ある日突然3

 



 正直、俺はフェリシティのことが良く分からずにいた。

 その可愛さと明るさは誰にも好かれるモノなのは分かる。ただ、自分自身に対する行動には不可解な点が多かった。


 例えば俺の呼び方。

 フェリシティは俺のことをさんちゃんと呼ぶ。面と向かって言われることも多々あるし、これは紛れもない事実だ。しかしながら俺としては生まれてこの方そんな呼び方をされた覚えがない。


 この矛盾に関しては、真也にも聞いたことがある。


『なぁ? フェリシティのことなんだけどさ』

『フェリちゃん? どしたの?』


『俺のこと、さんちゃんって呼ぶんだけど……人違いじゃないかと思って』

『いやそれはないでしょ? だって拓都のこと、あの人は算用子拓都だよね? って私に聞いた位だし、それでいてそう呼んでるってことは、拓都=さんちゃんなんでしょ?』


『いや、でもな? 俺は転校してきて初めてフェリシティのこと知ったんだぞ?』

『そんなこと言われても私は分かんないよ。もしかして拓都が忘れてるだけなんじゃない?』


『あんな美少女と会ってたら忘れると思うか? なぁその辺聞いてくれないか?』

『なんで私が?』


『いや、フェリシティと一番仲良いのは真也だろ? 聞いたら答えてくれそうじゃん』

『嫌ですー。あのね? 親しき仲にも礼儀ありっていうでしょ? 聞きたいなら直接聞きなよ』

『うぅ……』


 まぁ真也の言うことはごもっともだ。

 聞きたければ自分で。それが一番の方法なのは理解してる。けど……簡単にはそうはいかない。

 その理由は……


『あっ、さんちゃん! おはよう』


 単純に性格が良過ぎること。


 真也と3人で帰った日以降、俺の予想に反してフェリシティの行動はある意味積極的になっていた。

 目が合えば手を振り、必ず声を掛ける。お昼のお誘いだって躊躇ない。

 放課後だって、下駄箱のところで普通に待ってる。真也と居る時もあれば、部活がある日は1人で待ってる。


 どうやら、彼女なりに転校初日の行動が気になったのは本当らしい。だからこそ、俺に2度も謝罪をしたんだろう。


 そこで俺は大丈夫気にしてない。そう口にした。

 つまりそれを聞いた彼女の中では、迷惑じゃない=話し掛けても全然大丈夫。


 こうなったんだろう。ドンドンその積極性は増していき……


『あっ、さんちゃん! 帰ろっ』


 ごく当たり前の様になっていた。


 俺だって流石に最初は引いたよ。

 見に覚えのない人が、なぜこんなにも自分に興味を抱くのか不安で仕方ない。

 何かしらの詐欺にひっ掛けようとしているのか、美人局か? そんな疑心暗鬼にも見舞われたよ。


 ただ、それらをきっぱり断ることも出来なかった。

 まぁ単純な話、断ったら全校生徒からどんな視線を浴びせられるのか……考えるだけでゾッとする。

 今まで平穏で平凡だった俺にとって、今の状況ですら有り得ないのに、更に最悪の意味で注目されるなんてもってのほかだった。


 けどまぁ、そんな複雑な気持ちも……彼女と話していると少しずつ薄れたのは本当なんだけどさ。


 ……正直、一緒に話している時間は楽しかった。独特の雰囲気と言うか、それが妙に心地良い。

 それに彼女は心底明るい。色々な話題を提供し、その場が冷えることがない。だからこそ、自然と他愛もない話が自分の口から零れてしまう。


 俺達の通う高校のバスケ部。その監督の奥さんが自分の母親と姉妹で、居候させてもらってるだとか、両親の話。

 地元イギリスの話だとか色々話してくれた。


 俺も家族のことなんかも話して……そんな日が続けば嫌でも気が付く。


 この子は本当に良い子なんだと。


 けど、そう思えば思うほど複雑な気持ちになるのも事実だった。

 いくら記憶を辿っても、過去にフェリシティと出会った記憶がない。


 つまり、彼女は俺を誰かと勘違いしてるんじゃないか?

