第48話 収まる所に収まる話



「オリジネイト教を口実に持って来られると弱いなあ」


そう言ってエマは運ばれてきたソルベにスプーンを差し込んだ。シトラスとミントのソルベのあまり甘くない、鼻に抜けるミントの香りが爽やかな物だ。

魚料理と肉料理を出した後の口直しに出てくるソルベとしては最適な、酸味の強い物となっている。酸味が強い物に口が慣れていないのかスプーンの進みが遅いコーディには別添えのフルーツの赤いソースが進められている。


「……ん、相変わらずおいしいね。私はこの口直しのソルベのメニューが好きなんだ」

「今日のディナーは最高に美味しい物しか出てこないね。私も久々に素敵なディナーを頂いてるよ」

「本当かい?だったら嬉しいよ。うちの食事は出来るだけ地産地消を心掛けて貰っているんだ」


子供の様にぱっと笑うと、エマは鼻歌でも歌いだしそうな様子でソルベを咀嚼した。


「私は王族でも結構ナメられている方の王子様でね、それでも王子として義務には応じているのだけど、どうしてもこういった物には侍従たちの態度が出てしまってね……」

「嘆かわしいね」


ふうんと間延びした笑いを鼻から溢して、エマは早々に空に乾したソルベの器を提げさせた。尊大に背もたれに凭れて、肘置きに肘をつき、顎をその上に休ませる。


「たとえどのような生まれであろうと、王族は王族であろうに。噂には聞いていたが、やはり中央都はその様に人材が腐っていたか」

「お恥ずかしいが、私を擁護してくれたのは数えられるほどさ。救われるのは、父と名のある貴族の一人が私を気に掛けてくれたことくらいかな」

「ああ、それは幸いな事だ」


ジュースで再び口を漱ぎ、エマはにっこりと微笑んだ。


「味方がいないことはあまりにも寂しい。私もミラベティには良くしてもらっていてね、おかげでここに居られたと言ったら過言かも知れないが――彼女はとても心強かった」

「――勿体無いお言葉で御座います」


エマの褒める言葉にミラベティが体を縮込ませながら頭を垂れた。


「彼女は私たちの当主就任と同時に指名したんだ。幼い頃から家に仕えてくれていてね、ディクターの逮捕で人事を大きく変えなくてはいけなくなって、侍従頭には彼女しかいないと思ったんだ」

「そんなに長くお仕えを?」

「母がこの家に嫁いできたときから良くしてくれているんだ。血は繋がっていないけれど、私たちの大事な家族だ。祖母と言っても良い位に」

「そのような大それたお言葉……」

「本心さ」


恐縮したような様子のミラベティに微笑んで、エマは運ばれてきた皿に手を付けた。


「今日のメインはローストチキン?」

「山鳥のローストで御座います」

「やった、美味しい奴だ」

「まあ、ご主人さまったら。美味しくないメニューなんて今までに御座いましたか?」

「ごめん、無かったね!」


エマのうきうきとした問いにパーラーメイドがにこやかに答えた。主従の者とは思えないような気軽な会話である。


「んんん、んま……」


一口食べたコーディがここで呻いた。行儀だの作法だのを考えて黙っていたが、気が緩んだのだ。シメオンもほうと恍惚の溜息を吐いた。

じっくりじわじわと丹念に熱を通したローストチキンは処理が良かったのか、ジビエによくある臭みがいい具合に抑えられている逸品である。癖のある香りがハーブで調整されていてとんでもないご馳走だ。持て成しに選ばれることに何の疑問も浮かばない。


「――ええと、それで。呪いをどうにかしないかって話だったっけ」

「あ、ああ。そうそう。駄目だな、美味しい物を食べながらだとどうにも話題が飛びがちだ」

「その気持ちわかるなあ、私もそうだもの」


己の迂闊を自分で咎めるシルヴにエマがふふっと笑った。


「私は魔女の事は恨んでいないけれど――まあ、確かにオリジネイト教の話をされてしまうと弱いな。彼女は見当違い……ではないかもしれないけれど、少なくとも恨みから縁の薄い人間に呪いを誤って欠けてしまっているわけだから……」


