それは彼女が大切にしている物だという。
何か〝大切なもの〟はあっただろうか、情華は身の回りを俯瞰する。
大切の定義に小首を傾げながら、ふと手にしたケータイに目が留まる。大切と言えば……そうだろうか。情華はそれとマジックペンを片手にバスルームに戻る。
ケータイなしで仕事がまともにこなせるだろうか? ましてや、日常生活に支障をきたすのでは……。
情華は考え直してケータイをリビングに戻し、着古した部屋着を一着選んで今度こそバスルームで作業を開始した。
まず、〝人間の素〟と〝女の子の素〟と印字された袋をそれぞれ裂いて中身を浴槽に注ぐ。情華は白っぽい粉末と茶褐色の粉末を浴槽の底に認めて、インスタントヌードルほどの手軽さには頬が引き攣るようだった。
説明書によれば……体重四十キロの人間に必要な水の量は二十六リットルほどらしい。冷蔵庫から二リットルのペットボトルを持ち出して、十三回きっちり分量を量って浴槽に注いだ。この時、情華は拍子抜けした。数字だけを見ると結構な量だと思っていただけに、いざ浴槽に溜まった水嵩の低さを目の当たりにすると疑問に感じたのだ。――こんなもので本当に人間の少女を作り出せるのだろうか?
とはいえ、ここで手を止めるのもどうかと考え直した情華は作業を続けることにした。やせ細った指先で、先に注いだ粉末が良く溶けるように入念に掻き混ぜる。次に〝吸血キット〟を使って情華の血を少量そこに加える。
針を見ると無条件に背筋がこわばるのは仕方がない。ちくりとした痛みは鈍磨した感覚を明澄にすることはなく、そこに垂らした赤い液体を恐々と覗く。手順があまりに簡単すぎるとかえって不安は大きくなるものだ。
〝魂の刻印〟を刻む、という説明書きにしばらく考え込んでしまった。付属されていた羊皮紙然とした固い用紙に文字を書けばいいのだろうか? 羊皮紙といっても情華に本物かどうかを見極める心眼は備わっていない。ごわごわと硬い通常の紙質とは異なる、このようなチープな印象から尤もらしい結論を導いたに過ぎない。
情華はしばし考え込んでから、その羊皮紙にウサギのような輪郭の絵を描き込んだ(本人はウサギのつもりで描いたはずだ)。手が震えて線が綺麗に引けなかった。まあ、むずかしく考える必要はないだろう。情華は作業を続けていく。もう間もなく下準備が整うはずだった。
情華にとって〝大切なもの〟はボロボロの部屋着である。まあ、特別愛着があるわけではないが、休日などだらしない格好で呆けているのは好きだった。新生児のような色合いに混ざった水の中にゆっくりと水分を吸わせながら沈めていく。
血と肉と骨と、内臓と。グロテスクだが、不思議と調和のとれた身体機能。それらが、こんなわけのわからない方法で作り出すことができるのか……。
情華は準備の済んだバスルームの戸を閉めた。後はバスルームを観測する者を排除して少し待てば『ゴーレム少女(仮)』の出来上がりである。
ほんの三分程度。いや、きっちり三分と説明書きされている。無気力感から僅かに芽生えた好奇心に息を呑む。タイマーのスイッチはすでに押されている。
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