第2話 茸(くさびら)珍事 《神無月の笑月・・・の巻》

 日が落ちると、すっぽりと闇がやって参ります。

夜長を楽しむにはもってこいのお話をいたしましょう。

この話は、さる貴族の方のお宅に笛の指南に伺ったときに聞かせていただいたお話でございます。

少しばかりつけたしをいたしますと、雅楽は貴族の方々の間ではたしなみの一つでございます。

あるご縁から貴族のお姫君にご指南を・・・とご依頼がございまして、わたくしは足を運ぶようになった次第でございました。

お稽古の後、大変高価で珍しい“茶”を薦められまして、秋の訪れを感じる見事なお庭の先でお茶を頂いておりました。

「秋と申しますのは、実に艶やかでございますな。」

お茶を頂きながら、少しばかり秋化粧を始めたお庭を拝見しておりました。

「景時殿、噂に聞くそなたの笛は“もみじ”と申すそうな・・・。」

「はい、漆の加減でしょうか、ほんのり色づいております。」

「山の紅葉もあっという間に色づきはじめますが、景時殿のように、もみじをお持ちなら、年中紅葉狩りのご気分ですな。羨ましい事で・・・。」

庭の楓(かえで)の木に目線を移しながらおっしゃいました。

「秋の山は本当に趣深いものでございます。わたくしは幼き頃、乳母女と山へ茸狩りに良く足を運んだものでございます。」

「ほう…茸狩りですか。」

わたくしがそんな思い出をお話いたしますと、

「茸(くさびら)といえば・・・。」          ☆茸・・・きのこ

と、ご主人様は不意に思い出した!とばかりにこんなお話をされました。


都の街に山伏が旬の茸を売り歩いておりました。

山伏は普段は山に篭りますが、時々都に来ては薬草や山の幸のようなものを売り歩くそうで、家人は山伏から薬草のほかに、新鮮な山の幸である茸をたくさん買い求めたそうでございました。

旬の茸はさっと炙っていただくのは酒のあてに最高でございますので、主人はたいそう喜び、家人はたくさんの茸を酒の肴用にとあぶった後、残りを茸汁にいたしたそうでございます。

旬を味わうことで寿命が延びた、と皆が喜び、たいそう美味だったとか・・・。

ところが、皆が寝静まったころ、異変が起こりました。

突然、大声でしゃべりだしたかと思えば、壁に向かって大笑いをしている者もおります。

ドタバタと家中を走り回ったり、素っ裸で木に登りだした者もおりました。

何しろ家中が大騒ぎになり一晩中、奇声や笑い声が絶えなかったそうでございます。

肝心の主人は・・・といいますと、茸が焼けるのがじれったくて酒を飲んでいるうちについうとうとと、ぬれ縁で寝込んでしまったそうで、家の者の奇声に驚いて目をさましたとか・・・。

夜中、突然家人が暴れ出すので主人は恐ろしくなって戸の陰に逃げ込んで一晩中、震えながらお経を唱えていたそうでございます。

その時の様子といったら、皆、目は白目を剥き、口からはだらしなくよだれを垂らし、着物も海の藻のように引きずって歩いていたそうで、誰も正気ではございません。

恐怖のまま、強く眼を閉じて、一心不乱に経を唱えていた主人は、いつのまにか寝入り、はっと目を覚ましました。

太陽が昇り、夜が明けたことを知った主人は恐る恐る妻戸を開くと、とてもこの世の情景と思えない様子だったそうでございます。

ある者は裸で木に引っかかっており、またある者は裸で池に浮いており(もちろん死んでおりません。)またある者は、着物を限りなく着込んで身動きが取れず、ある者は鍋を大事に抱えておったそうでございます。

とにかく、皆が考えられないような容姿であちこちに散らばっており、正気を取り戻した者の多くは、体中に大きな打ち身をつくりどっぷりと疲労を背負っていたそうで、とにかく生きていてよかったと思った主人は薬師(くすし)を呼んだそうでございます。

薬師は、

「おそらく、茸の中に、毒気のあるものが混ざっていたのでございましょう。

茸は見分けるのが大変難しいのです。種類も多く、似たようなものもたくさんございますし、食してはいけないものも沢山ございます。わたくしが思うに茸の毒気によって、幻を見たのでございましょうなぁ。」

薬師はそういいながらも、

「お命を落とされませんでしたのは、幸いでした。」

といい、あごのひげをゆっくり撫でられ、お帰りになったそうでございます。

この話にわたくしも大変愉快になり、大笑いののち、楽しい時間を過ごしました。

帰り際、

「景時様も、茸にはお気をつけくださいませ。」

と、主人がおっしゃられたので、思わず吹き出し笑いをするところでありました。

話はまだ終わっておりません・・・。

その夜、折りしもわが家でも夕餉の皿に茸が供され、わたくしも冷やりとしたのでございます。

恐る恐るいただきましたが・・・。


そして、いつものように“もみじ”に心を乗せて吹いていたときのことです。

何かが視界をよぎりました。

気のせいかと思うと、また何かがよぎります。

それも笛を吹き始めるとよぎるのです。

「もみじ・・・今宵は何者じゃ?」

と愛笛のもみじに問い掛けると、

「茸童子(くさびらどうじ)じゃ。」

と、もみじが答えました。

小さな笠を被った奇々怪々な茸の妖しは、どこか愛嬌にもあふれ、ちょこまかとせわしなく動き回ります。

「景時の笛のせいじゃ。わらわが呼んだのではない。」

と小賢しく答えるのでございました。

(ああ、またか・・・。)

どうやらわたくしの笛は、今宵も“あやかし”を呼んでしまったようでございます。

わたくしが笛を吹いている間中、うじゃうじゃと歩き回る茸の童子たちは、

何とも落ち着かず、とうとうわたくしは意を決してこう申しました。

「そなた達、久々に都に来て嬉しいのは分かるが、こうも動き回られては落ち着かぬ。あと一曲吹いてやる。それが最後じゃ。その間にきちんと山に帰るのだぞ。わかったな?」

そして、心を込めて笛を吹くうち、辺りは段々と静かになりました。

わたくしは、あの話の茸はこの者達の仕業ではないか?と、密かに思っております。


                               景時 記


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