ある日突然4

 



 とある休みの日。

 居間のソファで、俺はただひたすら寝ころんでいた。


 元々、大層な予定がある訳じゃない。テレビを見つつスマホゲームに興じ、程々に宿題をこなす。

 そんな休日は、今のところ順調だ……と思いたい。


『今日こっちから帰るから……またね』


 あの時のフェリシティの表情が、頭の片隅にこびり付いていたから。


 あぁ……モヤモヤする。

 なんだろ。俺間違ったか? てか本題に入る以前だったろ? じゃああの玩具か? そうに違いない。でも俺そんなに失礼な事は言ってない様な……


 ―――この秋、あの戦隊シリーズが大集合! 全員の力で史上最強の敵をやっつけろ!―――


 ……戦隊シリーズ? CMか?


 ―――劇熱戦隊バトルレンジャー! 俺達の絆は固く結ばれている!―――


 って、これだよこれ。お前達のせいで……


「うぉーい、何だらけてんだー高校生ー」


 って、このタイミングで来るんじゃないよ。


「夏休み中ですよー。寿々すず|ぇ」


 いくら従姉だからって、普通に家に入るなよ。寿々音さんよ? ったく、大学はどうした大学は。しかもそのテンションの高さ、今は逆効果なんですよね。


「だからってー、ゴロゴロはないっしょー?」

「いいだろー? 大体、大学は? なんか用なの?」


「あのさー大学にも休みはあるっての。バイト行く前にーちょっと様子見て頂戴って、叔母さんに言われたんだよー」


 くっ、母さんめ。にしても、なんか年々ギャルっぽい話し方になってんな? 寿々姉ぇ。


「今日の分の宿題は終わったし、何の問題も無いだろ?」

「はぁー。あのさー、せっかくの高校生活なんだからもっとアクティブに行かないとー」


「アクティブねぇ」

「そうーそうー」


「俺の中ではアクティブな分類なんだけど?」

「あんたねー」


 相変わらずだな。けど、ちょっと今は1人になりたいんですけど……


「って、あっ! なになに? 劇熱戦隊バトルレンジャー? チョー懐かしいじゃん」

「ん? 知ってんの?」


「いやいや、知ってるも何もアンタ大好きだったでしょ? 劇熱戦隊バトルレンジャーごっこに付き合わされたこっちに身にもなりなさいよー」

「えっ? そんなに?」


 ……ん? 確かに好きだった記憶はあるけど、そこまでだったか?


「当たり前でしょ? アタシの記憶にはちゃんと残ってんだよ? 何回怪人の役やらされて、何回やられたと思ってんのよ」

「あぁ……その節は大変お世話になりました」


「心こもってなさ過ぎ! てかアンタマジで覚えてないの?」

「いやー、好きだったのは覚えてるよ?」


「でしょ? あっ、このベルトだってアンタ大切にしてたじゃん」

「ベルト?」


 テレビに映し出されたベルト、それは見覚えのあるものだった。そう、フェリシティが俺に見せたモノ。赤と黄色にグラデーションされたそれは間違いない。

 となると、やっぱりフェリシティは劇熱戦隊バトルレンジャーを知ってる? まぁ映像なんかは今でも見れるし特段変でもないよな。


 けど、俺も持ってた? ……そういえば持っていたような……


「ふふっ、思い出したー」

「えっ?」


「そうだよ。あんた、誕生日に必死こいてこのベルト買って貰ったのに無くしたんだよ」

「はぁ?」


「マジマジ。丁度お盆にここ来た時、それでアンタ叔母さんに怒られてたの覚えてる」

「寿々姉ぇの勘違いじゃね?」


「いやいやー、じゃあ叔母さんに聞いてみなよ? 懐かしい思い出話としてさ」

「……気が向いたらね」




 そしてその夜。

 寿々姉ぇの報告を聞いたであろう母さんに小言を言われたものの、それらをあしらいつつ……晩御飯を食べ終えた俺は、相も変わらず居間のソファーで寝ころびながらテレビを見ていた。


 今日も1日が終わる。なんて暢気なことを考えていると、テレビにあるCМが流れた。


 ―――この秋、あの戦隊シリーズが大集合! 全員の力で史上最強の敵をやっつけろ!―――


 それは、日中にも目にしたCMだった。そしてなんとなく……寿々姉ぇが言ったことを思い出す。


 そう言えば、このベルトがどうのこうのって言ってたな? ちょっと聞いてみるか。


「なぁ母さん」

「んー?」


「このCMのさ……あっ、今映った劇熱戦隊バトルレンジャーって知ってる?」

「なになに? 劇熱……あぁ! 覚えてるわよ。拓都めちゃくちゃハマってたからね?」


 母さんまで覚えてる位だと?


