老人とレジ

(注)2019年の記事です



 彼は老いていた。小さな体でコンビニで稼ぎ出し、独りでレジに立っていた。



 コンビニでは様々な人が働いている。すぐに見かけなくなる人もいる。その老人は見るからに老人で、初めて見た人は店長と思うかもしれない。しかし名札には「トレーニング中」と書かれている。

 動きはとてもゆっくりだ。私もスーパーでレジをしたことがあるが、バーコードの位置は商品によってまちまちで、なかなか読み取ってくれないものもある。だから、新人を見ると「わかる、わかるよー」と見守ってしまう。ただ老人は、全てがゆっくりである。かごから取り出す動き。商品を置く動き。レジ袋がなかなか手につない。上手く開くことができない。開いたものの、まったく商品が入る感じではない大きさだ。次の袋を探す。開ける。詰める。

 私は、急ぐ身ではなかった。だから、じっと観察していた。これまでも、初めての仕事に手間取る店員は何人も見てきた。いなくなってしまうことも多かったが、中には一か月も経つとベテランであるかのようにてきぱきとこなすようになる人もいた。この老人は、この後どうなっていくのだろう。

 五分ほどかかって、私の買い物は終わった。彼は、なぜここで働くことになったのだろう。店長は、面接の時にどう思ったのだろう。様々なことに思いを巡らしながら、私は店を出た。



 彼はレジを見た。白いアイスクリームが、よくある積雲のように積み重なっている。さらに上には、高い棚を背景にして、煙草が番号を振られて陳列されている。



 何か月か経って。老人はまだいた。列に並んでいると、時間の流れ方が変わってしまったかのように感じる。大量の買い物と格闘する老人。煙草が見つけられない老人。他の店員は、ちらりと見るものの手助けしようとはしない。信頼なのか、どうか。

 名札には、まだ「トレーニング中」の文字があった。


 それから少しして。慣れてくれば、レジは早くなる、としたものである。しかし老人の場合はそうではなかった。次第に動きが遅くなっているのである。レジ袋を探したり、間違えたりはしない。それでも袋を開くのにも、中に詰めるのにも以前より時間がかかるようになっていた。

 成長と老いが、戦っているように見えた。

 私はじっと待った。待てる人が待てばいいのだ。老人は、やめなかった。店長は、やめさせなかった。私は急がないし、きちんとほしいものが買えさえすればいいし、この老人を応援し始めてすらいる。


 老人は、この仕事が好きなのかもしれない。そんなことすら、思った。


 ある時から。コンビニの棚から、商品が消えていった。補充されない。これは……? そうか、改装か。きっと改装の準備だ。

 しかしある日、張り紙が。「二月〇日を以て、閉店いたします」

 老人の名札には、まだ「トレーニング中」の文字があった。このまま、店がなくなってしまったら、老人はどうすればいいのだろうか。他の店でも、雇ってもらえるだろうか。働かなければいけない事情があるとしたら、とても困るのではないか。

 私は、最後までじっと待った。神社にある大樹を見るのと同じ時の目で、見ていた。



 道を挟んだところにあるコンビニで、老人は再び立っていた。ゆっくりなままだ。そばにはお客がおり、見守っている。老人はシロクマの夢を見ていた。



参照

ヘミングウェイ著 石波杏訳『老人と海』 青空文庫版


初出 note(2019) https://note.com/rakuha/n/n18c6e13fef13

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