#2 バレぬは仏、バレるは地獄


「それじゃあ、頂きます!」


「頂きます」


 妹は元気に、私は静かに、同時に手を合わせて食べ始める。

 今日の晩ご飯のメニューは、腕によりをかけたビーフシチューだ。

 最高のスパイスは何と言っても、私が作る時に手伝ってくれた妹の存在そのものである。


「うん、美味しいよ! お姉ちゃん」


「ふふっ、ありがとう鈴音」


 隠し味が最高なので、美味しいのは必然だ。妹が手伝ってくれなければ、ビーフシチューの味は二回りほどダウンしていただろう。


 妹はニコニコと笑顔で、もくもくとビーフシチューを食べ進めていく。

 その食べる様が小さな小鳥のようで愛らしく、次々とその可憐な口の中へと消えていく。


「……ごくっ」


 私はこの時、生まれて初めてビーフシチューになりたいと思った。

 いや、妹が触るモノならなんでも良い。

 正直、歯ブラシがなりたいランキングの最上位だったりする。優勝は下着。


 妹がご飯、ルー、とバランス良く口に運ぶ中、私はビーフシチューでは無く生唾なまつばをがぶ飲みしていたのは言うまでも無い。


「……? どうしたのお姉ちゃん? 食べないの?」


「う、ううん! 食べるわよ、ええ。それはもうしっかりとね」


 私は急いでスプーンを構えて、これ見よがしに次々とビーフシチューを口に運んでいく。


 チラッチラッと妹をおかずにご飯を食べ進める私だったが、この時私は過去の偉人も奇想天外な、そんな天才的な発想を閃いた。


 それは最高に魅力的な発想だ。

 実現できれば、主に私だけが幸せになれる。その分リスクもあるが、バレなければ問題ない。というかはなからバレる心配などしていない。


 コレは直接妹に見られてさえいなければ楽々に実現可能なのだ。

 ということで、欲望に忠実な私は早速さっそく行動に移すことにした。


「鈴音、ちょっとお水を取って来てくれないかしら」


 私は極めて冷静に、普通を装って妹に言った。妹に見える上半身は堂々としているが、テーブルに隠れる下半身はブルブルだ。

 産まれたての子鹿も驚くレベルだ。


「お水? 分かった! ちょっと待っててね!」


 心優しい天使の妹は、直ぐに立ち上がると私の為に、私だけの為に水を取りに行った。


 妹の善意を踏みにじるのは罪悪感が湧くが、こんなダメなお姉ちゃんを許して。


 私はどうしても『鈴音の使ったスプーン』が欲しいの。

 それを手に入れて、思う存分ペロペロしたいの。

 どうか分かってね鈴音。


 私は妹の姿が遠くなったのを横目で確認してバッと身を乗り出すと、サッと自分と妹のスプーンを交換した。


「はい、お姉ちゃん」


「ありがとう、鈴音」


 私は差し出された水を受け取って、コクッと喉を潤す。

 妹のスプーンを深く味わえるように、水で口の中をリセットする。


 そして、遂に。


「……ッ!!」


 妹が下を向いた隙に、何もすくっていない妹のスプーンを自分の口の中へと放り込む。

 私の舌と妹のスプーンが奇跡的な出会いをした瞬間、ビーフシチューの味と妹の優しい味が弾けた。


 実際には妹の味なんて分からないが、妹の使用済みのスプーンを舐められただけで、お姉ちゃん幸せです。


「ふぁっ……」


 何処からか現れた白いワンピースを着た妹が、私を優しく抱き締める、そんな幻想が視えると同時に、身体が小さく震え、お腹の下辺りが「キュンッ」と音を立てた気がした。


「あっ……」


「へっ……?」


 私が全身をプルプルさせ、脚をきつく閉じながら噛み締めていると、妹が急に変な声をあげた。


 あれ、まさか気付いた……?

 タイミング的にも、私のと取り替えてひと口目だったし……。

 ま、まさかね……?


 妹は頬を紅く染めて、じっと自分の持つスプーンを見つめてから、直ぐに食べるのを再開した。


「はむっ、んっ、あむっ……」


 妹はそれはもう情熱的に、必死にビーフシチューを食べていく。


 一心不乱に食べてるから、気付かなかったようだ。大きいお肉でも入ってたのかな。


 にしてもさっきよりも妹の食べ方がアレだな。

 ……すごくエロいな。


 スプーンを口に運ぶ度に執拗しつように舐めるのだ。

 しかもとろけるような恍惚の表情で。

 今、なりたいランキングのスプーンが最上位であった歯ブラシに勝ったぞ。


「………」


 私は自分のお股の辺りが湿しめってくるのを感じながら、妹から一瞬でさえ目を逸らすことが出来なかった。


「あむっ……はぁ……ご馳走さまでした」


 妹は食べ終わると、お行儀良く挨拶をして立ち上がり、さっさと食器を片付けに行ってしまった。

 ……あぁ、やっぱりあっちのスプーンが欲しかった……。


 私は謎の脱力感に襲われて、黙ってビーフシチューを食べ切った。



「はい、お姉ちゃん」


「あ、ありがとう鈴音」


 食べ終わり、食器を洗い終わってリビングのソファーに腰を下ろすと、妹が温かい紅茶を淹れてくれた。


「温かい内に飲んでね」


 微笑みながら隣に腰を下ろす妹に胸が温かくなるのを感じて「頂きます」と言ってひと口飲む。

 それからテレビを点けて、紅茶を飲みながら妹と色々と談笑をしていると、だんだんと眠くなってきた。

 妹がニコニコと喋り掛けてくれているが、頭が何度もカクンカクンとなり、意識が途切れ途切れになってしまう。



「ふぁ……それじゃ鈴音、お姉ちゃん眠くなっちゃったから先に寝るわね」


「ん、そう? 分かった!」


「鈴音はまだお風呂に入ってないでしょ? 早めに入っておくのよ?」


「うん、分かってるよー」


 私は妹よりもいち早く寝ることにして、紅茶を片付けて歯磨きをして、二階の自分の部屋へと向かった。



「……う…ね……ちゃ……」


「……?」



 その際、妹の視線を感じたので振り返ったが、当の本人は点けたままだったテレビのチャンネルを何回も切り替えていた。



「気のせいかな……?」



 私はあまり深く考えないで呟き、自分の部屋へと足を進めた。



「ふぁ……最近、直ぐに眠くなるときがあるなぁ……」


 いつでも寝られるようにトイレを済ませ、妹の部屋から下着を拝借する。



「明日も良い一日になりますように」



 ベッドにボスンッと倒れ込むと、ふかふかの布団と枕、枕の中に入れた妹の下着が私の眠気を加速させる。



「鈴音……好きだぁ……」



私は、枕に顔を押し付けながらそれを抱き締めていると、気付く間もなく、意識が時空の彼方へと飛んで行った。

 

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