第47話 二つで一つの話
マリオンがしれっとスープを飲んでいる間に、次の皿が運ばれてきた。魚料理である。
「山鮭と茸の蒸し焼きで御座います」
皿の上には普段目にする物よりも色の強い鮭の切り身と見たことも無いキノコが散っている。酒の香りが鼻をくすぐる、中々に土の香りの豊かな品だ。
「見たことのないキノコだ」
「ダラムの一部地域では山に入ることも多い街も多いのです。ですから、こういった茸が食卓に並ぶことも多いんですよ」
「へえ、勉強になるね」
「これは……切り分けられていますが、もしやコケイロタケでは?」
「よく御存じだな、ヴィルジュ殿は」
茸の種類を言い当てたヴィルジュに関心の声を上げると、マリオンはポタージュを下げるパーラーメイドに感謝を返した。
「旨味が強い、滅多にお目にかかれない珍味です。結構な価値がある物ですが、このような場に出してしまって宜しかったのですか?――よく見ると、生の物を調理したご様子ですし……」
「持て成しの為ならば全力を尽くすのが礼儀と言う物だろう、私も御相伴にあずかっているわけだし、あまりつつかないでくれ」
そう言って、マリオンはさっと運ばれてきた魚料理にナイフを落とした。
「さて、食事の足並みをそろえて頂いたようで感謝する。私に着いてのお話を、だったな」
切り分けた鮭を口に運びその濃厚な旨味に舌を鳴らし、マリオンは出されたグラスに口を付けた。グレープフルーツジュースの爽やかな苦みと甘みが魚の脂を流してくれて、口当たりは軽い。
「いつの話からするべきか……そうだね、簡潔に言うと、私は――私たちは、生まれながらに呪われていたのさ」
「呪いですか」
「母の胎の中でね」
そう言って、マリオンは一度ナイフとフォークを置いた。口元の汚れをナプキンで拭う。
「私たちは母の胎の中で、等しく二人で生まれた。そしてある日、一人になってしまったそうだよ」
「確かに呪いじみた話ですね」
「殿下。単刀直入に聞かせていただく。貴方たちは私の父がどれほどの人でなしかご存じでいらっしゃるか?」
「人伝ではあるけどね」
「なら話は早い」
自嘲気味にそう言って、マリオンは再び魚料理にぱくついた。
「本当は、呪われたのは父だったんだ。しかし父はどれほど落ちぶれようとも領主だった。領主の心得を持っていた。だから、身を護ったんだ」
「呪いから身を護るって……」
「そうですか。あなたたちは、身代わりに」
「そうだよ」
「そう、って、それって」
身代わり。憶測を事実にする単語に、ハミルが震えあがった。
つまり領主は、先々代領主モーリックは、己の身を護るために呪いを実の子供に擦り付けたのだ。
「呪いをね、跳ね返す魔法の道具があるんだ。か弱くてか細い紐で、腕に巻くブレスレット。あいつはこれを身に付けていてね、だから自分に呪いが掛かっただなんて気づいても居なかった」
「そして、貴方達が生れた?」
「私たちのこの体の秘密を知った父はね、生まれたばかりだった私たちを殺せと言ったんだ。でも、出来なかった」
呪い返しのブレスレットは貴重品だ。しかも、強い呪いを跳ね返すと千切れてしまう。その効力に半信半疑だったモーリックは、ただの気休めと思っていたが。
「私を殺せと言ったモーリックに、家に仕えてくれていたものの一人が言ったんだ」
『その赤子を殺したら、その子の中の呪いは貴方を襲うでしょうに。それでも殺せと仰るなんて、とても責任感がおありなようだ』
「その言葉で、モーリックは私たちを認知せざるを得なくなった。只でさえ母を無理に娶ったことも、年齢差も、懐妊も、痛い所でしかなかったからね」
「それであなたは、『セラフェン家の後妻の生んだ次男』として育ったわけですね」
「その通りさ」
そう言って、マリオンはフォークを置いた。いつの間にか皿は綺麗に掃除されており、シルヴ達も味が殆ど判らないままに食べきってしまっていた。
「マリオン・セラフェン・タングラスケルド。それは少なくともタングラスケルドの次男の戸籍としては正式な物だ。私と片割れは正しくこの戸籍を分け合ってきた。そう言う風に育てられてきた」
「なら、本当の名前は?」
「聞いてくれるのかい?」
シルヴの問いに驚いた顔をして、マリオンはくすくすと笑った。
「……私の名前はエマリオン。片割れの名前はシグマリオンさ」
「ならレディ・エマリオン」
「エマでいい。自分でも長いと思うから。片割れの事はどうぞシグ、と」
「うん、エマ。君はこの話をどう考えているのかい?」
「どうとは」
真意を問うような顔をして、マリオン……エマはシルヴを見た。まるで睨んでるみたいな顔だが、本人はただただ見つめているのだろう。
その横をパーラーメイドが何も聞いていない顔をして給仕をする。次は順番で言うと肉料理だろう。
「呪いの対象であるモーリックは死んだ。次に呪いが向かう可能性のあるディクターもまた遠くにいる。君はこの呪いを解きたいとは思わないのか?」
