幕間~とある剣聖の決意表明~
……いよいよ、この日が来ちまったか。
ユウマが追放され、俺を頼ってくる日が。
俺はいつものように浴びるほどの酒を飲み、カウンターで突っ伏す。
「時が経つのは早いもんだ……あのユウマが、あんなに大きくなるくらいだ。少しだけ迷ったが……この国に帰ってきといて良かったぜ」
夢心地の気分のまま、当時のことを思い出す……。
……俺が家を出たのは、十五歳の時だったか。
確か、親父が死んですぐだったな。
「シグルド! お前をこの家から追放する! お前の存在は、家の和を乱す!」
「はんっ! ランド兄貴、はっきり言えよ。俺が怖いってな」
「……そんな安い挑発には乗らん」
「まあ、良いけどな。俺も出て行くつもりだったし。ただ、挨拶回りだけはさせてもらうぜ?」
「……好きにしろ」
「ああ、そうするぜ……あばよ、兄貴」
俺は当主の部屋を出て、義姉さんの元に向かう。
「よう、エリス義姉さん」
昼寝しているユウマを撫でながら、エリス義姉さんが座っている。
「シグルド……ついに、この日が来たのですね」
エリス義姉さんは悲しそうな顔をしている……。
そうさせている俺自身と、そもそも原因である己に腹が立つ……!
俺は義姉さんに、あんなに可愛がってもらったのに……!
「ああ、出て行けってよ。まあ、わかってはいたけどな」
「ごめんなさいね、シグルド……私が貴方に相談してしまったことで、関係を悪化させてしまったわ」
「義姉さんは悪くねぇ! あいつが、家庭を大事にしねえから……!」
「そうね……あの人は変わってしまったわ」
そう……兄貴は変わった。
性格もぶっきらぼうだが、面倒見のいい兄貴分的な人だった。
俺とも昔はよく遊んでくれたし、稽古もつけてくれた。
だが……俺が剣の才能を発揮した日から全ては変わった。
「すまねえ……俺が……」
「シグルド、それは言わない約束よ? 貴方は何も悪くないわ。ただ、巡り合わせやタイミングが良くなかっただけだわ」
「しかし……」
十二歳の時に、俺が稽古で兄貴を倒してしまったから……。
すでに成人を迎えて、大人になっていた兄貴を。
その日から、兄貴は俺を憎しみの目で見てくるようになった。
そして同時に、家族にまで当たり散らすように……。
「でも、きっと貴方は責任を感じちゃうわね……なら、ひとつだけお願いをしてもいいかしら?」
俺の初恋相手であり、義姉さんである方が、俺を真っ直ぐに見つめてくる。
この願いを聞かないという選択肢は——俺にはない!!
「ああ、なんでも言ってくれ。俺の全てをかけて叶えてみせる」
「そんなに構えなくていいわ。貴方は、国を出て行くのよね?」
「ああ、剣を鍛えるためにな。武者修行の旅ってやつだ」
この国にいると、兄貴がうるさいしな。
家臣達も、俺に跡を継がせようとしてくる可能性もある。
そんなことになったら、またこの方が悲しんでしまう。
だから、ほとぼりが冷めるまでは出て行く予定だった。
「なら、いつか……この子が困っていたら、助けてくれないかしら?」
「ユウマをか……」
「貴方が言っていたわよね……バルスには才能がないって」
「ああ、言ったな。流石に、本人には言ってないが……」
ただでさえ、バルスには嫌われているしな。
兄貴が色々吹き込んでいるからだろう。
「だから、もしかしたら……」
「ユウマが、俺みたいな目にあうってことか」
五歳であるユウマには、まだ才能があるかはわからない。
ただ、貴重な魔力持ちで回復魔法を行使出来る才能を持つ。
これに剣まで使えた場合……まずいことになりそうだ。
「幸い、ユウマは貴方に懐いているわ」
まだ幼いゆえか、ユウマは俺を慕ってくれている。
いつも叔父上〜と言い、俺の周りをチョロチョロしている。
きっと父親が構ってくれないので、寂しいんだろうな。
俺もユウマが可愛くて仕方なかったから、よく遊んでやっていた。
「ああ、そうだな。全く、兄貴が可愛がってやんねえからだよ」
「そうね……」
「で、俺は何をすればいい?」
「この子が剣を習いたいと言ったら、教えてあげてほしいの。そして、家を追い出されるような事態になったら……面倒を見てあげてくれる?」
「剣の才能を発揮した場合、兄貴が教えるわけがねえな。わかった、俺が引き受けよう。それまでには、この国に戻ってくる。そして、面倒も見てやる」
それが……初恋の人の家庭を壊してしまった俺に出来る、唯一の罪滅ぼしだ。
「ありがとう、シグルド。貴方という義弟がいて、私は幸せ者ね」
「義姉さん……」
……堪えろ! 泣くんじゃねえ!
俺よりも辛いこの方が泣いていないのに……!
ここで俺が泣いたら——そんなのはただの自己満足に過ぎん!