独り言の様にそう言うと、エマはローストを噛み締める様に何度も咀嚼した。


「ううん、やはりこういうのはお知らせ……くらいはするべきなんだろうか。そこからどうするかは彼女に任せるしかあるまいが――」

「別に、答えは今すぐでなくともいいさ」


ローストチキンを切り分けながら、シルヴは促してやった。


「君たちは二人で一つなんだろう。なら、話し合う必要も、情報を擦り合わせる必要もある。それにはきっと時間だって必要だと考えるけど」

「仰る通りだね」

「なら、じっくり結論を出せばいい。二人で考えれば、より良い案が出てくるはずだよ」


言われて、エマは切り分けたチキンを見下ろした。二人で考えるのだから、時間がかかる。それはそうだ。


「……しかし、そうも言っていられない。一身上の理由だ、こんな事に熟考も躊躇も出来ないのさ。我等の時間は、須くタングラスケルドに掛けたい」

「ううん、強情だねえ」

「なので、明日だ」


そう言うと、エマは大きめに切り分けた肉を口に運び、じっくりと噛み締めた。


「今晩は片割れとじっくり話し合うさ。我々にもタングラスケルドにも大事な事だ。さっさと決める。行動するのなら、さっさと行動に移す。それが性に合っている」

「行動力があるんだねえ」


よろしいことだよ。そう言って満足げに微笑むと、シルヴはナイフとフォークをすっかりきれいにした皿に収めた。


「うん、君がどんな問題を抱えているかはわかった。しかしその問題は君自身に会ったことではないことも、君が好人物であることも分かった」

「では殿下、彼のお方は……」

「うん、問題ないよ。『マリオン』。君たちにタングラスケルドを任せることを認めよう」

「――――よろしいので?」


エマは酷く不審そうに眼を眇めた。こんな呪われた、しかも二人で一人だなんて中途半端な人間に、小領地とはいえ国土の一端を任せるだなんて。

正直な話、『マリオン』は領主として認められないだろうとお互いに思っていたのだ。

認められるのはどちらかが精神的な死を迎え、片方のみが生き残った時だと。――体の所有権を持つものが、片方だけの時だけだと。そう、漠然と思っていたのだが。


「呪いはまあ、確かに問題だけれどね。でも、君たちは領主の不在の間、2人で考え、タングラスケルドも治めてきた。そして、街の人たちは君の治世に穏やかに従い、そして慕っていた。それが答えなんだよ」

「たとえ私たちが呪われたままでも、その様な事を仰られるのか?」

「君たちが君たちのままならね」


何を言われたとしても、シルヴはタングラスケルドの領主はセラフェン家の『マリオン』であると、そう心の底から決めてしまったのだ。


「……ううん、色々と無駄になってしまったらしい」

「というと?」

「別の物にこの城を明け渡す準備は、とうにできていたのだけど」


リトル・エデルヴィス城はタングラスケルド当主の城である。マリオンが領主として認められないのであれば、他の人間に明け渡し、マリオンたちは出て行く必要がある。

荷物だって質素に纏めたし、大掃除だって終わらせたし、次に任命されそうな人間には根回しだってしておいたのだが、見当が外れてしまった。


「…………ねえミラベティ。その……ルディーゼ卿とバルドラン卿に、使いをお願いしたいのだけど。きちんとこのことを伝えなくては」

「畏まりましてございます」


そう言って微笑むと、ミラベティは側仕えの一人に声をかけた。にこにこと笑った側仕えは優雅な足取りで部屋を出ると、表面だけ取り繕っていたみたいに勢いよく、それはもうまさしく放たれたて峰玉の様に飛び出して行った。


「――おや、随分とはしゃいでいる様だけど……」

「皆、嬉しいのですよ」

「嬉しい、かい?」

「タングラスケルドの民がこれだけ貴方を慕っているという事です」


そう言われると満更でもない。照れたような顔をして、マリオンはローストチキンの最後の一欠けらを口に放り込んだ。




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