第644話 満を持してルーシー現る

 朝になった。

 そして昨日と同じく、カトレアは健在だった。


 なぜ俺は昨日、勝てると思っていたのだろう?カトレアが攻守においてまったく隙の無い女性だということは知っていたハズなのに。



「参りました。投了です」


「・・・えーと、とうりょうって何ですか?」



 そういやこの世界で将棋や囲碁を流行らせるのを忘れていたな。

 そうなると投了って言葉も生まれないわけか。



「とにかく俺の負けなのです。カトレア全然元気なんだもん」

「夜伽に勝ち負けなんてあるのですか?」

「当然ある!嫁さんを満足させられなければ惨敗だし、一睡も出来なかった場合も俺の敗北だ」

「えーと・・・、私はすごく満足してますよ?見ての通り起きてはいますが」

「そ、そうか!満足してくれたのなら、最低限の仕事は果たせたな!」

「とても素敵な一夜でした。この日の事は一生忘れません」

「カトレア!」


 思わず彼女を抱きしめてしまった。

 この子はどうしてこうも心に響く言葉を投げかけてくれるのか。


 ・・・こりゃ勝てんわ。いい女にもほどがある!


「ふ~、名残惜しいがここまでとしよう」

「もう朝ですものね。これで孕んでくれるといいのですが」

「俺も祈っとくよ。さすがに嫁さん全員が懐妊ってわけにはいかないだろうけど」

「どうでしょうね?小烏丸ならば、そうなる可能性も十分考えられますよ?」


 いや、いくら何でも無理だろ!

 こればっかりは日の巡りが重要だからな~。



 最後に彼女と口付けを交わしてから部屋を出た。

 敗北はしたが、チェリン戦と同様に心は満ち足りていた。






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 変な時間に寝たので、今日もまた夕方起きだ。

 身嗜みを整えてから訓練場で一汗流し、シャワーを浴びてから食堂へと移動。


 いつものテーブルに着いて寛いでいると、ダンジョンから帰宅した親父とグミが合流した。


 そういえばあの騒がしいのがいないなーと思ったけど、今夜の対戦相手だったことを思い出す。


 ・・・そうか、今日はあのルーシーと一夜を共にするのか。


 なぜか夜伽を控えた嫁達は、二日に渡って精神統一をするのが当たり前となっていて、その間は食堂へ来ることもないのだ。


 でも断食しているわけではなく、和泉が用意した嫁専用夜伽定食を、自分の部屋で一人で食っているらしい。


 つい『なぜそんな面倒臭い事してんの?』と和泉に聞いてしまったんだけど、『せっかく精神統一しているのに雑念が入ったら台無しでしょうが!』とキレられた。


 夜伽に全力で臨む嫁の行動に疑問を持ってはいけないのだ。



「おお!ゴーヤチャンプルーだ!!」

「なにィ!?思い切った料理を出してきたな・・・。メイン料理ではないみたいだけど、残す人も結構いるんじゃねえか?」

「ゴーヤちゃん?ニガイとか言ってたヤツだよね?」

「まあ呼び方はゴーヤちゃんでも構わんが、甘党のグミちゃんには天敵みたいな料理かもしれんな。いや、そういうのってあんまり関係ねーのか?」

「俺は甘いのも苦いのも全部平気だから、嫌いな人の気持ちは分からんな~」



 お、料理長の和泉が厨房から出て来たぞ?



「はいはい、みんな聞いて!!今日のメニューに『ゴーヤチャンプルー』って料理を出してみたんだけど、中に入ってる緑の野菜がゴーヤで、ぶっちゃけ苦いです!でもその苦さを楽しむ料理なの。栄養満点で体にも良いんだよ!お子様な舌では無理かもしれないけど、これが好きって人も結構いるから是非挑戦してみて下さい!」



 ほほう、流石は和泉だな。お子様な舌では無理だと焚き付けおったわ!

 この説明ならば、苦さが逆に良いって思う人が出るかもしれんな。


 俺はむしろ大好きな料理なので、早速食ってみよう!



「美味い!」

「うめえな!良い味付けだ」


 グミを見ると、ぐぬぬぬぬって顔をしていた。


「甘い味付けで美味しいんだけど・・・ゴーヤちゃんって本当にニガイね!」

「好きか嫌いかで言うと?」

「わかんない!美味しいような気はするけどニガイって感じ!」

「初めて食ったわけだし、ほとんどの人がそんな感想じゃねえか?」

「最初食った時ってどうだったっけかなあ?第一印象で不味かったら好きになってなかったと思うから、やっぱ俺は美味いと思ったのかもしれん」

「確かにそうかもな」


 周りを見てみると、ほとんど全員が困惑している感じだった。

 苦くてダメって人もやっぱそれなりにいるな。



 なんにせよ俺は大満足だったので、気分良く部屋に戻ってから、夜伽に備えて歯を磨きまくった。






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 ガチャッ



 部屋に入ると、ベッドで女の子座りしているルーシーと目が合った。

 戦場から帰還したばかりなので、部屋はまだ殺風景だ。



「わわわわっ!小烏丸が来たっス!!」



 待っていたのだろうに、土壇場で怖気付いたんかな?



 バタン


 ドアを閉めて、彼女の側まで歩いて行く。



「ルーシーでも緊張するんだな?」

「当たり前じゃないっスか!初夜に緊張しない女の子なんて絶対いないっス!」

「そりゃそうか。・・・しかしルーシーと夫婦になる日が来るとはな。ピピン隊は全員ルシオに行ったけど、ルーシーは俺なんかでよかったのか?」

「いつも一緒にいるからって男の趣味が同じとは限らないっスよ?ウチは最初から小烏丸派っスからね!」

「それはとても嬉しく思うけど、いつもふざけ合ってたせいか俺に恋愛感情なんか無いと思っていた。一緒に居て楽しかったのは間違いないが」

「それっス!一緒に居て楽しいのが一番重要っス!」


 なるほど・・・。

 確かに、同じ部屋にいて息苦しさを感じる相手と結婚はしたくないよな。


 末永く一緒に暮らすならば、その辺をチョロチョロ歩いていてもまったく気にならない相手の方がいい。一番重要ってのは俺も分かるぞ!


「だな!俺もルーシーと一緒にいると心が休まる。それが夫婦生活において何よりも重要なことかもしれないな」

「もちろんそれだけじゃないっスけどね!とにかくウチは小烏丸との子供を育てたいんス!今夜は頼んだっすよ!!」

「わかった。期待に応えられるよう全力で行くぞ!」



 それを聞いたルーシーの目が力強く輝いた。



「見せてもらうっス!ド変態で性豪と噂の小烏丸の実力とやらを!」



 おい、ちょっと待て!ルーシーに名セリフを取られた!!




 ―――――その夜、俺はルーシーにまさかの敗北を喫することになる。



 

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