「ふふ……強い子ね、シグルドは……あら?」
「むにゃ……あれ?叔父上?」
「おう、ユウマ。別れの挨拶に来たぜ」
「え?……どっか行っちゃうの?」
「すまんな、俺は武者修行の旅に出る。そして、剣を極めてくる」
俺がそう言うと、ユウマは目に涙を溜める……が。
「そっかぁ……ずっと言ってたもんね。最強を目指すって……うん! 僕は泣かないよ! だって、叔父上みたいな強い男になりたいから!」
「ははっ! ガキンチョが生意気言いやがって……」
俺を慕っているユウマがそう言うんじゃ仕方あるまい。
ならば俺は——お前が目標とする強い男でいよう。
「むぅ……すぐに大きくなるもん!」
「クク……ああ、次会える日を楽しみにしてるぜ」
「うん! 叔父上も元気でね!」
こうして、俺は武者修行の旅に出た。
ウィンドル以外の大陸を旅をして、様々な強者達と決闘を繰り広げた。
そしてその道中にて、ユウマを守るために出来ることを考えた。
その方法とは……。
「シグルドさん! もう朝ですよ!」
「ん……? もう、そんな時間か……悪いな、すぐに帰るぜ」
夜から飲み始めたが、外に出ると……。
「眩しい……いつの間にか朝になってやがる」
どうやら思い出に浸りすぎたようだな。
その後、家に帰ると……ユウマがいた。
俺を変わらずに慕ってくれ、未だに目標だと言ってくれる可愛い甥っ子が。
既に成長して、俺のせいで自分が酷い目に遭っていることを知っているはずなのに。
「叔父上!? また朝帰りですか!?」
「かてーこと言うなよ。ほら、いつもの頼むぜ」
だが、俺はいつものように軽口をたたく。
俺が罪悪感にまみれることを、こいつが望まないからだ。
実際に、一度も俺に恨み言を言ったことはない。
「はいはい、わかりましたよ。かの者の異物を取り除け、リムーブ」
「おう、サンキュー。よし!今日も鍛錬をやるぜ!」
「俺が酔いを醒まして、その後にボコボコにされる……まあ、良いですけど」
ボコボコにした後、ユウマは腑に落ちない表情でギルドに出かけていった。
「それにしても……やはり、才能を押し殺していたか」
家を出て、俺と稽古を始めてからというもの……剣の腕がメキメキと上達している。
あいつは優しい性格をしているからな……。
きっと、無意識のうちに自分の力を抑え込んでいたに違いない。
親父や兄貴、妹や母親のために……家族の中を壊さぬように。
「全く……俺とは違って出来たやつだよ。お前が憧れるような男じゃないっつーのに……そういえば、あの時も言っていたな」
ならば、俺は俺なりのやり方でお前に報いるとしよう。
ユウマを守るために、俺は数年ぶりにあるところへ向かった。
その場所とは……実家である。
「なっ!? シグルド!?」
ちょうど庭に出ていた、兄貴とバルスと鉢合わせる。
都合が良い……これで他の者が余計なことを言われまい。
「よう、兄貴。久しぶりだな?」
俺が国に帰ってきてまずしたことは、剣聖になることだった。
単純に強いやつと戦えるし、そうすれば兄貴達が手を出してこないからだ。
限定的とはいえ、一応伯爵扱いだからな。
ちなみに俺が剣聖になってから、きちんと向き合うのは初めてのことだ。
「貴様! 何しに!」
「おい——お前は黙っていろ。俺は兄貴と会話している」
「っ——!!」
「バルス! 家に帰ってろ!」
「は、はい……」
大人しくバルスは下がっていった。
「で、何の用だ?」
「なに、ユウマを追放したって聞いてな」
「やはり、お前が匿ったか……」
「懲りないな、兄貴は。また、同じことを繰り返すのか?」
「うるさい! もはやミストル家の者ではない貴様に言われる筋合いはない!」
「まあ、そうだな。今は、それはどうでもいい。いいか、一度しか言わないからな?」
「……なんだ?」
「ユウマを追放したこと、義姉さんを悲しませていること……それらを責める権利は俺にはない。責任の一端が俺にもあるからだ」
「……………」
兄貴は複雑そうな表情をしているが……。
もはや、俺にはなにを考えているのかわからん。
「だが……ユウマやその仲間に手を出すな。あいつは今、人生で初めての自由を得た。そして、あいつの才能は俺が認めるほどだ。きっと、これから名が知られていくだろう」
「……おまえに言われなくてもそのつもりだ。バルスに子供ができれば、奴は廃嫡にするからな」
「ならいい……だが、もし気が変わって手を出す気なら覚悟しろ——俺が叩き潰す」
「っ——!」
「何より永世剣聖である伯爵として、ユウマは俺の庇護下に置いた。手を出せば、ただじゃ済まないからな?」
俺はそのために永世剣聖になったんだ。
エリス義姉さんとの約束を果たすために。
「……いいだろう。話が済んだなら帰れ……ここはお前の家ではない」
「ああ、あばよ」
目的を果たした俺は、懐かしき生家を去る。
少しの寂しさを感じながら……。
兄貴、なんで俺たちは——こうなっちまったんだろうな?
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