成長についていける物語「ALL OUT!!」

(注)2020年の記事です。ネタバレ含みます。


 ラグビー漫画、「ALL OUT」が、17巻で完結した。もう少し見てみたい、という気はするものの、ここで終わるのも納得、という感じだった。

 これまで読んだスポーツ漫画の中で、一番楽しかった。多くの人に読んでもらいたいので、その魅力について書いてみたい。


 この作品は、弱小ラグビー部が勝てるようになっていく、偶然入った主人公が活躍する、といったスポーツ漫画の王道を抑えた作品でもある。けれども、他のスポーツ漫画とは異なる点がいくつかあり、そこが私は好きである。

 まず、チームがなかなか勝てない。主人公が入ることになった神校ラグビー部は、弱い。主人公が入部する前の年、ほとんどの試合で負けているようだ。そして主人公たちの活躍によりどんどん勝てるように……もならない。チームが成長していく大変さが、丁寧に描かれている。

 スポーツ漫画を読んでいると、途中から「勝つのが当たり前」になってきて、少しだけ引いてみてしまうことがある。どんなチーム相手でも接戦になり、展開も似てくる。それを避けるために、誰かがけがなどで離脱する。それすらもパターン化する。

 変な話だが、「普通に負ける」チームだからこそ、様々な試合展開が描かれる。そこが面白いのだ。


 次に、主人公が天才ではないという点。身長が低くスポーツで活躍したことがない主人公の祇園。普通のスポーツ漫画ならば、その才能を生かしてメキメキ成長、チームのエースに成長していく……のではないだろうか。しかし祇園は、なかなかレギュラーにもなれない。ほぼベンチにいる主人公というのも珍しいのではないだろうか。

 だからといって彼が落ちこぼれなのではない。ラグビー未経験の一年生の中では最も試合に出ており、同級生から目標ともされているのだ。「先輩たちからあっという間にポジションを奪う」主人公に比べて、私は彼に対して感情移入がしやすかった。


 さらに、チームの連続性が見える、という点。スポーツ漫画を読んでいると、言い知れぬ不安を感じ始めることがある。主人公が一年生でレギュラーを勝ち取る。そしてライバルや親友ポジションのキャラもおり、物語を動かすうえで当然試合に出る。さらにはチームが強くなっていくという展開上、事情があり離脱していた先輩が戻ってくる。

 こうなると、四人ほどのメンバーがレギュラーとして現れたことになる。読者は主人公が入部した時から見ているので違和感がないが、入部する前からを想像すると「これ、チームがほとんど変わってしまったのでは?」と感じてしまう。主人公が所属するのは普通スポーツ推薦などない学校である。どんな新入生が入るかわからない中、上級生が「レギュラー候補」と考えられていただろう。そんなメンバーが、作品の中では影が薄い。部全体の雰囲気はいいのか? やめようとする先輩はいないか? と変なことが気になってしまう。

 「ALL OUT !!」も、きっちり王道に対応したキャラが登場する。主人公の親友、石清水。一匹狼で親しくなろうとしない大原野。そして途中から部に復帰する快速の先輩、江文。しかし彼らによって、チームが大きく変えられるということはない。なんといってもラグビーは15人制なので、新しいメンバーが4人というのは単純に割合が低い。さらには祇園はレギュラーではない。「優秀な選手が数人入っても、それだけではラグビーは急には勝てるようにならない」ことこそ、この作品から知ることができる。

 だからこそ、この作品は先輩たちの物語として、チームの物語として読むことができる。主人公たちの入部は、きっかけに過ぎない。しかし、大きなきっかけでもあったのだ。


 祇園は、なかなか試合に出ることができない。ラグビーのルールも覚えられない。だから最初の方は、部長の赤山の方が主人公っぽいな、と思っていた。かつてやる気のなかった神高ラグビー部だが、まっすぐでガムシャラな赤山が諦めずに前を見続け、そして彼が部長になるに至り、戦う集団としての準備ができた、と言える。彼は恵まれた体躯ながら中学まではラグビー未経験で、その点でも祇園と対比させられる存在だ。

 赤山のことを嫌っている部員は、おそらく誰もいない。部を引っ張っていく主将として、皆から信頼されているように見える。ただ、チームは弱い。やる気だけで勝てるほど、甘くはない。

 実のところ、神高ラグビー部は最初の時点でそこまで弱くはないのではないか、という気もする。三年生には中学までの経験者も多いし、大型フォワードもそろっている。二年生は小粒だが努力家ばかりだ。おそらく神奈川県でなかったら、全く勝てない、ということはなかっただろう。層の厚い県ゆえになかなか勝てず、メンバーはそろっているのできっかけさえあれば勝てるようになる。絶妙なバランスである。

 そして、そのきっかけは確かに祇園なのだ。まず彼は、石清水をラグビー部につなぎとめた。皆とは群れない大原野にも、積極的にかかわろうとする。彼を除いた一年生たちは一緒にいることが多いようで、祇園がいることによりまとまっているように見える。赤山とは形が違うが、一年生は祇園により引っ張られているのだ。

 さらに、祇園はコーチを連れてくる。神高にはきちんとしたコーチがおらず、効率的な練習ができていなかった。そして祇園は、「コーチが欲しいと言ったので探して連絡を取る」と行動力を発揮する。こうして呼ばれた籠コーチにより、チームは変わっていく。元日本代表に対して、他の部員ならば物怖じして頼めなかったかもしれない。

 試合には出れなくても、チームの成長に必要な役割を担っていく。そして、徐々に試合に出る時間も増えていく。祇園は、いつまでも見ていたくなる主人公だ。


 神高は勝ったり負けたりする。ラグビーは1点ずつ入る競技ではない。ラグビーは15人で行う。様々な要因が合わさって、「ALL OUT !!」は他にはない魅力の詰まった作品になっている。完結したのでわかっていますが……最後まで面白いです。ぜひ、読んでみてください。



初出 note(2020)https://note.com/rakuha/n/n7a5644e47d36

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