リスタート

 私が病気で死んでから、三ヶ月が経った。死後の生活にも慣れて、後輩に生き方……いや死んでいるのだから生き方は違う。なんと言えばいいのか……とにかく死んだ後の続きを教える側の立場になった。教えるといっても、本当に基本的なことしか教えられないけれど。

 この世界の人間は大きく三種類に分けられる。生きている人間と、死んでいる人間、そして生きていない人間の三つだ。私は最後の生きていない人間サイド。わかりやすい言葉で説明すると、ゾンビな可愛い乙女である。

 ことの始まりは五年前。とある国でバイオハザードが発生した。その実験施設で行っていた実験内容は、なんと死の超越。つまりネクロマンシーを科学的に研究し、黒魔術を実現させようとしたのだ。本当に馬鹿馬鹿しいことだが、それがなんと上手く進んでしまったのが現実。死を超える細胞が完成してしまった。それで、お約束のようにその細胞を注入されたモルモット達が脱走。秘密裏に進めていた計画はおじゃんになり、世界に混沌をもたらした。

 実験施設は完全に封鎖されたが、脱走したモルモット達はどうにもならず、私のような死んでも死なない生物がまれに出てきてしまう世の中になってしまった。

 こうなってしまった原因はわからない。死ぬ三日前に踊り食いしたタコだろうか。まあ、なってしまったものは仕方ないので、私は今の状態を楽しむしかない。

 そう思い三ヶ月が過ぎたが、これが中々に波瀾万丈だった。まず、市役所に行って不死届という書類を申請しなくてはならない。仕事もクビになったので、暇だし朝一番に行ったが、全てが終わったのは昼過ぎだった。どうして役所というのは、こんなにも手際が悪いのだろう。私はちゃんと税金を払っていたので、文句を言う権利はある。

 次に不死届が受理されたら、我が国では政府から管理されると共に、ある程度の衣食住が保証される。悪い言い方をしてしまうと、政府公認のモルモットだ。私たち不死者は定期的に検査を受け、訳の分からない薬を飲まされる代わりに、家と食料と新しい身分証とお金、そして防腐剤が提供されるのだ。

 そう、私たちはあくまで、死を超えただけで生きてはいない。なので防腐剤を摂取しないと腐っていく。だから生き方という言葉を使って良いのか疑問に思うし、完全に生き返ったとは言えない。知性のあるゾンビ、それが私たちなのだ。

 一度死んでしまった人間は、生き返ってはならない。これが世界のルールである。それを破ると、世界の秩序が崩壊し、混乱が生じてしまう。だから私たちは、もう二度と生きていた頃の家族や知り合い、恋人に会ってはいけないし、連絡をとってもいけない。そしてこれからも、私たちの存在を知られてはいけないのだ。まあ私の場合、死を超えた際、そばに家族がいたから、色々と大変だったのだけれど。

 私自身、最初は状況を飲み込めなかった。けれど、三ヶ月も経てば慣れてしまうものだ。たしかに、私の全てを否定されたようで悲しいけれど、私という存在はもう死んでしまったのだ。贅沢は言えない。それにもう、周りに迷惑をかけなくて過ごせると考えたら、少し気持ちが楽になるというものだ。生前は病気のせいで周りに迷惑ばかりかけていたし。

 ちなみに、私たちの存在に対して世間は厳しい。倫理的な問題か、宗教的な問題か、はたまたホラー的な問題かわからないけれど、死体が動いているとバレたら、世の中はロクな扱いをしてくれない。ひょんなことからバレて、そのままリンチにあった先輩もいる。好きになった人に思い切って正体を告白したら、怪しい建物に連れて行かれそうになった人もいた。もう少し時代が進んでいればと、つい思ってしまうが、現実は優しくない。

 不死とか、死を超えたとかいう言葉を何度も使っているが、私たちは別に再生する訳でもない。何なら生前より代謝が著しく低下しているので、回復は遅い。頭をショットガンで撃たれたら、私の意識はこの世から消え、もう二度とこの肉体は動かないだろう。

 何故それを知っているのかと言うと、この三ヶ月の間に、殺された先輩がいたからだ。

 再殺部隊。それが私たちの存在を良しとしない団体の名前だ。異端を許さない、輪を乱すものを容認しない、例外を許容しない。だから見つけ次第、私たちを動かなくなるなるまで壊すし、必死に私たちを探している。そんな人々が集まった、差別主義のイカれた集団である。

 私たちだって、こうなりたくて、なったわけじゃないのに。残酷な人たちである。

 流石に政府も再殺部隊には良い印象を持っておらず、私たちは不死届を提出することにより、再殺部隊から守られているのだ。政府と再殺部隊の因縁は深く、国によっては過激な活動が行われていたりもする。あのニュースが実は再殺部隊の所為だった、なんて話はよくあったり。

 そんな中、私は元気に生活をしている。仕事をしなくて良いので、ゆっくり本を読んだり、ゲームをしたり、行きつけの喫茶店を作ったりと、わりと楽しい。感覚的には、ものすごく早く定年退職した気分だ。贅沢はできないけれど、それなりにお金は貰えるし。

 けれど、三ヶ月が経った私に、とある問題が発生した。ある日、私がいつも通り、腐敗対策に外をブラブラ歩いていると、見知った影が見えたのだ。単刀直入に言おう。生前のカレシと遭遇した。急いで隠れたが、時既に遅し。彼は私のところまで全力疾走で来た。もちろん逃げたけれど、無駄な努力だった。私は何とか笑顔を作って、ご機嫌よう、と言った。すると彼は真剣な表情で

「大丈夫、僕が君を再び殺してあげるから」

と言った。

 そこから先はよく覚えいなくて、気付いたら自宅の玄関に突っ立っていた。あれは夢だったのか。それはわからない。

 けれど、私の失恋はあまりにも酷いものだった。

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