#3 私のお姉ちゃん


 私がそっと部屋のドアを開けると、中からは規則正しいリズムの寝息が聞こえて来る。



 音を立てないように気を使いながら、部屋へと入っていく。


「入りまーす……」


 小さく声を掛けても、もちろん返事は無い。というか、この状況で起きた試しが一度だってない。


 なら別に気にしなくて良いんじゃない? って思うかも知れないけど、決してそんな事は無い。


 少しでもバレる要素があるのなら、ほんの数ミリだけでもデリートした方が良いのだ。


 あ、今の頭が良さそうな言い方だった。


「うへへ……」


 自分の考え方が急にとても可笑しくなって、自分の言った言葉に小さい声で笑う。


 謎なテンションになってるらしい私は、心から最高にうきうきしている所為か、口角が上がってしまっているのが分かった。



 まぁ、今私がやってることは犯罪行為と言ってもなんら遜色そんしょくは無いんだけど。



 ベッドの前まで来ると、すやすやと眠る、私の、私だけの眠り姫。


 差し詰め、私が王子様と言ったところかな。まあ、私自身も女の子なんだけど。


 女の子と女の子、別にアリでしょ。

 そっちはそっちで良さそうじゃない?

 世間で認めて、拍手してくれる人はごく少数かも知れない。けどそんなの関係ない。今は私が世間だ。私が中心の世界なのだ。


 まぁしかし、今の状況を『眠り姫』と『王子様』と例えると、なんといっても少し語弊がある。


 現実には『眠らされ姫』と『犯罪者』である。


 わお。一気にえげつないタイトルになりましたな。なお、犯罪者は私で確定である。探偵による犯人探しなど必要ない。


 私は腕を伸ばして、ベッドにうつ伏せで横たわるお姫さまを仰向けにした。


 これからすることを考えればこっちの方が良い。ビジュアル的にもこっちが良い。

 うつ伏せもマニアックで良いけれど。

 …………次はうつ伏せでやってみよ。


 「んん……すぅ……」


 私が少し動かしたことで眠り姫が小さな吐息を漏らす。


「くぅああッ……!!」


 うあーーー!!! 可愛い! エロい!

 犯したい!!!


