ある日突然5
ジリジリと太陽が照り付け、頬からは汗が滴る。
そんな中、俺はある場所へ向かって歩いていた。その場所に来るのは何年ぶりだろうか、小学校以来めっきり足を運ぶことがない場所。
周りの建物は意外と変わり映えはない。その懐かしさを感じながら進むと、それは姿を見せる。
黒前第一児童公園。
様々な遊具に、丘の様な場所。駅裏にあるとは思えない程にその面積は広いように感じる。ただ、それも一般的な意見だ。俺の記憶にある公園からは大分小さく感じるのは仕方がない。
ただ、不思議なもので、久しぶりに訪れるとその当時の記憶が不意に呼び起こされる。
速さを競ったアスレチックスペース。てっぺんで自慢げに立ち誇ったジャングルジム。
勢いに任せて下り、見事に顔をうった丘。
それは確かにここで遊んでいた記憶で間違いない。
ただなんで俺はここに居るのか。もちろんフェリシティに会いに行こうってことを忘れた訳じゃない。
今更ながら、俺は彼女の連絡先を知らない。メッセージアプリのIDさえ交換していなかった。だからどこに居るのかは検討も付かない
だからこそ、これも1つの賭けのようなモノだった。
もし俺の考えている有り得ないことが、万が一当たっているというなら……
彼女はこの公園に居るんじゃないか?
そう思った。
徐々に近付く度に、その答えが見えて来る。
俺の気持ち的には半々どころか、居ない可能性の方が高く思えた。
それでも、足は止めない。自分の目で確かめるまでは。そう思った時だった、答えは意外にも早く現れた。
誰も居ない公園で、1人ブランコに乗っている。
こっちに背は向けているけど、誰なのかは容易に分かった。
その綺麗な金髪はある意味でこの場には似つかわしくはない。ただ、その光景がどこか懐かしくも感じた。
そんな不思議な感覚を覚えながらも、俺はゆっくりその人の元へ向かう。
何をしているのかは分からない。地面の砂のお陰かもしれない。
とにかく、かなり近付いても彼女は俺の存在には気付かない様子だ。
……まさか本当に居るとは思わなかったよ。けど、君は居た。偶然なのかもしれないけど、俺にとってはそれ以上の何かにも感じる。だから……
「よっ」
「キャッ! ……えっ? さんちゃん?」
駄目で元々! 突き進んでやる。
「元気か? フェリシティ……いや? ティー・キュロチャーチって言った方が良いか?」
「えっ! なんで……」
驚いた表情でこちらを振り向くフェリシティ。その反応がどっちの意味かは分からないけど……そんなことよりも、俺としては1つだけ確認したいことがあった。
いくら顔が似てても、流石にフェリシティ=ティー・キュロチャーチだとは思いもしなかった。だからこそ、今まで確認なんてしなかった。
「まぁまぁ。ところでフェリシティ。ちょっと見せてもらいたいんだけど?」
「ふぇ!? なっ、なに?」
「両耳の後ろ」
「えっ?」
そうだ。長年憧れだったティー・キュロチャーチを見続けていたからこそ知っていること。それが、両耳の後ろにあるホクロだった。
それを見つけた時は、耳の裏側にホクロ? しかも両耳? 珍しくね? なんて思ったもんだ。
だから、もしフェリシティの両耳の後ろにホクロがあれば……俺の憶測は限りなく正解に近付く。
「どどっ、どうしたのいきなり?」
「いいから。髪の毛あげてくれる?」
俺の言葉に、ゆっくりとその長い金髪をたくし上げるフェリシティ。そして露わになる耳の裏側。
そしてそこには……
「……あった」
ホクロが存在していた。しかも両方に。
にわかには信じられない。ただ、目の前のそれは事実だった。
そうと分かれば、
「ありがとう。隣良いか?」
「うっ、うん」
俺は隣のブランコに腰掛けると、フェリシティを見つめる。
当の本人は顔を伏せていたけど、逃げる様子はない。そんな様子を確認すると、俺はゆっくりと口を開いた。
「なぁフェリシティ。少し聞きたい事がある」
「なに……かな……」
「お前イギリスの女優、ティー・キュロチャーチだろ?」
「えっ、なんで……」
「悪いけど、ずっと憧れてた人でさ? 両耳の後ろにホクロがあるのは知ってた。珍しいからな?」
「ずっとって……ほっ、本当!?」
うおっ! なんだ? 一気に声がでかくなったぞ? しかも心なしか表情が……前の様な感じに戻ってる。てことは、本当なのか?
