第39話 ダラム領主のぼやきの話
「そうなんだよなあ~、本気で困ってんですわ」
領主を名乗った褪せたイエローグリーンの髪の男は、先ほどのシメオンと同じく頭が痛いとばかりにその手で頭を掻き撫でた。
カジミイル・ジュデ・ディオール・ダラム。熊の様にがっしりとした体格の、一見すると冒険者と間違えてしまいそうな大男は、まごうことなくダラム領を治めるディオール家の当主その人である。
「俺としてもタングラスケルドがあんな闇を抱えていたとは思わなくてなあ……」
「闇、と言うと」
「ああ、説明を……したいんだが……」
「わかった」
ちらりと茶色の瞳がシャル達を見た。何やら察したらしいシメオンがにっこりと子供向けの笑顔を浮かべた。
「お菓子を用意していますので、こちらへどうぞ。実は殿下がいらっしゃると聞いて、料理長とお嬢様が張り切って作り過ぎてしまって。我々だけでは食べきれないんだ。手伝ってくれるかい?」
「おかし。甘い奴か?」
「わ、良いんですか?」
「じゃあ頂いても良いか?」
「ええ、どうぞどうぞ!」
シャルがお菓子の単語に一瞬で意識を持っていかれたことに呆れながらもハミルとコーディも空気を呼んでこっくりと頷いた。
シャルの奴が本能で生きていてくれて本気で助かった。ヒューは内心で胸を撫で下ろした。
颯爽と菓子を用意した食堂へ下がって行った少年たちを見送り、ヴィルジュがすみやかに扉を閉める。
「……さて、聞かせたくない人物の人払いは住んだけれど……どういった事件なんだい?」
「ああ、頭の痛い話なんですがねえ……まあ、平たく言うと、愛人騒動のようなモンですわ」
「それはまあ、典型的な奴ですねえ」
創世神話における唯一神オリジネイトを崇めるオリジネイト教団は、基本的に貞操には一途であれとされている。その為、妾や愛人を持ったりすることは協会の一定の基準が要される。
条件は数個あるが、大まかに言うと、『夫婦関係において、片方が子孫を残せない体質であること』『子供らに大きな犠牲を課されることがあり得る地位であること』。つまり、夫婦の片方が不妊であるか、毒殺や病気がちな命の危険が生れに付随するうような高位の立場で無ければ、一妻多夫も一夫多妻も認められないのだ。
「タングラスケルド当主であるセラフェン家の先代……先々代か?とにかく、当主だったモーリック。この男がな、結構なロクデナシだったんだよ」
「愛人を囲っていたのかい?」
「その通り。地図は見てきましたかねえ」
「見て来たよ。端の方がイングヒルに寄った、中々に気温低めの、しかもアクセスの悪い土地だったね」
「そうなんですわ、それなんですわ」
困った様子で繰り返し頷くと、カジミイルは机に書かれている地図を睨む様に見下ろした。
「俺の先代殿がいい加減な統治をしていたことはご存じだろう、そのせいで俺が色々と面倒事を引っ被っていたのも、察していただけるだろうが」
「そうだね、中々に横暴と言うか、好き勝手していたというか、まあ、お金に溺れるタイプだったみたいだね」
「伯父貴の代であちらさんもさっさと代替わりしたんで、あそこの代替わりは俺も初めて見たんですがねえ、何と言いますか」
恨み言の様にそう言って、深く深く溜息を吐いた。
「モーリックとやらのロクデナシ具合は本当に酷かったモンで、タングラスケルド中の顔かたちのいい女を悉く……ああまあいいか、此処には大人しかいねぇからそのまんま言うぞ、手籠めにしていたらしいんですわ」
「それはまあ――――俯瞰的にも客観的にも、360度どこから見ても女の敵ですねえ」
「そうなんですわ。だから、多分あの領土には異母兄弟なんて阿呆の様に居るんだと思われるんですが――まあ、マリオン卿はその中ではまあ、珍しい事に認知されていた子供なんですわ」
珍しい事に認知。こんな組み合わせ聞きたくなかったとシルヴは小さく呟いた。
「今回捕縛されたディクターの野郎はモーリックの直系の長男でな、性根も親父によくよく似ちまってたんですわ」
「そう言えば、彼の罪状は?」
「ヴァッレシアの高位貴族の御令嬢に御無体を働こうとしたところを、護衛の貴族に取り押さえられた」
「外交問題じゃねぇか!」
「頭が痛いね」
ヒューが声を荒げて、シルヴも呆れて半目になってしまった。流石にこれは庇えない。庇うつもりは欠片もないが。
「まあ、ディクターの奴は良いんですわ。国王陛下からとっくに沙汰が下って、ヴァッレシアの法に乗っ取って裁く為にあっちに移送されてったんで知ったこっちゃねえわ」
「それは良い事だ。それで?マリオン卿が当主になったって事かい」
「はあ。そうなんですわ」
再び草原色の髪を掻き、カジミイルは再び困惑の顔をした。
「評判を査定すると、性格と能力は善良。モーリックの時もディクターの時も、あいつらが何かやらかすたびに謝罪行脚をしてたらしい。酷い目にあいそうな者を外に脱出させたり、放置されてた政治を回したり……まあ、領主にするなら文句なしだな」
「なんだ、馬鹿な親から生まれて来たにしては特級の善人じゃないか。それで何を迷っているんだい?」
「いくつか理由はあるんですが……」
「マリオン卿が秘密主義なんですよ」
扉を開けて顔を出したのは、シャル達を連れて行ったはずの色男だった。
「お前、少年らはどうした?」
「お嬢様がいらっしゃって、急遽予定を変えてご一緒に山に散歩に向われましたよ。山に作った『秘密の畑』で芋が取れ頃らしいので、多分おやつでも食べてくるでしょう」
「おお、そうかそうか!そいつは良いな、あそこの畑で採れる芋は飛び切り蜜を吸ってる」
シメオンの言葉にカジミイルが頬を緩めた。いかにも優しい親父さんと言った風体だ。
「年齢、性別、経歴……どれをとってもわからないのです」
「……そんなにわからないなんて、会ったことが無いのかい?」
「いんや、何度もあるさ。なのにわからねぇんだ」
とうとうわからなくなって、シルヴの首の角度が傾いた。
「あれは会って見なきゃわからんさ。男かと思えば女で、女かと思えば男だった。正直俺もマリオン卿にタングラスケルドを任せりゃ安泰だとは思うんだがよぉ、流石に詳しい情報を王都に遅れないのは、いざと言う時困るだろ」
「ううん、ますますわからなくなってきたんだけれど」
「こっちもわからねぇんだ、仕方あるまいよ」
まるで餌にあり付けなかった熊の様な風体で首を垂れるカジミイルに、シルヴは苦笑した。これは随分とややこしい事になってきたようである。
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