第2話

 広々としてしかし、飾り気のない室内は殺風景で、灯りをともしたからといって情華のことを温かく迎えてくれることはなかった。

「……ただいま」

 幼少期からの習慣で挨拶だけは忘れない。一人の虚しさは際立つけれどもやめられない習慣だった。

 片手に提げた鞄を放り投げると服を脱ぎ捨て下着姿で廊下に突っ伏した。前のめりに転倒して強か額を打ち付けたが、痛みに悶えることすら億劫だった。

 フローリングの冷たさが心地いい。温もりってなんだっけ、と夢想する。答えは出なかった。人の温もりというものを忘れて久しい情華にまっとうな感覚などないに等しかった。

 自分の熱で肌とフローリングの間にじっとりとした湿り気を帯びるまで情華はそこに倒れたままでいた。

 おもむろに立ち上がった。

 コール、コール、液晶画面に光る文字。会社からの連絡に胃の底が捩くれたかのような不快感を覚える。情華は震える手で着信に応答した。無視できるほどの度胸はない。

「はい、はい、そうです。……え? どうして……。でもそれは……、はい。はい。……、……、……、そんなこと言われても……。はい。解りました。……、……、申し訳ありません。はい。……。はい。……ごめんなさい。すみません。はい。……は、い。……は……、い……、失礼、します……」

 情華の目は液晶画面の光しか映し出していなかった。虚無や絶望といった類の。肺が詰まって息苦しくて強烈に胸を締め付ける淀んだ感情が渦巻く。自宅ですら容易に侵食する仕事という怪物を前に為すすべなく、されど恐れて逃げ出すことすらできない。惨めさと不甲斐なさ。すべてを投げ出すことは人間としての終焉だと思い込んでいるからこそ、息苦しさに吐き気を催す。

 解っていても解決策が見つからない。情華自身が心変わりしない限り、一生でも続く苦しみなのだろう。

 自分のことをそっと優しく包み込み、すべてを認めて受け入れてくれる。そんな存在が欲しかった。この冷たい水槽の中を一人ぽつんと漂うような寂しさ虚しさから解放されたかった。

 常に張り詰めている神経を解きほぐす温かな優しさを求めて、情華は広すぎるリビングの隅に置き忘れていた小包を見つめた。


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