「マジか。じゃあさ? あの……ベルトの話とか」

「ベルト? ……あっ! あの時は本当に腹立ったわよ!」


「えっ?」

「えっ? じゃないでしょ? てか、むしろあんた覚えてない訳?」


「いや……その……」

「はぁ……あのね? あのベルト、あんたが欲しい欲しいって言うから、父さんと母さんであんたの誕生日にプレゼントしたのよ?」


 寿々姉ぇの言ってたことと一緒じゃん! えっ? じゃあ俺はそれを無くしたってのも……


「そしたら、その年のお盆かしら? 半年も経たない内にあんた無くしたのよ?」

「うぉ……マジか」


「マジです! しかもね? それだけだったらこんなに記憶に残らないわよ?」

「まだなにか……」


「あんたってば無くしたって認めなかったのよ」

「はぁ? 本気か? じゃあ俺は何て……」


「頑なにって言うのよ」

「あげた?」


「そうそう。どこでって聞いたら、黒前くろさき第一だいいち児童公園じどうこうえんっていうのよ?」

黒公くろこう?」


 黒前第一公園。通称黒公。黒前駅の裏にあるそこには、かなりお世話になった記憶がある。

 というのも、俺の家から黒公まで距離は結構ある。だが、母さんが働いている子ども園が近くにあり、俺ももれなく小さい頃はそのこども園に通っていた。


 もちろん帰るのは母さんの仕事が終わってから。だからどうしても暇な時間が増える為、子ども園よりも広くて遊具のある黒公で毎日の様に遊んでいた。


「そうそう。大体こども園に玩具持って行くだけでも信じられないってのに……」

「はは……それはそれは……」

「しかも無くしたって認めずに、あげたなんて嘘ついて……本当に怒り心頭だったわよ」


 話を聞く限り、なかなかだな俺。しかもあんまり記憶にないのがさらに恐ろしい。


「あっ、でも本当に誰かにあげたとか……」

「あげたぁ? 確かに言ってたわよ? 名前」


「ほっ、ほら! じゃあ……」

「絶対にあり得ないわよ」


「えっ?」

「あんた本当に覚えてないの?」


 ……すいませんが全く。


「んー」

「はぁ……無くしたことに気付いて怒られてる時は、名前言わなかったのよ? けどそれから暫くしてから、あんたいきなりテレビ指差していたのよ? ティーだ! この子! この子にあげたんだ! って」


「はぁ? ティー?」

「そうよ? ほら、今も活躍してるじゃない? 海外の女優さん! あんた好きだったでしょ?」


 ティー? 俺が好き? は? もしかして……


「ティー・キュロチャーチ!?」

「そう!」


「いやいや有り得ないだろ?」

「だからー! 有り得ないから更に腸煮えくりかえったんでしょうが!」


 いっ、いくら憧れてたとは言えこんな小さい時から気になってたのか? 


「いやぁ……」

「まぁテレビに映る度に必死に言ってたし、必死ていうか嬉しそうにしてたけどね?」


「嬉しそう?」

「そうそう。しかもね? あの時ってCMとかでチラッとしか映らなかったの。なのになんで名前まで知ってるのかな? とは思った。多分小学校ぐらいじゃないかな? あの女優さんがインタビュー受けて、ちゃんとした名前が出るようになったのって」


 名前を知ってた? 5歳、6歳で?


「ん? なんかしらで名前を知ったとか?」

「そりゃ知らないわよ。けど、あの時のあんたが無くしたことを隠そうとして、そこまで用意周到に出来るとは到底思えないけどね? それに外国の子でしょ? どうやったって無理じゃない。だから、余計に腹が立ったし、記憶にも残ってるわよ」


「そっか……」

「ん? てかそれがどうかしたの? 10数年の時を経て謝罪でもしようって?」


「いや? なんとなく……思い出してさ?」

「ふぅーん。まぁ今では良い思い出だけどね?」


「まぁ……すいませんでしたね」

「……あっ、そう言えばね? その近辺であんた変になった時期あったかも」


「変? これ以上に変だったってか?」

「いやいや。なんか今日はバトルゴールドと遊んだとか。それこそ、ティーと遊んだ! とか……毎日の様に言ってた時期があったのよ。てっきり、新しくお友達でも出来たのかと思ったけど、あんた本当の名前言わなくてさ? まぁ妄想とかそんなもんだろうって思ってたのよ」


