たった一つの願い
「無人島に何か一つ持っていくとしたら? って質問あるじゃん。君だったらどうする?」
昼休み、机をくっつけながら彼はそう投げかけた。私は眼鏡のレンズを拭きながら、適当に考えてみる。
「もしもボックス」
「現代の科学で再現可能なものに限る」
「世界の半分」
「自分の手に収まらないのは禁止」
文句の多い人だ。どうやら彼にとって、真面目に考えなくてはならない議題らしい。では真面目に考えよう。
まず、人間に必要とされているものは、衣食住の三つとされている。その中で真っ先に要らないものは、間違いなく衣類だろう。全裸でも無人なのだから、誰にも見られる心配がない。公然わいせつ罪も気にしなくて良い。どうしても衣類を着たいのなら、自然を活用し、自分で作れば良いのだし。
次に要らないものは、住宅だろう。これも無人島の自然を利用して自作すれば、雨風くらいはしのげる。天然の洞窟なんてものもあるかもしれない。そもそも、無人島でなくとも、住むところがないまま生きている人も大勢いるし、これも無問題。
というわけで食料が一番大切ということになったのだが、これこそ無人島の生き物を狩れば何とかなってしまう。そも、自分の手に収まる食料なんて、たかがしれている。
私は悩む。人間、無人島に漂流しても、健康な身体一つあれば生きていけることが証明されてしまった。こうなると、アプローチを変えて、効率的に生きていく上で、いかに大切な物を持っていくか考えたほうが良さげだ。
あ、そういえば大事なことを聞き忘れた。
「その無人島は、どんな島なの?」
彼はしばらく考えてから、ゆっくりと述べる。
「周りが海に囲まれていて、自然が豊かで、インフラがなくて、建造物がなくて、君以外だれも人間がいない。動物はそこそこいる。島には川があって、そこの水は飲めるほど綺麗だ。まあ、人の手が一切つけられていない前提なら、都合良く考えてくれて構わない」
なるほど、つまり鬼ヶ島みたいに過酷すぎる場所ではないわけだ。となると、やはり何もなしで生きていくのは可能と考えて良いわけだから、どう生きていくのか考えるべきだ。そうすると、無人島にはないものを持っていくのが正解だ。例えば退屈を潰せる人工物とか。
パソコンやスマートフォンが一瞬よぎったが、電池が切れたらただの板になってしまうものを持っていっても、仕方がない。好きな本も考えたが、何度も読んでいたら内容に飽きて、そのうち好きな本が嫌いになってしまう。ジェンガやトランプ、麻雀牌などは一緒に遊ぶ相手がいないから却下。
そうだ、無人島生活は孤独なのだ。だから、共に生きる相手を持っていけば良い。しかし、選択肢は非常に限られる。へたに動物を連れていくと、生態系を壊しかねない。それを考慮すると人間に限られてしまう。そうなると、これまた難しい問題だ。一生一緒に暮らすことになるかもしれないわけだし、私のせいで巻き込まれてしまうわけだから、そこら辺の人間を連れていけない。家族には幸せかつ平穏に過ごしてほしいから駄目。彼氏はそもそもいない。これらから導き出される結論は、友達しかない。
一番手ごろな友達は、今目の前にいる彼だ。たしかに、彼なら話していて中々退屈しないし、力仕事は私より得意だから、条件にぴったりと合致している。裸を見られるのは少々恥ずかしいが、いつか慣れてしまうだろう。健やかなる時も、病める時も、彼と暮らすことを誓うのもやぶさかでない。頑張ってお姫様抱っこをすれば、条件にもあてはまる。
いや、待て。冷静になれ。そうだ。一生そこで暮らすのなら、終わりのない終わりを待つくらいなら、自分自身の手で終止符を打ちたい。つまり、無人島暮らしに飽きた時に、自殺できる道具が最も必要なのだ。
ここで大事なのは、普段使いと自殺方の二つだ。それらを考えると、火炎放射器か、ナイフのどちらかになるのは、私だけではないだろう。その二つは普段の無人島生活で大いに活躍するのは言わずもがな。火炎放射器には、燃料が尽きるまでという制限があるが、自殺の際、島ごと燃やして派手に死ねるのは魅力的だ。私も女子高生だから、死には一家言ある。
そうだ、今の考えとその前の考えを融合させれば良いのだ。ふふ、今日の私は冴えている。
つまり、彼に殺してもらえば良いのだ。
彼が希望通りに殺してくれるかは怪しいけれど、そこは長い無人島生活で何とか説得するしかない。
私はようやく納得できる回答を得た。あとは彼に発表するだけなのだが、その、何だか、プロポーズするみたいで、少し恥ずかしい。私は自分の顔が火照っているのを感じる。
「あの、決めたよ。無人島に一つだけ持っていくもの」
「お、随分考えていたようだけど、決まったのか」
私は勇気を込めるため、彼のほうを向いた。その視界はとてもぼやけていて、彼の表情がわからなかった。
……そうだ。
私は大切なものを忘れていた。それは生きるうえで必要不可欠な存在で、無人島生活で大活躍し、燃料や電源といったものも要らず、現代科学で再現可能で、そして自分の手に収まるもの。
「眼鏡」
その答えを聞いた彼の表情は、裸眼なので全くわからなかった。
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