 名前は一致しているようだけど、同姓同名の別人じゃないか。


 だとしたら、それをどう伝える?

 俺をその人だと思い込んで、ここまで嬉しそうに話し、楽しそうに接してくれてる彼女に。


 そしてそれを伝えた瞬間、彼女はどんなにショックを受けるだろう。俺を軽蔑するかもしれない。

 どんな表情で、何を言われるのか……そして彼女のダメージは? 


 そう考えると、俺は……なかなか口には出せなかった。あと一歩の勇気が出なかった。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 結局どっち付かずなまま、あっと言う間に時は過ぎていた。

 頬に滴る汗を拭いながら、


「ふぅ。暑くなってきたねぇ」

「そうだな」


 他愛もない話をする放課後。それはいつの間にか日課の様になっていた。

 最初は何かにつけて反応していた学校の連中でさえ、流石に慣れたみたいで……冷やかしや好奇の目で見ることもなくなっていた。


 妙な騒ぎにならない。これは俺にとって願ってもいないことだ。

 けど、そんな状況とは裏腹に……新たな不安要素が大きくなってきている。それは……


「そういえば、日本の夏って結構暑いんだよね?」


 フェリシティ俺を別人と勘違いしてる説。


「そうかもしれないな」


 これについては、前々からその疑いはあった。その事実を聞こうか聞かまいか迷ったけど、どうしても聞けない。しかも、話をしてフェリシティと仲が良くなるうちに……益々言い出し辛くなった。


