第14話 恋とは…突然やってくるもの 《神無月の恋月…の巻》

 突然でございますが、わたくし、恋に落ちました。

さらに唐突ではごいざますが・・・いつものご挨拶を致します。

わたくしは、さる楽家に生を受けました景時と申すものでございます。

この時代、雅楽は貴族のたしなみでございまして、わたくしは宮中の祭事や、神事の際にも楽を奏しております。

そんな縁で、さる貴族の姫君に笛や舞のお稽古をつけさせていただいております。

 その姫君とは何度かお言葉を交わしたりはしておりましたが、何せ年頃になりますと直接顔を見るなどということは、はしたない・・・といわれるご時世でございます。

わたくしとて、御簾越しが精一杯でございました。

しかし、恋というものは突然やってくるものでございます。

そのときのお話をいたしましょう。

 

“十三夜のお月見の宴”のお誘いを、その貴族の方からお受けしました。

お誘いとういのは“いい受け取り方”かもせれませんが、要するに笛を所望されたということです。

“十三夜”というのは、満月ではございません。

その、少し足りないところがいい・・・完璧でないところに控えめな日本の美を感じるという独自の感性豊かな所とでも申しましょうか。

わたくしなどのように何事かの芸を志すものにとって、満たされない思いというものは常に付きまとうものでございます。

その足りないところを埋めようとするのが、精進であり、志の源となるのでございます。

わたくしの父ですら、自分ではまだまだ・・・と口癖のように申しておりますのをいつも聞いておりますので、その道たるは果てしないのでございましょう。

 そんな風雅な宴にお招きいただいたので、喜んでお伺いいたしました。

そのご主人であらせられる貴族のお方は、お顔もお広い方のようでたくさんの牛車が門の外で待機しており賑やかな夜宴でございました。

かがり火がしつらえてあり、ぼんやりと庭の情景を縁取ってなんとも言えぬ艶っぽさが辺りを漂っております。

 笛を吹き終わり、ご主人に酒の席へと案内されました。

「景時殿の見事な笛に誘われて、雲の隙間からやっと月が顔を出しましたぞ。」

「そのようでございますなあ。」

松の枝に乗っかり休んでいるような月を見上げたのでございます。

秋の空の空気は澄んで、心地良いことといったら昼間の暑さを忘れてしまうほどでございます。

(今宵はかぐや様が参りませんように・・・)

わたくしは場違いなお願いをしておりました。

以前のようにかぐや様がいらっしゃると、今宵はややこしいことになりそうですので・・・。

酒の美味しさが体に染み込む頃、背後に衣擦れの音がしました。

どなたか、いらしたようです。

「景時様、日ごろはお稽古いただきまして、ありがとうございます。」

そのほのかな香りと、お声は間違いなく姫君でございました。

「姫様はご熱心であられますので上達が早く、じきにわたくしがお教えすることも無くなるでしょう・・・。」

お世辞でなく本心からそう思って申し上げました。

「それは・・・淋しいことですこと。」

(えっ?どういう意味?)

「お世辞でなく、本心で申し上げたのです。」

「わたくしも、あの月のように少しも雲に隠れておりませんわ。(本心ですわ)。」

意味ありげなようにも聞こえてしまう自分を諫める。

何とも言えない間のあと、姫様は気まずさを埋めるかのようにおっしゃられました。

「景時様の“もみじ”には、精霊が宿っているそうな・・・。」

「精霊と言うのかどうかは、わかりかねますが・・・ここだけの話、声は聞こえます。」

「景時様に語りかけてくるのでございましょう?」

「いえ、ほとんどお説教です。」

「おほほ・・・・。景時様を心配なさっているのね。」

「どうでしょうか・・・。」

こうして打ち解けてお話したのは、今宵が始めてのことでした。 

正直に申し上げますと、もうこの時にすでに恋に落ちていたのでありましょう。

自分の胸の辺りから、今までに聞いたことが無い拍子の音が、大太鼓を打ち鳴らしているかのようです。その正体は、自分の中から響いていることを認めたくもあり、強情にもまだ認めたくないところもあり・・・の複雑な心境でございます。

