第4話 子どもの扱い方 《師走の幼月…の巻》

 子どもというものは、本当に不思議な生き物でございます。

誰もが子どもというのを体験しているわりには、子どもへの接し方には四苦八苦されている方も多いもの。

今宵は、ある童との出会いをお話いたしましょう。


わたくしは楽家に生をうけました景時と申す者でございます。

父のご縁から、時々楽の指南役などを引き受けることもございます。

今までは,父の縁の方や宮中での祭事などでお声を掛けて頂いておりましたが、最近はわたくしの笛の“もみじ”の評判が先歩きをしているようで、よくそのことを尋ねられます。

つい先日も楽の合せ稽古の際、楽所(がくそ)の方々からこう言われました。

「景時様、その“もみじ”には何者かが憑いているそうですな。どんな姿の化け物ですか?」

「化け物?」

「ええ、何でもその化け物と密談をして、取り引きをしたと聞き及びましたぞ。」

「いやいや、わたくしは女の霊と聞きましたぞ。どうなのです?」

「いや・・・そんなものは・・・。」

とぼけようにも噂というものは相当先走っており、また尾ひれの付くものでございます。

いちいち訂正したところで、それが正しく伝わるわけもないので少々脅かすことにいたしました。

「この笛は、わたくし以外の者が触ると、良くないことが起こるようなのです。」

と同時に、その場の皆が半歩後ろに引き下がりました。

「というと?」

「口は災いの元と言いますので、お聞きにならない方が身のためでございましょう。」

こういう、一言足りないと言う言い方をすると皆様があれやこれやと勝手に想像をめぐらしますので大変面白いのです。

まあ、その辺りはご想像に任せるとして・・・・。

その“もみじ”の評判を聞きつけてか、さる貴族のご子息が訪ねていらっしゃいました。

 

父上に連れられて参られたその童は、清親(きよちか)様とおっしゃいまして、御年七歳になられます。

父上の手前か大人しく礼儀正しい居住まいは、さすが貴族の御方とお見受けいたしました。

清親様の父上とわたくしの父は交遊もございまして、和やかに歓談されておりました。

わたくしはご挨拶を済ませ、まずは別室にて清親様と親交を築くつもりでおりました。

地位こそ違えど師弟の関係において、ここはわたくしが目線を下げるべきでございましょう。

初日もありましたので緊張をほぐそうとしたのでございます。

 すると父上の姿が見えなくなると、いきなり清親様はこう申しました。

「見せてみろ!その“妖しい笛”を!」

一瞬、耳を疑いたくなりました。

「はっ?」

思いがけない言葉で、何かの間違いかと一回はとぼけてみました。

「だから、見せてみろ。持っているのであろう?」

「何をです?」

「妖しい笛を持っているのであろう?見せろ!」

わたくしは、もみじを妖しい笛といったことよりも、この童の清親様の言い方に腹がたちました。

いくら身分が上であろうと、師と習う者に身分は通用しません。

目上や師と仰ぐ立場に方に向かってそのような言葉遣いは許しがたく、そのような言葉を吐くということ事態がすなわち心の現れです。

初めから教わろうという態度ではありません。

わたくしとてお稽古の時は父と息子でなく、師と弟子の立場をわきまえておりました。

清親様には、まずそこから学んでいただくことにします。


そして、数日後のお稽古の初日・・・

わたくしのお稽古の部屋まで、一言も口を聞きませんでした。

静かにお座りいただき、わたくしも真正面から清親様を真っ直ぐ睨みました。

その様子に清親様はいささか面食らったようでもありましたが、さらに言いました。

「笛が見たいのじゃ。」

「清親様、初めに申しておきます。ここに来た時は師弟の関係ですので、わたくしに従っていただきます。わたくしは清親様の師です。その師の愛笛を、いきなり見せろ!とは何事です。」

「・・・。」

「清親様は、どんな噂をお聞きになっていらしたのか存じませんが、侮ってはいけません。」

清親様はここで、ごくりと唾を飲み込みました。

「ここに通ううちに、もみじをご披露するときが来るでしょう。その時まで、まずは精進なされませ。」

そういってわたくしが部屋を出ようとしたとき、清親様はたっぷりの自信と、不敵な顔をしておっしゃられました。

「では、わらわが稽古を無事に終える時こそ、もみじを見せてもらおう。約束じゃ。」

「はい、わたくし景時と清親様の約束にございます。」

こうして、体の小さな不敵な子ども・清親様とのお稽古の初日が終わったのでございます。


 その夜、いつものように部屋にこもり、稽古をしておりました。

燭台の火がちろちろと揺れております。

わたくしは笛を吹き始めると、時間の感覚が鈍るようでこの夜も同じでございました。

夜も更け、蝋燭の火もいつの間にか小さくなっておりました。

そろそろ引き上げようと思い、ろうそくを吹き消そうとしましたところ、もみじが言いました。

「なかなか、面白い童であるな。あやつは・・・。」

「清親様のことか?」

「傍で聞いておったら、笑いがこみ上げてきた。あやつ、何を考えていたか分かるか?」

「いいや。あの不敵なお顔から察すると、とんでもないことなのであろう?」

「ああそうじゃ。あやつは今日、わらわに命を吸い取られる覚悟で来たようじゃ。祓いの護符を身に着け、心の中でずっと経をとなえておったわ。愉快じゃの~。」

「面白がっている場合か?噂になっておるぞ。」

「言いたい者には言わせておけばよい。いいではないか、少なくとも景時は有名になれるのじゃ。」

「有名になろうとも思わん。なったらなったで人が近づかなくなるだろうな。」

「都合がいいではないか、余計なものから離れられて。疎ましいことや妬みやしがらみから離れられるのじゃ。」

「そう上手くはいかないものだ。現に清親様のように興味本位で近づいてきた者もいる。」

「まあ童じゃ。せいぜい楽しめ。」

ふっとろうそくが消え、白い煙が仙人の長いひげのように立ち上っていくと、辺りが急に冷え冷えとしてまいりましたので休むことにいたします。


 「はい、ここまで。今日は、この辺りまでにいたしましょう。次のお稽古までに、十分お稽古なさいませ。では、失礼を・・・。」

「ありがとうございました。」

清親様はこうして通ううちに、一応は礼儀正しく言えるようになられました。

ただ、いつもお聞きになられます。

「景時様、今日は、もみじはお持ちですか?」

わたくしはいつも手放した事はないのですが、

「いや、災いが起こると困りますので、滅多に持ち歩きません。この前もうっかり落としてしまいまして、大変な事になりかけましたので・・・。では。」

こういうときの清親様のお顔はたいそう肝を冷やしておいでですが、どこか心躍るような面持ちでもございます。

清親様は、そんなわたくしの後ろ姿を興味ありげに見つめておいでになるのでした。

もうしばらく、楽しませていただきます。

これが、清親様の笛の上達に役立つのなら・・・。

                             景時 記


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