「いやっ! 妄想って……」

「ごめんごめん。でも、あまりにもリアルだったわよ? 本当に遊んでるみたいで……女の子だってのは言ってたけどね?」


「女の子? あれ? ティー・キュロチャーチも女の子……」

「その辺は繋がるっちゃ繋がるんだけどね? けど、外国の子役ちゃんとあんた……」


「有り得ないでしょ?」




「えっと、劇熱戦隊バトルレンジャーっと」


 ベッドに横になりながら、スマホをタップするとすぐにその情報が溢れる。そんな数々のサイトの中から1つ選ぶと次々とその歴史が表示されていった。


 何が気になる訳じゃない。ただ、何気なく寿々姉ぇが言ったこと。そして母さんから聞いた昔の話。それらが妙に引っかかっていた。


 なになに? 放映開始が……あぁやっぱり俺が5歳の時だな? んで? メンバーはバトルレッド、ブルー、イエロー、ピンク、ブラック。それぞれの絆を武器に怪人達と闘うと……それで? 更なる決意の証として、メンバー同士が結魂けっこんすることで更なるパワーアップをすると。


 なるほど? それで……ん? その後追加メンバーとしてバトルゴールドが参戦? その煌びやかさから追加メンバーにも関わらず大きな人気を呼んだ。


 バトルゴールドって、母さんの話にも出て来なかったか? ちなみに二つ名は、輝く癒しバトルゴールド? ……いや、俺が口にしてたんだけ。だったら普通に存在するのは当たり前か。


 けど、確かおかしくなった俺が言ってたんだっけ? ティーと遊んだ。バトルゴールドと遊んだって。


 ……んー、やっぱ良く分からないな? 昔の俺。 

 ティーってあのティー・キュロチャーチらしいんだよな? おかしいのは分かるけど。

 じゃあバトルゴールドって誰のこと言ってんだ?


 新しい友達が2人出来た? いやいや、だから外国に居るティー・キュロチャーチは有り得ないだろ? 

 やっぱバトルゴールドか? バトルゴールド……あれ? そう言えばその名前、最近聞かなかったか?


 戦隊シリーズ。

 劇熱戦隊バトルレンジャー。

 変身ベルト……


『正解だよぉ。輝く癒し、バトルゴールド!』


「フェリシティ!?」


 その瞬間、頭を過ったのは……あの時のフェリシティ。

 確かに彼女は、変身ポーズまでしてそう口にした。バトルゴールドと。


「いや待てよ? そもそもあの変身のポーズってあってんのか? えっと、動画検索サイトで調べれば……あった。……っ! マジか?」


 そして俺の前で見せた変身のポーズは……まさにテレビで放送されてポーズと一緒だった。


 嘘だろ? いや、つい最近見たから覚えているだけかもしれない。

 そうは思いつつも、その奇妙な繋がりは全てを否定できない。



 俺は小さい頃、黒公で遊んでいた。


 そしてある日から、バトルゴールドやティーと呼ぶ子と遊んでいた。


 その内、俺は泣くほど頼んで買って貰った変身ベルトを無くす。いや? あげたと言った。


 相手は……当時子役だったティー・キュロチャーチ。名前もそこまで知られていなかった時から、俺はなぜかその子がティーだと知っていた。


 同い年で活躍する彼女を見て、俺はいつしか憧れを抱いた。勝手に張り合って、かつモチベーションにしてきた。


 そんな彼女に瓜二つな子が、転校して来た。


 その子は俺をさんちゃんなんて呼んで、妙に親し気な態度を見せた。


 さらには徐に古びた変身ベルトを見せ、変身のポーズまで完璧にこなし、こう言った。


 輝く癒しバトルゴールド。


 ただ、俺はそれをシカトした? 話を受け流した? 


 それから彼女……フェリシティは俺に声を掛けない。関りを持たなくなった。あの瞬間から、明らかにおかしくなった。


 ということは?



「まさか?」


 完全に理解は出来ない。

 ただ、辻褄は合う。

 しかしそれは余りにも有り得ないことだった。


 有り得ないか? けど、どっちみちモヤモヤしたままだと流石に気持ちが悪い。それに今の俺の評価は最低。だったら見当違いでもあたってみる価値はある。


 じゃあ明日行ってみるか?


 ……彼女の元へ。



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