【アマチュア創作と倫理】 1
(注)初出 2015年
四年間大学で「アマチュア創作と倫理」という授業を担当していました。なかなか珍しい内容の授業だったと思います。私も大変勉強になりましたし、せっかくですから、この授業を踏まえて何回か講義スタイルで記事を書いてみようかと思います。
まず最初に、私がなぜそのような授業をするようになったのかを説明したいと思います。私の専門は倫理学で、責任や環境倫理について研究しています。その一方でアマチュア創作者でもあり、そんな私に、「サブカルチャーについて教えられる講師を探している」という話が舞い込んだのです。
専門外の話なので、少し迷いはしました。私よりサブカルチャーに詳しい人はたくさんいるだろうとも思いましたが、非常勤講師をできる人となればかなり限られていると思います。せっかくなのでやってみようと思い、私は、仕事を引き受けることにしました。
さて、やると決まったら内容を考えないといけません。そこで私は、「アマチュア創作」に的を絞ることにしました。私自身がアマチュア創作者であることもありますが、アマチュア創作が発展していること、そしてそこに特有の倫理的問題が生じていると感じていたからです。インターネットの普及により様々な可能性が拓け、創作者たちが多くの創作物を発表するようになりました。しかしそこでは、様々なトラブルも生じています。このトラブルに対して倫理学は何ができるのか、というのが私の問題意識でした。
たとえばプロであれば、ビジネス倫理学が役に立つかもしれません。また、インターネットでの態度という意味では、情報倫理も有効かもしれません。しかし、誰もが自由に作品を発表し、誰もが自由にコメントできるという人々の新しい関係性においては、新しいタイプの倫理学理論が必要なのではないか、と私は考えました。
学生の多くは創作をしない「受け手」です。そんな彼らにも問題意識を共有してもらいたい、とも思いました。ですから単に創作の現場がどのような状況であるかに留まらず、受け手や売り手といった「作り手以外」が、どのように創作の場に関わっているのかも積極的に見ていくことに決めました。
できるだけ多くの分野を取り扱おうとは思ったのですが、核になるのは「音楽」だと考えました。音楽はアマチュア創作者の数も多いですし、インターネットの恩恵を最も受けているジャンルでもあります。また、資料も多いので勉強しやすいという事情もありました。
授業では、教科書も指定しました。津田大介、牧村健一著『未来型サバイバル音楽論―USTREAM、twitterは何を変えたのか 』(中公新書ラクレ)です。音楽業界がどのように変わってきたか、今後どうなっていくかが書かれていますが、他のジャンルについても参考になると思います。
実はこの教科書に関して面白いことがあって、SNS等の利用状況を毎年アンケートしていたんですが、最初の年、ツイッターやfacebookの利用率が意外と低かったんです。若者の多くが使っています、というニュースとはかけ離れた数字でした。そして、USTREAMは誰も使ったことがありませんでした。なんと、そもそも知っている人がいませんでした。教科書の副題「USTREAM、twitterは何を変えたのか」に対して、実感のわかない学生がほとんどだったのではないか、と推測します。ちなみに、Myspaceも同じような状況でした。
特定のクラスにおけるアンケートですから、そこから何かがわかる、というほどのものではありません。ただ、「都会と地方では少し実態が違うかもしれない」と感じました。このあと、年々ツイッターやfacebookの利用率は上がっていきました。パソコンやスマートフォンの普及率、インターネットの利用状況は、想像しているよりも環境によって違うのかもしれない、そのことに留意しながら授業を進めることにしました。
さて、「アマチュア創作と倫理」を考えるにあたって、最初に行き当たる難題とはなんでしょうか? 私は、「そもそもアマチュアとは何か」という問題に悩みました。アマチュア創作者が増えているという実感はありますし、これに対しては納得する人が多いと思います。ただ、じゃあ誰から誰までがアマチュア創作者なのかと問えば、人によってかなり違う答えが返ってくるのです。もちろん答えが違うこと自体はいいのですが、多くの人は「人によって答えが違う」ことに気が付いていないのです。ですから、相手と語っている対象が違うことに気が付かず、話も食い違ってしまいます。
とはいえ、アマチュア創作者を定義するのはなかなか困難です。たとえば「プロゴルファー」のように、資格によってプロになる競技では「それ以外はアマ」と言ってしまえばいいかもしれません。(これでさえ、「トーナメントに参加しているのがプロ」と考える人もいるでしょうが。) 資格などがない「作家」や「絵描き」となれば、問題はどんどん複雑になってきます。専業だけど食べていけない人、副業だけど十分な収入を得ている人、雑誌に連載しているけど本はあまり売れていない人、同人誌が爆発的に売れている人。世の中には様々な創作者がいますが、誰と誰が「アマチュア」なのでしょうか。
次回はこの、「アマチュア創作者とはだれなのか」というテーマについて考察してみたいと思います。
初出 note(2015) https://note.com/rakuha/n/n3a421695b42c
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