「あぁ。それで? 本人なのか?」
「……うん。そうだよ」
マジか……って言葉しか出ないわ。外国で数々の映画にも出てる女優だぞ? しかも勝手に憧れてた女優だぞ? そんな人が隣でブランコに乗ってる? ……いや、念には念を。
「あのさ、身長は?」
「えっ? 172cm」
「靴のサイズは?」
「えっと、6……じゃなかった。25cm」
「好きなスポーツは?」
「バスケットボールだよ」
「好きな食べ物は?」
「たこ焼き!」
……ティー・キュロチャーチ公式のプロフィールと全部一致してる。これは、認めざるを得ないな。
「参った。信じられないけど、現実みたいだ」
「でもさんちゃん? その様子だと……やっぱり何も覚えてないんだね?」
「……悪い。けど……」
「でも、こうして話してくれてるってことは、少しは思い出してくれたんだよね?」
そう言って、俺を見つめるフェリシティの笑顔は凄く眩しかった。どこか心の底から喜んでくれている様な表情は、どこか懐かしさを覚える。
ただ、それと同時になんで俺は覚えてないのか……自分自身に腹が立って仕方ない。
「あぁ。なんとなく、フェリシティがティー・キュロチャーチなんじゃないかってさ? そんで、小さい頃ここで遊んでたんじゃないかって」
「そっか。でもね? 少しでも思い出してくれたんなら、やっぱり嬉しい」
「なぁ、良かったら教えてくれないか? 俺とフェリシティとの思い出」
「うん。もしかしたら、話を聞いてドンドン思い出すかもしれないしね?」
「そうだな。何とか頑張るよ」
「もう、そんなしょぼくれた顔は似合わないよ? バトルレッド」
「バトル……ってちょっと待て? 早速嫌な予感しかしないんだが?」
「ふふっ。さんちゃんにとっては嫌かもしれないけど、私にとっては凄く大事で……大切な記憶だから」
「そっ、そっか……じゃあお願いします」
「はい」
「私が日本に来たのは、5歳の頃。両親の出張の都合で付いて来ただけど、東京やら北海道やら行ったり来たりするモノだったらしくてね? 私はその間、日本に住む伯母さんの家でお世話になることになったの」
「日本に住むってまさか……」
「そうだよ? 今もお世話になってるところ」
「なるほど」
5歳って、丁度劇熱戦隊バトルレンジャーが放送されてた時だよな? あぁ、やっぱ嫌な予感がしてきた。
「そんな中、私はね? この公園を見つけたんだ。広くて遊具が一杯あってね? 楽しかったんだよ。けど、ブランコに乗ってたら、近所の子ども達かな? 何人か私の前に来てさ……誰だよお前。金髪の外人だぁ! とか言い出して、私怖くなっちゃって。でもそんな時……現れたのが、バトルレッド! そう、さんちゃんだったんだよ?」
「うっ! なんだろう一気に恥ずかしくなってきた。けどそれって本当に俺か?」
「当たり前でしょ? 忘れる訳ないよ。だって、さんちゃんは私の……ヒーローだったんだもの。そんな人の名前も顔も忘れる訳ない」
「いやいや、それにしたって……」
『おいおい、何泣いてんだよ。お前名前は?』
ん? なんだ? なんか頭の中にフッと……
『あぁ、やっぱえいごは分かんねぇな? そうだな……そうだ! 綺麗な金髪なんだから、お前バトルゴールドな?』
『バッ……バトルゴールド?』
『そうだ! 俺はバトルレッド。お前は今日からバトルゴールドだ』
『ゴー……ルド……Got it!』
『ガーなんだって? とにかくゴールドな!?』
なんだこれ……記憶? 夢? けどなんか懐かしい? って、もしかして……
「なぁフェリシティ。もしかして俺、その時お前のことバトルゴールドって呼ばなかったか?」
「えっ! そそっ、そうだよ? なんで?」
「いや、なんか話聞いてたら頭の中に……思い出したっていのかな?」
「本当? じゃあもっと話したら、もっと思い出してくれる?」
「かもしれない」
「だよねだよね? だったら」
それは何とも不思議な感覚だった。フェリシティの話を聞くと、途端に頭の中が心地良くなって……どこからともなく記憶が蘇る。それは余りにも有り得ない光景だった。ただ、同時に懐かしくもある。
そんな俺の姿に、目を輝かせるフェリシティ。そのテンションはどんどん高くなり、次第には他の遊具の前に俺を誘って、たくさんの思い出を話してくれた。
その度に俺は、懐かしさを覚える。まさに12年前の記憶を遡っているかの様に。
「ここのアスレティックでは、よく劇熱戦隊バトルレンジャーごっこしたよ」
「……あれ? なんか両端からスタートして、誰が真ん中に行けるか競争した?」
「そうだよ! 真ん中に怪人が居るから、先に着いた人が勝ち。けど、さんちゃん速くてさ」
「そう……か……あっ、いつだかフェリシティ泣かなかったか?」
「はうっ! そっ、そういうのは思い出さなくても良いの!」
「ははっ」
「あっ、このジャングルジム……」
「さんちゃん、良くこのてっぺんに登って公園中見下ろしてたよね? 腰に手当てて」
「高いところ好きだからなぁ」
「でも、足踏み外して股間……」
「やっ、やめろ! さっきの言葉そのまま返すぞ?」
「ふふふっ」
「なんかこの丘、何往復も上ったり下りたりした気が……」
