#9 登校と友達


 妹と別れて自分の教室へと向かう。



 私の教室は本校舎の三階にある。

 妹は一年生だから、本校舎の一階。

 私と妹の各階を挟んで二階があるのが許せない。二階なんて、いっそ消し飛ばしてしまおうか。


「おはよっ! 生徒会長。今日も随分とご機嫌斜めだねー」


 そう言って私の背中を軽く叩いてくるのは、私の親友、『伊藤いとう 千鶴ちずる』その人である。


「そうね。良くも悪くも頭の悪い千鶴に会えて、少し気が紛れたわ」


「おっと! 頭悪いはヤメテ! ちょっと気にしてるんだから!」


 そう言って楽しそうに「にししっ」と微笑う彼女は、いつも明るく元気で、どこか憎めない性格をした、数少ない気の許せる相手である。

 その為か、私も少し千鶴に対し、意地悪をしてしまう傾向がある。

 と言っても、本人が喜んでいるので、大丈夫だとは常々思っているけど。


 私たちは足を揃えて教室へ向かう。

 その間に、すれ違う生徒たちと挨拶を交わす。そこには喜ぶ人、なぜか泣く人、真顔になる人、心臓を押さえる人、それぞれ色々いる。

 挨拶だけで色々なバリエーションを見せてくれる人たちを見ているのは、なんとなく楽しいが、どうしてそうなるのかは分からない。



 ────けれど、私も鈍感じゃない。



 それは恐らく私が、今までのテストで一点も落としたことの無い、常に満点の学年一位を保持していて、さらには名のある超名門校の生徒会長をしているからだろう。


 それにプラス。


 私は容姿とプロポーションが普通の人よりもいささか優れていると思う。

 周りの反応からもそうであると思う。

 確かに、学校に容姿端麗、成績優秀の人がいれば、それは人気になるだろう。



 ただ、それが私だった、というだけの話である。



 通りすがった一人の男子に、ニコッと微笑み掛けてみる。


「はうあッ!!」


 その男子は鼻血を噴き出して倒れた。

 気を失ってもその顔はご満悦である。


「おい! 今日も人が倒れたぞ! 誰か担架たんか持ってこい!」


「うへへ、真那様に微笑んでもらえた……」


「はっ! んな訳ねーだろ。真那様が世界の美しさに微笑んだのを、勝手に自分に微笑んだって勘違いしただけだろ」


「そうよっ! なんで真那様がアンタみたいなモヤシに微笑むわけ? 死ねば」



 背後からは、色々な声が聞こえてくる。

 そして倒れた男子が女子にビンタされた。

 ……私に微笑まれた男子かわいそうだな。ていうか、なんで鼻血が出る?



「ほら、辞めなよ真那! あの男の子が可哀想じゃん! 微笑むなら私にしといて!」



 私よりも背の低い千鶴が、私の裾を引っ張ってそう言ってくる。



「それもそうね。ほら千鶴。いつもありがとうね」



 私が意地悪で、千鶴に向かって最大限の笑顔を見せる。



「うっわー、やっぱり真那の笑顔はヤバいねー。思わず倒れちゃいそうだよ」


「……ちぇ、倒れなかったか」


「ま、まぁね! もう見慣れたし!」



 私が少し口を尖らせて言うと、千鶴は急に足を止めて、片方の腕をギュッと押さえて言った。



「……あ、えっと……ちょ、ちょっと私トイレに行ってくるから、先に行ってて良いよ!」


「え、急に大丈夫? 着いて行こっか?」


 私が言うと、千鶴は頭を吹っ飛びそうなくらいに左右にブンブン振る。


「大丈夫! 大丈夫だから! 大の方だから! 着いてこられたら困るから!」


「わ、分かったけど……あんまり女の子が大とか、そういうこと叫んじゃだめよ?」


「分かった分かった! じゃあ、トイレ行ってくるね!」


 千鶴はそう言い残して、風のように去って行った。週明けだからか、いつもより多い人混みを華麗に避けて。



「ふぅ、なんだったんだろ」



 私は千鶴を色々と少し心配し、ポツリと言い残すと、再び教室へと歩き始めた。




…………………




「ああー、ヤバい……真那がめちゃくちゃ可愛いよぉ……」



 私は本校舎から一番遠いトイレの一番端に入って鍵を掛ける。



「口を尖らせた真那、破壊力がえげつないって………微笑みくらいなら慣れてきたのに……もぅ……」



 私は先週に真那から貸してもらったハンカチを鞄の中のジップロックから取り出して、鼻に押し当てる。


 そのまま思い切り息を吸い込むと、頭の中が真那一色に染め上げられた。



「うぁあ……まな、すきぃ……」



 身体が震え、目がハートになる。……感覚がする。


「ふあっ……!! んん……」


 私は直ぐに自分の火照った身体を慰めることで快感を得て、スッキリするとハンカチはまた元に戻す。


 全身には程よく気持ち良い感覚が、ポカポカした感じが広がっている。


 というか真那の匂いが刺激的過ぎて、大きな波を迎えるのが簡単すぎる。早い時は十秒くらいで迎えられてしまうくらいだ。



「……も、もう一回くらい……」



 ただハンカチを鼻に当て、息を吸い込み、真那のことを考えて、じんじんするお股を一回、シュッとこするだけ。



「〜〜〜ッ!! ……ふぅ……コレで良しっ!」



 前よりは回数も少なくなってきた。

 素早く終わるからって、真那と居ても「あ、ちょっとトイレー」といった感覚でいけちゃうのだ。


 まだ会って間もない頃は、一日中自分の部屋で慰めてたなぁ……。


 私はフッと過去の自分を憐れみながら、服装を正して手を洗う。


 これくらい軽々とこなせないようじゃ、真那の隣に居続けることは出来ないのだ。


 私の根性と、熱意を真那にも知ってもらいたい。けど、そんなことしたら死んだ魚のような目で「うわぁ……」って言われるのは避けられないと思う。

 もし「キモッ……」なんて言われたあかつきには、私は精神を病んでしまうに違いない。



 私はうんうん、と頷きながら、自分の思ったことを肯定する。




 そして、濡れた手を拭くハンカチの感触がいつもと違うことに気付く。




「え、まッ、まさかッ……!!」




 私はギギギ、と鳴る首を動かして手元を見る。



 果たして、そこには。



 私の命よりも大切にしていた、真那のハンカチーフが握られていた。




「うわぁあ!! ……あ、ああ……あぁ」




 私はガクンッと膝から崩れ落ちると、床を這いずり、さっきまでいた一番端の個室へと入っていく。




 私は一人、ほとんど匂いの消えた真那のハンカチを鼻に押し当てて、一時限目を忘れて泣き続けていた。


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