海辺の愚者
こうやって誘ってくれたことは、やかましいとは思うけれど憎んではいない。むしろ感謝している。連れ遊ぶのに必要な友人として選ばれたことは実に光栄だ。
僕は出不精だし人混みが得意ではないので、シーズン真っ盛りの海へ行くなんて発想、思いつかないし思いついたとしても実行しない。しかし、こういう経験を積んで大人になるべきことぐらい、僕でも知っている。故に社会勉強として行くことを決めた。
しかし、爆発しそうなくらい輝いている太陽に焼かれて苦しんでいる僕に、息つく暇もなく話しかけ続けるのはいかがなものか。
もう謝って反省もしたので、そろそろ許してほしい。だいたい、彼女はいつまで僕の話をするつもりなのだろう。海に行くと言っただけで、水着を持ってこいと言わなかった君にも非はあると思う。僕はカナヅチで海に入る予定がないのだから、着替える必要がない。まあ、それを言ったら更に喋りが加速しそうなので言わないけれど。
辟易しながらも何とか海に着き、更衣室へ向かった彼女を見送った後、マシンガントークから解放された僕は悠々自適に海を楽しむことにした。ブルーシートを敷いてパラソルを差し、あたりを見渡す。僕の予想に反して、そこまで人はいなかった。家族連れやカップルがぽつりぽつりと居る程度で、視界の殆どは砂浜だ。耳をすませば波の音も聞こえる。その果てしない様相は、僕に永遠の安らぎを与えてくれた。
本でも持ってくればよかったなと少し後悔する。こういう場所で『老人と海』を読んだら、実に良い体験になるだろうに。しかし、こうやって貴重なチャンスを逃し続けるのも僕らしいといえば僕らしい。次回に期待しよう。
周りの人々に見飽きた頃、彼女がやってきた。貝殻のように真っ白い水着が、彼女の程よく日に焼けた肌を際立たせている。彼女の長所である健康的な四肢を活かした格好だ。海辺の視線を独り占め間違いなしと言ってもいい。
似合っていると言えば喜ぶと何かの本で読んだことがあるので、彼女の水着姿を正直に褒め称えた。
先ほどまでの騒がしいまでに元気な様子は何処へ行ったのか、彼女はろくな返事もせずそっぽを向いて、全力で海へと向かって行った。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。だとしたら、恩を仇で返したことになってしまった。僕は海で泳ぎ始めた彼女の姿を見て、何故だか吐き気を催した。
逃げたくて砂浜に視線を落とす。本来ならば、友達を追いかけて仲直りのための話し合いをすべきだ。しかし、その話し合いをした結果、さらに彼女を傷つけてしまう可能性を考えると、こんなにも暑いはずなのに、震えが止まない。どんな言葉を伝えれば、これ以上彼女を傷つけずにすむのだろう。
思考を巡らせてしばらく経った頃、足元に何かが落ちてきた。顔を見上げると、目の前に彼女が仁王立ちしていた。彼女の黒髪から滴り落ちる水滴が、落ちてきたものの正体だった。
「せっかくの海なんだから、そんな顔しないでよ」
正体は呆れるような笑みを浮かべていた。
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