「怪人襲来に備えて体力作りだー! だよね? 鬼教官のおかげで随分体力がついた気がするよ」
「おっ、鬼教官って」
「だって疲れたんだよ? ホント」
「いや、悪かったって」
「でも……本当に楽しかった。毎日が楽しかったよ?」
そんな思い出をどれだけ話して、どれだけ思い出しただろう。そんなの分からないまま、俺達は最初に座っていたブランコに戻って来た。
そして、一緒に腰掛けるとお互いが顔を見合わす。その光景はさっきとは明らかに違う意味合いを持つ。
キッカケは少しだった。ただ、その少しのキッカケで溢れる様に、フェリシティとの記憶が蘇った。
俺は昔、フェリシティと会っていた。そして遊んでいた。そして、今隣にそのフェリシティが居る。それは……間違えようのない事実だ。
「なぁ、色々思い出したんだけどさ? なんで俺、フェリシティの名前じゃなくて、バトルゴールドとかティーとかって名前覚えてたんだ? フェリシティは俺の名前知ってたのに」
「ん? あぁ、多分理由分かるよ?」
「えっ?」
「私の記憶だとね? お互いに自己紹介はしてたのよ。ただ……」
『そう言えば名前言ってなかったなゴールド! 俺の名前は算用子拓都だ!』
「私その時、日本語全然分からなくてさ? 名前も全然聞き取れなかったんだよね?」
『さん……よう……し?』
『算用子拓都だ!』
『さ……んよう……』
『算用子! 拓都!』
『さん……?』
『だから……って、いいよそれでもう!』
「だから私は、ずっとさんちゃんって呼んでた」
「たっ、確かに言いにくい名前だよな。あれ? でもどうやってフルネームを……」
「それは簡単だよ……っと!」
フェリシティはそう言うと徐にTシャツを捲り上げた。
「おっ、おい!」
「ん? 大丈夫大丈夫」
少し目のやり場に困ったものの、その大丈夫という意味を理解したのは一瞬だった。丁度腰の辺り、そこには……あの変身ベルトがあったんだから
「よいしょっと」
「は? ベルト……? 今まで付けてたのか?」
「うん! よっと、それでね? ベルトの裏に……これ」
「ん?」
そう言いながら、変身ベルトの裏側を俺に見せるフェリシティ。するとどうだろう、そこにはなぜ俺の名前を知っていたのか、その答えが記されていた。
「さんようし……たくと!?」
左隅に張られた名前シールに、下手くそな字で書かれていた自分の名前。それは、フェリシティが俺の名前を知るキッカケであり、同時に俺があげたと言っていた変身ベルトであるという証拠だった。
「うん。帰る日に……さんちゃんがくれたんだよ? 泣いてた私を見て、これがあれば絶対に強くなれる。だから持ってけって」
マジか……小さい頃の俺が言ってたのは本当のことだったのか。マジであげてたのかよ。
「ははっ……それにしても汚い字だな」
その本当に汚ない字は、見せれるような代物じゃない。けど、それ以上に一言も嘘を言っていなかったということが誇らしかった。そして何より、その変身ベルトをフェリシティが大事に持っていたことが嬉しくて仕方がない。
「そんなことないよ? 大切な宝物」
「ありがとう。ん? ちょっと待って? じゃあ俺はなんでフェリシティの名前を……」
「それはね? 私と逆だよ?」
「逆?」
「わたしが日本語分からなかったということは……」
「ということは……」
『んで? お前の名前は?』
『フェリシティ・グレ―――』
『ん? シティ……?』
『フェリシティ・グレース―――』
『滅茶苦茶長くね? あぁ……ティーだ。ティーで良いだろ?』
……の瞬間、浮かんで来た何とも自分勝手な記憶。明るいというか適当と言うか自分勝手というか……しかしながら昔の自分ならやりかねない。
「もしかして、聞き取れなくて……」
「ふふっ、正解」
「マジかよ! なんかごめん」
「全然だよ? 私ってばニックネームで呼ばれてるみたいで嬉しかったもん」
「ホントか? けどさ? 本当ごめん。言われるまで全然気が付かなかった」
「うぅん。言われてみれば、さんちゃんは私の名前知らないんだもん」
「いやぁ……でも、これでなんか納得出来たかも」
「納得?」
「フェリシティが滅茶苦茶親しげにしてくれる理由とかさ? 俺、勘違いでもしてるんじゃ? とか詐欺でもあってるんじゃないかって心配だったよ」
「なにそれー! ひどいよぉ」
「ははっ。でもさ? 覚えてないとはいえ、俺ずっとフェリシティってかティー・キュロチャーチに憧れてたんだ。それはそれで凄いかも」
「本当だよ。それ聞いて嬉しかったもん」
「……ん? じゃあ、ティー・キュロチャーチって芸名ってことだよな?」
「うん!」
「ティーって名前にしたのは……」
「もし、さんちゃんが私のこと覚えてくれてたら……呼んでくれてた名前見て気付いてくれるかなって思って」
「まっ、マジかよ。凄いな」
「だって、その為に子役のオーディション受けたんだもん」
「それでここまで有名になれるのは凄いよ」
「クラスの皆は気付いてないみたいだけどね?」
「有り得なさ過ぎるからだろ?」
「そうかな? ふふっ」
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