 その光景を目の当たりにした私は、身体の内から湧き上がるそれを抑える為に、自分の身体を両腕で強く抱きしめる。


 あぁ、興奮で頭からつま先までが震えてやがる。


 こうなった原因は今の一件だけでは決してない。

 私がこれからやることと繋がっているのだ。


 つまり、期待と興奮と背徳感のミックストリオという訳だ。


 私のこれからやること。それは……。



「お姉ちゃん、それじゃあ……犯すね♪」



 私は眠るお姉ちゃんこと『桜本さくらもと真那まな』へと、とびっきりの笑顔を向けて宣言する。


 そう、これは脅しじゃない。冗談でもない。まして嘘では絶対ない。



 ────私はお姉ちゃん犯す。



 しかもこれは、今日が初めてのことですら無い。

 ましてや、薬を使ってお姉ちゃんを強制的眠らすことなんて、もう慣れたものだ。


 そこにはもう、罪悪感すら湧きもしない。


 私にはこの時間が必要なのだ。

 日々を元気に過ごすには、お姉ちゃんの存在が、チカラが、貞操が必要不可欠なのだ。


 しかも私は、事前にちゃんとお姉ちゃんにこのことを伝えてある。

 お姉ちゃんが私に「先に寝るね」と言って二階に上がろうとした時、ちゃんと私は『あとで襲うね、お姉ちゃん』とちゃんと言っておいたのだ。


 お姉ちゃんがもし聞き逃していたのなら、それなら仕方がない。それは私の所為じゃない。


 ……自分でもちょっとずるいこと言っているのは分かる。理にかなっていないとも分かっている。それでも一応、体裁を取り繕っておくのに越したことは無い。


 よって遠慮は要らない。しない。



「すぅ……すぅ……」


「うっへへ……最っ高だよ……」



 いつもは凛々しく美しいお姉ちゃんも、眠っている時はとてつもなく可愛いくなる。


 その常に凛とした顔は眠っていることで少し幼く見える。

 いつもの慈愛に満ちた瞳が、今私の目の前では無防備にも閉じられている。



 あぁ、ヤバい。我慢出来なくなってきた。

 ヨダレは流れるように出てくる。



「それじゃあお姉ちゃん、頂きます!」



 私は合掌し一礼をすると、すぐさま姉ちゃんへと飛びついた。



……………………



 そう言えば、今日私が帰って来た時のお姉ちゃん、すごくエロかったなぁ。


 部屋に顔を出した時、お姉ちゃんは前髪が少しおでこに張り付いていて、身体からはほのかに汗の良い匂いがした。


 私は息を呑まざるを得なかった。


 お姉ちゃんは優しい。

 そして美しい。性格も美しいけど、特に容姿がとんでもない。

 何かの手違いで現世に降臨してしまった、美を司る女神と言われても納得できる。


 姉妹である私ですら、お姉ちゃんの容姿に当てられると興奮してしまうのだ。


 微笑み掛けられるだけで胸がキュンとする。触られたりしたら身体が熱くなって反応する。抱き締められたりなんかしたら……私のパンツが大惨事となること間違いない。


 これがもし他人だったら……なんて考えたら特に恐ろしい。


 お姉ちゃんは、私だけのお姉ちゃんだ。

 絶対誰にも渡さないし、渡すつもりも無い。

 でももし、お姉ちゃんが心から愛する男の人が出来て、その人と一緒になりたい、一生共にありたい、って言ったその時は……。



 なんてことは、私は言わない。



 私がお姉ちゃんの二番目に、それこそお姉ちゃんの為に私が諦めるなんて、地球が爆発して太陽系が消滅して宇宙がゼロに戻ったとしても有り得ない。

 有り得てはならない。


 お姉ちゃんが心から愛する男の人がもし出来たなら、その時はお姉ちゃんが『本当に』心の底から愛しているのは誰なのか、じっくりと分からせてあげて、二度とそんなことが無いようにするだろう。


 そして男の方は……ふふっ。



 私は本気だ。それくらいお姉ちゃんのことが好きなのだ。



 それにしても、今日はお姉ちゃんを眠らせるつもりは無かったんだけどな。


 帰って来たらお姉ちゃんが私の部屋を掃除してくれていたとは。

 そう、お姉ちゃんが部屋の掃除をしてくれる日は決まって最高なのだ。


 お姉ちゃんが私の部屋の隅々まで触ってくれて、あまつさえ私の普段使用する布団を色々としてくれるのだ。

 お姉ちゃんがちゃんと綺麗に身体を洗ったとしても、お姉ちゃんの匂いはそこに存在する。


 つまり、私の部屋にはお姉ちゃんの匂いが少なからず付くということ。

 つまり、その日私は興奮して夜に自分をなぐさめるということ。


 私だって、お姉ちゃんに迷惑掛けるのは最小限にしたいし、お姉ちゃんを眠らせることなんて本当に我慢出来なくなった時しかやらない。

 私にだって矜持きょうじはあるのだ。



 だけど、あれだ。アレが原因となって、そんな私の矜持もきれいに弾け飛んでしまったのだ。

 それは晩ご飯の時。

 お姉ちゃんが作ってくれたビーフシチューを食べていたときに、お姉ちゃんに頼まれてお水を淹れてあげたその後。



 ────スプーンからお姉ちゃんの味がした。



 忘れることも無い、あの日から何度も味わった、お姉ちゃんの特別な味。


 なんとなくスプーンを口に運んだ時に匂いで気付いたけど、いまさら手を止めることも出来ずに、そのまま手を進めた。


 それを口にすれば、その後自分がどうなってしまうのか分かっていたはずなのに、止められなかった。


 口に入れた瞬間、思考が止まり、頭が一瞬真っ白になって、目はチカチカした。

 少ししてから、とても甘い、それこそ生クリームよりも甘くてふわふわした幸福の味と、お姉ちゃんの味が姿を表した。


 突如宙空から現れた白いワンピースを着た女神のお姉ちゃんが、私にふっと微笑み掛けてくれて、その場でフワッと抱き締めてくれる。……幻想が視えた。


 どうにか鼻血は我慢出来たけど、緩み切った顔もそうだし、それ以外は何も我慢できなかった。


 私はビーフシチューをお姉ちゃんと仮定してむさぼるようにがっついた。


 けれど駄目だ。いくらそんな妄想を立てたって、それは本物のお姉ちゃんじゃない。

 本物で無ければ、私の興奮を全部鎮めることは出来ない。



 だから今日、いけないとは分かっていても、また薬を使った。



 食後の紅茶に混ぜた薬は、いつもちゃんと効果を発揮してくれる。


 決して私の期待を裏切らない。


 今日もまた、私の手によってお姉ちゃんは深い眠りに堕ちたのだ。



「ね? お姉ちゃん」



 私は満面の笑みで声を掛ける。



 ビクッビクッと何度も全身を跳ねさせ、ベッドのシーツをびしょびしょにさせた、愛しくて、淫靡いんびなお姉ちゃんに向かって。




「さ、そろそろ本番始めよっか♪」




 私の声だけが静寂な空気を破り、月明かりの照らすお姉ちゃんの部屋へと響いた。


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