詩が巻き込まれるとき

 インターネットの普及によって、アマチュア創作の世界は大きく変わった。誰もが簡単に自分の作品を発表して、見てもらえるようになったのである。2000年ごろ、ジオシティーズなどでホームページを作って、小説や詩を発表した時の興奮を覚えている人も多いのではないだろうか。

 しかし、それで誰もが満足したわけではないだろう。発表できるようになった、というだけで、必ず見てもらえるわけではない。私自身、訪問者はほとんど知り合いで、新しい出会いはないという時期もあった。

 インターネットの世界は、急激に変わっていく。ADSLや光回線になっていくことにより、通信量が増えたことが最も重要だったと感じる。文字中心だった世界に、画像や音声、動画といった要素がどんどん増えていったのである。

 これにより、様々なジャンルの創作者がインターネットを活用できるようになった。そして、創作者同士がつながりやすくなっていった。特定のジャンルに興味があるから見に行くだけではなく、創作しているうちに自然とジャンルに「巻き込まれていく」という現象が起こったのである。

 私がこの「巻き込まれていく」を最初に実感したのは、RPGツクールにおいてである。RPGツクールはプログラミングの知識などがなくても、最初から入っている素材を使って手軽にRPGが作れるというソフトである。ストーリーを考えるのが好きな人にとって、それをゲームという形に出力できるというのはとても魅力的なことであると思われる。

 しかし、ただ作るだけではやはり満足できない。作ったゲームは、誰かに遊んでもらいたくなる。CD-Rに焼くなどして知人に渡す、という方法ももちろんある。しかし、わざわざ素人のゲームを遊んでくれる知人には限りがある。ネット上に公開して、多くの人に遊んでもらえればと、誰しもが考えるだろう。

 一つには、ゲームをフリーソフトとして発表する、という方法があった。私も二作、Vectorで公開している。ダウンロード数は現時点で1900と1775。ゲーム制作者として無名であることを考えれば、大変ありがたい数字と言えるのではないか。

 もう一つ、エンターブレインの「インターネットコンテストパーク」というコーナーでも作品が募集され、そこで自らの作品を公開することができた。個人のサイトではなく、公式のもとに作り手と受け手が集うという形ができたのである。

 そしてRPGツクールには、さらに「巻き込まれていく」力があった。もともとソフトに入っている素材でゲームは完成させることができるものの、それでは個性を出しにくい。そこで、素材をインポートすることができる。オリジナルのキャラやマップ、BGMや効果音を追加することができるのである。しかし、それらを自作できる人は多くない。そこで、無料公開されている素材を利用させてもらうことになる。これは大変ありがたいことで、素材を作れない作り手も様々な素材を使用することにより、個性を表現しやすくなる。そして素材の作り手も、もともとアマチュアのイラストや音楽にかかわりのなかったゲーム制作者に興味を持ってもらえる、というメリットがあった。

 素材を利用させてもらう時は、掲示板に「お借りします。ありがとうございます」などのコメントを残すことが多かった。新しい素材がアップされていないか、再び制作者のもとを訪れることもある。このように、RPGツクールにおいては、ゲーム作りをしていた人が自然と絵や音楽の作り手とつながっていくという流れができていたのである。



 ゲームはもともと多くのジャンルの創作者がかかわってできるものであり、RPGツクールを始めとしたツクールシリーズはその世界をアマチュアまで拡大させた、といえる。次に私が「巻き込まれていく」力を実感することになったのは、全く新しい動き、次々と新しいジャンルへと派生していくものであった。

 それは、ボーカロイドである。歌声合成ソフトであるボーカロイドは2004年に最初のものがリリースされたが、多くの人が知ることになったのは2007年に発売された「初音ミク」だろう。初音ミクはかわいい女の子のキャラクターが前面に押し出され、DTMユーザーの枠を超えて多くのファンを獲得することになった。

 単にキャラクターが受けたということだけでなく、初音ミクに合った楽曲発表の場が存在していた、という事実が大きかった。それが、ニコニコ動画である。動画内にコメントが流れるニコニコ動画では、単に「観て聴いて楽しむ」を越えた、「書いて読んでやり取りして楽しむ」というあり方が生まれていたのである。また、初音ミクは公式のイラストや設定が少なく、それぞれの解釈で描かれていった。作り手と受け手が一緒になって、初音ミク像を作り上げていったのである。


『levenpolkka』から定着した初音ミクのネギを持っているイメージや、デフォルメキャラクターである『はちゅねミク』といった細かい設定も、もともとパッケージイラストしかないボーカロイドに対して、ユーザーの投稿動画の持つ世界観やイラストが味付けしていった結果なんですね。

 ニコニコ動画の良いところは、非常にシンプルな動画もコメントがあることで急に面白くなったり、イラストを加えることで楽曲などの創作が発展していくところだと思います。

(スタジオ・ハードデラックス編『ボーカロイド現象』、pp.56-57)


 音楽を作る段階で、人々の交流は生まれる。作曲、作詞、編曲、演奏。一人ですべてできる人ばかりではない。さらにボーカロイドを使う際には、歌声をいかに調整するか(「調声」や「調教」と呼ばれる)といった技術も必要になり、時にはこれを外注することになる。さらに動画投稿をするためには、視聴者の注意をひきつけやすいイラストなどが求められる。さらには歌詞が表示されたり、イラストが何枚も使われたり、ちゃんと「動画になっている」ものも現れるようになる。当然そこには技術も求められるため、動画制作を専門にする人との交流も生まれるのである。

