『妖精事典』との出会い

 本は見つけた時に買わないと、という話はよく聞く。研究者になり、それを実感するようになった。遠くの図書館にあるとわかっても、すぐにはどうしようもないときがある。一番困るのは、古書で高値で「買える」時だ。果たして適切な価格なのか。再販はしないのか。誰かに買われてしまわないか。ぐるぐると思考が回る。


 子供のころ、とても迷ったうえで、奮発して買った本がある。『妖精事典』(キャサリン・ブリッグズ編著 冨山房)だ。イギリスを中心とした妖精と、妖精にまつわる物語を紹介したもので、とても分厚い。購入当時は税込み6800円。現在は本体価格が6800円になっているようだ。

 妖精、と聞くとひらひらと羽で飛ぶかわいらしいものを想像するが、この本に出てくるのは、ほとんどがそういうものではない。日本で言えば妖怪に近いか。妖精研究に基づいて書かれており、学術書としても参照できるし、短編集としても読みごたえがある。挿絵も豊富だ。

 地元の書店にはまず置かれていないだろうこの本。大阪の大型書店で見つけたときは、ドキドキした。二度と出会わないかもしれないという緊張感。とはいえ高価。悩んだ末に、購入した。


 たまに適当なページを開けて読む。そんな感じで二十年以上楽しんできた。考えてみると、想像通り書店で再び出会うことはなかった。ネットで買える今ならどうか? と思って調べてみると、出てはいるものの「古書が高騰している」というよくある状態だった。

 出版社のページを見てみると、「現在品切れになっております。再販の予定はございますが、時期は未定となっております」となっている。なんだ、再販するんじゃないか……と安心はできない。「未定」のままずっと時間が過ぎていくなんてことは、珍しくない。こういう高価でなかなか数が売れない本は、簡単に再販という決断には至らないだろう。


 再販に至るにはどうすればいいか……それは、出版社が「売れるという確信を持つ」ことだろう。正直、書店に『妖精事典』が置かれていてもほとんどの人はスルーするだろう。ヨーロッパの妖精がジャンルとして盛り上がる……こともなさそうだ。でも、触れてみると「おもしろい」と思う人は多いと予想する。小説やゲームが好きな人は特に、その源流に触れる楽しさというのがあるのではないか。

 たとえば、「ごく小さい妖精」の項目は次の言葉で始まる。



 伝承の中には非常に小さな妖精というのが顔を出すが、その始まりは13世紀初頭のティルベリーのジャーヴァスが記録したポーチュンであろう。(p.113)



 私たちがよく知る小さい妖精というのは、ずっと昔からいるものではないようだ。興味わいてきませんか? ここに出てくるジャーヴァスやポーチュンという言葉も気になりませんか?

 私たちがよく聞く「ブラウニー」は、4ページ以上にわたる項目である。



 妖精の仲間のうちで、最も説明のしやすい、また最も理解のしやすい妖精。ブラウニーが縄張りとする地域はスコットランドの低地地方から高地地方および西方の島々にかけてと、イングランドの北部と東部の全域と中部諸州にわたっている。言語の自然の変形により、ブラウニーは、ウェールズではブカ、スコットランド高地地方ではボダッハ、マン島ではフェノゼリーとなる。(p.308) 



 続き、読みたくなりませんか? イギリスの地理や、言語についても興味が出てきませんか? 


 一冊買えば、一生楽しめる本です。興味を持った人は、どんどん欲しがってください。

 再販の決断、待ってます。



初出 note(2020) https://note.com/rakuha/n/ncb06f2006e78

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