「うん、それは望むところではあるが――」
言葉を濁して、エマは肉料理に視線を落とした。シカ肉を焼いたものにフルーツソースが掛かっててらてらと光ってる。
付け合せに使われているのは湿地帯では中々手に入らないポテトの揚げた物と艶のある人参のグラッセだ。
「ステーキだなんて腕の良し悪しが分かる品、料理長は頑張ったんだねえ」
「王子殿下がいらっしゃるときいて、腕を振るい甲斐があると張り切っておりましたよ」
「普段から張り切ってくれると嬉しいんだけどな」
そう言いながらもステーキを口に運び、エマは少年のような顔をした。
「23さ」
「……何が?」
「御察しが悪いねえ、年齢だよ。知れだけの時間を生まれた時から傍にいて、お互いに入れ代わり立ち代わり生きてきたんだ」
幼い子供であれば何も考えずに頷くことも出来たかもしれない。多感な子供であれば、即答したかもしれない。しかしエマたちは、『マリオン』は、そんな苦しい時間も共にあったのだ。
「今更『離れられますがどうしますか?』と聞かれても、私たちはそこら辺の夫婦を超えるだけの時間を、絆を持っているんだよ。まして、離れられる確約も無いのだから」
そう言って、エマは優雅に肉塊にフォークを再び刺した。
「呪い、と伺いましたが、その術者はご存知ですか?」
「知らないのは本当だけど、見当はつくさ」
優しく丹念に火を通されたステーキは程よく、不要な脂を落としながらもしっとりとしている。それに甘酸っぱいソースが絡んで、舌を楽しませてくれる。
「父は、とんでもないロクデナシだった。街中の女と言う女を弄んだ。街だけじゃない、私の母は旅の冒険者だったのを捕らえられたようなものさ」
「それも、聞いている」
「なら、この街だけでなく――街の近くに住むものにもその手が伸びているとは思わないかい?」
ジュースで口を洗い流して、エマはちらりと壁を見た。タングラスケルドの周辺地図が魔術によって展開され、更に拡大される。
「山の近くに枯れ木の森がある。昔はここも豊かな森で茸なんかもとれたらしいけれど、今は枯れ木しか生えていない、ただの禿げた森さ」
「ここ?そんなに大きな規模ではないみたいだけど」
「此処には古い魔女が住んでいるのさ」
魔女。成程、その人が。シメオンが小さく呟いた。
「魔女が、ある日を境にこの森に住みついた。最初はこの街に住む予定だったのを取りやめて、ね。それと同時に森が禿げたそうだよ」
「それはまた随分と臭い話だ」
「そうだろう?ほぼ確定として父の魔の手にかかったその魔女が父を呪ったと言われたら、もしもそうならば……私は何も言えないさ。呪いと言えども、彼女の怒りは正しい。これでも同じ女だからね、屈辱くらいはわかるさ」
父の子として、大人しく呪いに身を焦がすのが正しい償いだろう。そう言って、マリオンは薄暗く微笑んだ。
「アンタはそれでいいのか?」
ずっと黙り込んで肉を食べていたヒューが初めて口を開いた。じいっとありきたりな栗色の瞳がエマを睨み付けている。
「親が受けるはずだった罰を黙って受け入れるだけなんて、お前は本当にそれでいいのか?」
「それでいいも何も、打てる手はないだろうに」
「で、でも」
ハミルが幾分かはっきりと声を上げた。
「もしも魔女の方が、呪いが正しく与えられなかったと知ったら、きっと、それは……あまりにも、あんまりじゃないですか!」
「ちゃんと言葉を整えてから発言しろよ……」
言葉があんまりにも無茶苦茶なハミルに、ヒューと同じく黙々と食事をしていたコーディが半目になった。
この同年代は同い年の中でも頭の良い部類の癖に、実践に弱いのかプレッシャーに弱いのか、こういう咄嗟の言動が上手くまとまらないのだ。
「現世ってぇのは罪と罰を生きている間にやり取りして、最終的にその清算をあの世でやる。それがオリジネイト教の教えだろ。もしもアンタがこのままだと、魔女はあの世で身に覚えのない罰を受けることになる。無実のアンタに呪いをかけたんだからな」
オリジネイト教の教義。初めての私的にエマは目から鱗が落ちた心地になった。
罪と罰のやり取り。生者の間で行われるカルマの取引。これらはお互い同士で差引され、それによって魂の価値が変わるとされるのだ。
もしも魔女が呪いの在処を知らないままであれば、彼女は被害者としてだけではなく、加害者としての裁きも受けることとなる。オリジネイト教の教義を鑑みればそう言うことになるのだ。
「そうだねえ。しかもモーリックは特にお咎めが無かったって事になる。それはちょっと、オリジネイト教を崇拝する王家の人間としては、ちょぉっと困るなあ」
オリジネイト教。この世界で多数ある宗教の中央にある、宗教の中心であるそれを口実にされてしまえば、エマは、『マリオン』は拒絶出来なかった。
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