 ボーカロイドの展開はこれだけにとどまらない。動画を気に入った人が曲を歌ってみたり、曲に合わせて踊ってみたり、得意な楽器を付け加えてみたり、と言った動画が投稿された。別のボーカロイドでカバーをしたり、楽曲からイメージを膨らませてイラストが描かれ、PVが作られたりもする。ボーカロイドというコンテンツを中心として、様々なジャンルの創作が関わり合い、交流が生まれ、そこから新しいものが作り出されていったのである。

 「多くの人がかかわりあう」なかでは、「何かを作り出す」ことが当たり前のようになっていく。ついには「見る専」という概念も生まれる。コンテンツ内においては本来受け手の方が圧倒的に多く、「何もせずに見るだけ」は当たり前であった。しかし様々な参加の仕方が生まれることによって、「作ること」が先にあり、それに対して「そうでない人」というカテゴライズがされるまでになったのである。

 インターネットによってアマチュア創作者が発表する機会は激増した。そして、新しいコンテンツによってさまざまなジャンルの創作者が交流する場も生まれた。いろいろな人を巻き込みながら、新しいファンを獲得していく。これが、インターネットのもたらした創作の新しい形である。……と言い切れない面がある。


 

 RPGツクールにしても、ボーカロイドにしても、巻き込まれるものの中にどれほど詩があっただろうか。なかったとは言い切れないだろうが、ほとんど存在しなかったといっていいだろう。ニコニコ動画にまで広げても、詩を発表する動画、詩がかかわる動画がランキング上位に挙がっているのを見たことはない。

 詩が、インターネットの世界から消えていたわけではない。ブログの普及によってホームページを作らなくても簡単に作品を発表することができるようになった。多くの詩を投稿するサイトができた。詩を作る人々の交流の場はあったのである。しかし、そこから詩が他のジャンルを巻き込んだり、他のジャンルに巻き込まれたりということは少ない。音楽を作る人、絵を描く人、踊る人、時には技術者まで巻き込む新しい創作の渦をよそ眼に、詩は細い小川を流れ続けてきたのである。

 同じ文芸でも、小説は少し異なる歴史をたどっている。小説は二次創作が活発であるため、ジャンルを越えてかかわるということは珍しくない。また、ボーカロイドプロデューサーが小説を発表したりもした。動画でのノベライズ的二次創作も多い。ゲームや動画を発表する段階では巻き込まれることは少ないものの、ジャンル同士の交わりという点では、小説は詩とは比べ物にならない。

 もともとライトノベルは、漫画やアニメなどとのメディアミックスが展開されてきた。プロの世界では、巻き込まれることが当たり前のジャンルなのである。また、現在小説投稿サイトは出版社とのかかわりが密にできている。出版社主催のコンテストが開かれており、ネット上で読者に読まれると同時に、プロデビューのチャンスもあるのである。



 ……と実は、この文章は三年前にここまで書いて放置されていた。現在の状況も踏まえて加筆してみたい。



 ポエトリーリーディングが広がったことや、新型コロナの流行でオンラインイベントが増えたことなどが、詩の状況を変えつつあるように感じる。YouTubeに動画が上がることもあり、「触れやすさ」は格段に上がった。

 詩誌『聲℃』は、QRコードから作者の朗読動画に飛ぶことができる。これはインターネットと動画を活用している典型例だろう。また、ポエトリーリーディングの大会には、ラップ出身者が多く参加している。「人前で詩を披露する」のは、ラップとの親和性が高いようである。また、芸人の中山功太がポエトリースラム2019の予選に参加した。今後も朗読の場には様々な人の参加、新しい展開があると思われる。

 2019年には、渡辺八畳の『姉妹たちに』という二次創作詩集が出ている。これはアニメ「ケムリクサ」を題材にした詩集で、装丁やレイアウトも原作を意識したものとなっている。渡辺はそれより前には「けものフレンズ」を題材にしたアンソロジー詩歌句集『けもポエ!』も出している。他の分野では当たり前に多数存在している二次創作作品だが、詩においてはほとんど見かけない。渡辺の作品をきっかけとして、今後二次創作詩集も増加していくかもしれない。

 また、2020年には『月刊ココア共和国』が創刊した。主に読者投稿作品を掲載する詩誌だが、「電子書籍版のみ収録」の作品があるのが特徴的である。多くの詩人が、掲載を目標として投稿している。

 また、掲載されている詩人の中に「現代詩お嬢様」という詩人がいる。主にツイッター上で活動する架空のキャラクターだが、しっかりと一人の詩人として創作活動もしている。このようなヴァーチャルな存在は他の分野では以前から見られたが、いよいよ詩の世界でも本格的な存在が誕生したと言える。

 2021年11月23日、オンラインにて平川綾真智新詩集『h-moll』刊行記念オンラインイベント「polyphonie――詩の未来」が開催された。その中で最も人々に強い印象を与えたのは、Vtuberのキヌではないか。仮想空間というもう一つの現実世界から、音と文字を駆使した動画と共に詠みあげられる言葉は圧巻であった。ボーカロイドのときにはほとんど交わらなかった詩の世界が、Vtuberの世界とは積極的な形で触れ合ったのである。

 これらのことは、他のジャンルがたどってきた歴史から見れば「微々たるもの」かもしれない。しかしほぼ何もなかったところに現れたのだから、大きな変化である。詩という小川は、他の川の流れと交わり始めたのである。

 今後詩が「巻き込み、巻き込まれる」分野になるかは不明である。しかしその可能性が見えてきたということに、私はとてもワクワクしている。



(敬称略)


参照文献 スタジオ・ハードデラックス編『ボーカロイド現象』(2011) PHP研究所


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