 この笑顔がどうなってしまうのか……

 俺に対する反応がどう変化してしまうのか……


 恐ろしい。想像するだけで恐ろしい。さらに場合によっては、一旦落ち着いた学校の連中からの注目が再燃してしまうかもしれない。


 ……どうしたものか。


「夏といえば、夏休みだね!」

「あっ、あぁ……っ!」


 なんて事を考えていた時だった。フェリシティの何気ない夏休みという言葉。それを耳にした瞬間、俺の頭が冴え渡る。


 待てよ? これなら……


「なっ、なぁフェリシティ?」

「うん? なにかな?」


「夏休みと言えば、俺達高校生にとっては楽園みたいな期間だ。色々楽しまないと損だよな」

「だね? 日本に来て初めての夏休みだぁ」


 来た。夏休みというパワーワードにいつもよりテンションが上がったな? ここからが俺の作戦だ。

 題して、テンションウキウキなままさりげなく聞いてしまえ作戦! これならなんとなく軽いノリで聞けるかもしれない。


「だな。けど、夏休みの存在が近づくって事は、フェリシティがここに来て、それなりの時間経ったんだよな」

「あっ、そう言えばそうだね?」


「なんかあっと言う間だよな」

「うんうん。あっと言う間だよ」


「高校には慣れたか?」

「もちろん。真也ちゃんもクラスの皆も優しいし……さんちゃんもね?」


 よし。言うなら……ここだな。


「そうか? あっ! そう言えばフェリシティ? 今聞くのはあれかもしれないけど」

「うん?」


「あの、転校して来た日になんで俺にあんなことを?」

「えっ? 転……はうっ……」


 あっ、目に見えて急に顔が赤くなったぞ? これは……チャンスだ。


「だって、初めて会ったのにさ? 俺驚いたよ」

「えっ……」


 俺は遂にそれを口にした。内心心臓はドキドキだったものの、表情はあくまでフレンドリーに冗談めいて。それを徹底した。


 一方でフェリシティはと言うと……一瞬表情が変わった気がしたものの、


「あっはは……ごめんごめん」


 なんていつもの様に笑っていて、そこまで深く感じているようではなかった。


「いっ、いやぁ全然大丈夫だからさ。ははっ」


 この時、俺は一歩前進できたことが素直に嬉しかった。

 だからこそ、その場で人違いの件についてまでは口にせず、明日もこんな感じで話していけば良いと確信した。


 そして次の日……




 俺達は変わらず、いつも通り一緒に帰宅していた。

 まぁ俺はと言うと、昨日の成功から早くことの真相を聞き出したいとソワソワしていた。


「今日もあちいなぁ」

「本当。日に日に暑くなってるよね?」


 冗談交じりにフェリシティが間違いだと気付けば御の字。こんな雰囲気だと、軽いノリで間違いだったと言えるに違いない。


 そう考えていた時だった。


「あっ、さんちゃん?」


 フェリシティが口を開いたかと思うと、なにやら鞄の中から何かを取り出そうとしていた。


「ん? どうした?」


 そして手に取り、俺の前へ出したのは……


「ふふっ、これっ!」

「これって……」


 彼女には少し似合わないものだった。


 ん? これって……玩具?


 彼女が俺に見せた物は、玩具で間違いない。それも男の子が好きそうな、いわいる変身ベルト。赤と黄色にグラデーションされたそれは何処か懐かしさを感じる。


「ふふっ。これ知ってる?」


 これって……変身ベルト? あっもしかして、劇熱戦隊バトルレンジャーの変身ベルトじゃね? 確か5歳とか6歳の時にテレビで放送されてた戦隊シリーズ。けどなんでフェリシティが? それに結構傷もついてて年代物じゃないか。 


 いや、その点は置いといて……


「ん? 変身ベルトかな?」

「正解だよぉ。輝く癒し、バトルゴールド!」


 うぉ! 変身のポーズ!? とっとりあえず、明るい雰囲気作っとかないとな?


「ははっ。けどなんでフェリシティがそんなのを? 大分年代物じゃないか」

「えっ……そう……だね……」


「そういえば小さい頃から日本のこと好きだって言ってたよな? もしかしてどこかで買ったのか?」

「あっ……」


「俺も戦隊物は好きだったなぁ。後は覆面ドライバーシリーズも見てた」


「よく真似もしたな? 公園とかでさ?」


「そう言えばフェリシティはどんな……」

「ごめん」


 それは……聞いたことのない、彼女の声だった。

 低く、覇気のない声に俺は思わず目を向けると、そこにはいつも見せる明るい表情は……なかった。

 その姿に驚きを隠せず、言葉が出ない。


「今日こっちから帰るから……またね」


 そう零し、駆け足気味で走り去るフェリシティ。俺はそんな彼女をただただ見ているしか出来なかった。


 えっ……なんで? 俺何か……


 そんな疑問が頭を過る。

 理解が出来ず、俺は暫くその場に立ち尽くしていた。


 結局その日、フェリシティに話の続きを言うことは出来なかった。

 そして次の日も、その次の日も、それは叶うことはなかった。


 その日以降、彼女は俺と関わることを……一切辞めたのだから。




 次の日、俺は昨日のことを謝ろうとした。

 ただ、その異変に気付いたのは一瞬。朝、校門前で目が合ったフェリシティは……ハッとした表情を見せすぐに視線を逸らした。


 この時点で、大分嫌な予感はしたよ。


 お昼のお誘いもなかった。授業の合間、3組の教室を眺めて俺が居れば手を振っていたのに、見ることもない。

 当然、放課後にいつもの場所で待ってくれている訳もなかった。


 その変わり様は……寂しくも感じた。

 そして何より、自分が何をしたのか整理もつかない。


 ただ、それらしき原因は分かる。

 けど、それが本当なのか確認も出来ない。

 ましてや、彼女の俺に対する反応を見れば、声だって掛けるのは不可能だった。


 そんな状況のまま、数日。何も変化はない。

 このままだと、俺とフェリシティの関係の変化に気付く奴らも出て来る。そうなれば、最悪な注目をされる。


 その可能性は捨てきれなかった。



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