 なぜ認めたくないのか?・・・・それはとても厄介でございます。

自らの感じたことのない感情と、一向に収まってくれない妙な拍子、それに身分、立場、この時代の習慣など様々ございますが何よりも、わたくしは芸事の道では師という立場では姫様の師でございまして、師弟にそのような気持ちを抱くと甚だいい方向にはまいりません。

それは今までも数多く耳にしてまいりました。

姫様には姫様の立場もございます。

わたくしにも、楽家のものとしての立場も歴史もございます。

やはり、それが一番わたくしが苦しむところでありました。

月見の宴は、細く棚引く雲がまるでわたくしのため息のように月に掛かっては離れ、薄く掛かってはちぎれ・・・と月を弄んでいるようにも見えました。


宴からもどり、ここはいつものわたくしの稽古場でございます。

月には相変わらず薄い雲が棚引いておりました。

時折、心地よい風が几帳をゆらゆらと棚引かせます。

(はぁ・・・。)

「今宵はため息の祭りか?」

もみじが言いました。

「姫様のことが・・・。はぁ~・・・。」

恋とはため息が出るものでございます。

「恋煩いか?楽しいのう・・・。」

傍で見ているものは、勝手に楽しめばいいのです。

相手にしないわたくしに、もみじはこういいました。

「恋というものはな・・・叶っても花、叶わぬでも花じゃ。」

「所詮気休めだ。」

「どうして悩む?思いを遂げたいのか?」

「いや、遂げたところでなぁ・・・。だからといっても恋しいものなのだ。」

「叶っては困ると言うわけか・・・。」

「いや、そうではない。叶うのはひと時の幸せだ。だがなぁ・・・。あとはそれ以上に辛いだろうなぁ・・・。」

「二つに一つじゃな。恋をとるか、愛をとるか・・・。」

「愛?」

「ああ・・・。恋と愛の違いはな、主体を自分に置くか、相手に置くかじゃ。」

「・・・。」

「いきなり難しいことを言ったか?解らぬか?」

「ああ、恋で悩んでいるのに、愛のことまで考えられん!」

「愛は、相手にとって一番いい方法を選択することじゃ。景時が自らの心を伝えたとして、姫はどうじゃ?悩むか?困るか?ならば言わぬが良い。相手を思うがゆえに、自らが苦悩を背負うというのが愛じゃ。その姫を愛した・・・というのは景時の心にしっかりと刻まれるのじゃ。なんと素晴らしいことではないか。結果ばかりがすべてではないぞ。」


 わたくしはもみじの忠告のお陰でなんとなく心の靄(もや)が晴れ、妙な気持ちになりました。

実らぬ恋とて無駄ではなく、恋したこと、恋した自分を大切にせよ・・・ということなのでしょう。

人を愛すると言うのは大変奥が深く、なんと崇高な気持ちであるのだろう・・・今宵、しみじみと感じました。

恋したわたくしは、今より大きな心で人を愛するという素晴らしさを学んだように思います。

お恥ずかしいことに、それを人間でないモノに教わりました。


その後、お稽古はお稽古ときちんとけじめをつけることを心がけております。

それが一番良いのだ・・・と自分に言い聞かせながらも、時にいっそ恋文でも・・・と血迷ったりもいたしますが・・・。

押したり引いたり・・・寄せては離れ・・・これが、恋なのでしょうか。

そのように盛り上がったりしながらも、お稽古のあと茶など頂いていると実に和やかな時間を過ごし、楽しく会話をしたりもします。

愛おしさとは、日に日に募ってくるものと実感しております。

しかし、姫様はいずれは宮中に召される方でございましょう。

今できることは、そのお方との今を胸に刻む事でございます。

もみじは、そんな恋に悩んでいるわたくしを今宵も楽しそうにながめてこう言いました。

「せいぜい悩むがよい・・・」

ったく・・・癪にさわる!

                             景時 記



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