誤解
旅行の先々で事件が起きるせいで、死神なんてあだ名を付けられるのが探偵という職業である。しかし、それは間違った認識だと述べたい。人間、旅行に出れば大なり小なり何かしら事件が発生するものだ。というか、事件を求めているから旅に出ているとさえ言える。旅行の計画を立てている時を思い出してほしい。俺たちは何を目的に行こうとしていたかを。そう、通常では体験できないことを求めているのだ。非日常。これは言い換えるなら、事件とも言える。郷から飛び出して、新しい郷を体験する。それこそ我々が事件と呼ぶものの正体なのだ。
先に言っておくと、別に俺は探偵じゃない。ただの好奇心旺盛で馬鹿な男だ。真夜中まで友達と遊んだ帰り、たまたま通りがかった公園にいたカップルが如何わしい行為をしていて、それを物陰に隠れて最後まで見続けるような、そんな間抜けなやつ。
そんな俺が何故、探偵と旅行の関係性について考えているのかというと、観光地にある旅館でメールを書いていたら、旅館内で叫び声が上がり、首を切られた遺体が発見され、都合よく名探偵様が名乗り出て、その名探偵様が今現在、周りから非難を浴びせられているからだ。
お前のせいで事件が起こった、と。お前さえ居なければ何事もなかったのに、と。
そう言われるのには、もちろんそれなりの理由がある。『これは挑戦状である。この罪なき人はお前のせいで死んだのだ』という内容のメッセージカードが出てきたからだ。
あからさまな罠だが、効果的だった。わからない犯人探しよりも、わかっている原因に罵詈雑言を言う方がスッキリするし、不安も無くなる。しかし、事件の解決にはならない。なので、名探偵様はあの手この手を尽くして、周りを説得させようとしている。が、それは逆効果だった。名探偵様が高らかに正論を示すたび、冷静でない人たちはヒートアップしていく。彼らはもはや、言葉で名探偵様を殺そうとしているように思えた。
「あのー、探偵さんに色々いうのは後にしませんか?」
埒があかないので、俺は手をあげながら渋々そう言った。名探偵様は目を光らせながら、こちらを向く。やめろ、仲間だと思われたくない。
「お前はこいつの助手か?」
目を血走らせて、言葉を叩きつける壮年の男性。俺はうんざりする。こういう人が職場の上司じゃなくてよかった。
「別に違いますよ。この人とは無関係です。けれど、警察が来るまでの間に知れることを知っとかないと、第二の被害者が出たり、後で解決が手遅れになる可能性だってある」
これはさっき名探偵様が言っていた言葉を噛み砕いたものだ。言うまでもないが、言葉とは何を言うかでなく、誰が言うかが重要だ。この状況を打破できるのは名探偵様以外しかいない。本当は俺じゃなくて、もっと賢い人間がやるべきなのだが、誰も出てこなかったから仕方ないよな。
「じゃあ、さっさと犯人を当てなさいよ!」
俺より倍は生きているであろう女性は耳障りな声を上げる。良い歳こいて何言ってんだババア。第二の被害者になっちまえ。
「では探偵さん、状況を説明してください」
あ、ああと間抜けな声を出す名探偵様。こちとら貴方のために頑張っているのに、そんな態度を取られると気が抜けてしまう。こんななら、俺も名探偵様のせいにしておけば良かった。
「被害者は二十代女性。発見されたのは今から約十五分前で、第一発見者はここの女将さん。遺体の様子は、首から下が部屋の真ん中に大の字で横たわっていて、頭部は遺体のそばに転がっていた。例のメッセージカードは、場を落ち着かせてくれた彼が発見してくれて……」
名探偵様はぺらぺらと説明を始める。それを邪魔するものはもういなかった。なんだ、やればできるじゃないか。
そこからはとんとん拍子でことが進み、犯人である女将さんが自供したことによって、事件は無事解決した。
「ありがとうございました。貴方がいなかったら現場は混乱を極め、事件を解決できなかった」
女将さんの身柄を警察に渡した後、名探偵様は俺に直接礼を言ってきた。
「別に俺はやりたいことをやっただけですよ」
「それでも、私はとても助かりました」
そして彼は、再びありがとうと言った。なんだか、おもはゆい。俺にそんなことを言われる資格はないのに。
「ところで、まだ一つだけ謎が残っているんです」
名探偵様は急に真剣な表情になる。謎?
「メッセージカードの件についてです。女将さんはアレだけは自分がやっていないと仰っていました」
ああ、アレか。発見者である俺に訊いたのは正解だ。
「それ、俺のせいなんですよね。書いてたメールを片手に現場へ駆けつけたら、誤解されちゃって」
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