第38話 大人は面倒で複雑な話
「それで、男だけの編成をしたのか」
「うん、本当は成人男性を中心にしたかったのだけどね、仕方がないよね」
「なんで男だけで編成したかったんだ?」
ダラム特有の秋空の下、シャルの澄んだ青い瞳に見つめられて、思わずシルヴは両手でそれを遮ってそっぽを向いた。流石にこんな子供の耳に愛人がどうだのとかいう大人の事情を入れたいとは思わなかったのだが、しかしトリスやルベルの護衛を外すとなると実力者を傍に置いておくのが絶対の条件だったのだ。
「今回のシャル達の編成は不本意なんだ。事情に関してカジミイル殿に話を伺っている間は、外で待っていてもらいたい」
「どうしてだ?」
「うっ」
「オトナノジジョーだよ」
一瞬言葉に詰まったシャルの背後からコーディが手刀で軽い襲撃をした。脳天に直撃したその軽い衝撃にシャルのかんばせがかくんと歪む。
「オトナノジジョー」
「18歳未満閲覧禁止って奴だよ。お前まだじゅう……いくつだ?」
「多分14だな」
「なら6年早いな」
「そうか」
2年程水増しされた足りない年月に気づかずにこっくりと頷くと、シャルはきりりとした表情をそのままにもう一度シルヴを見上げた。
「まだ6年たりないらしいから、いい子で待ってる」
「うんうん、そうしてくれたまえ!君たちが良い子で待ってる間に、私とヒューと先生でカジミイル殿にお話を聞いてくるからね」
ぐるりと辺りを見回すと、土の香りが随分強い。常春のサザラントと違って実り豊かな常秋のダラムでは、土の匂いが良く薫った。
「ダラムにはあんまり来たことが無いから、少し色々珍しいな」
「え、お前が?」
「うん、故郷に似てるから」
「初耳です」
ぽそぽそと呟いたシャルの言葉にハミルが身を乗り出した。
「……おばあさまに言われたんだ。故郷に帰ってきてはいけないと。帰ってくるなら50年待ちなさいって」
「50年!?」
「だって、そういわれたんだ。俺はおばあさまに色々教わったから、ちゃんと守らないといけない」
あんまりにもみんなが驚く物だから、シャルは幼い子供が言い訳をする様に口をとがらせてそのまま剥れ面をして俯いてしまった。
「ああ、すみません。貴方のおばあさまを悪く言うつもりではないのです。ただ、それだけの、隠したい何かがあるのかもしれないと思いまして」
「何かを?」
「シャル君の口調を聞いていると、少々不思議に思う事があるのですよ」
そう言って、ヴィルジュはううんと首を傾げた。
「おばあさま、おさんぽ、おしゃべり、えらいひと……何と言いますか、あまりお勉強してこなかったのは事実なのに、時たま出てくる単語が丁寧な物なのがどうにも気になって。おばあさまから習ったんですか?」
「そう」
こっくりと頷いて、シャルは一度黙り込んだ。
「お話したくありませんか?もう少し、聞きたいのですが」
請われて、シャルは口を重たそうに開いた。
「……ひとに、話して回っちゃいけないと言われてる」
「なら、それで構いません」
あっさりと諦めて、ヴィルジュはダラムの街並みを見回した。
「どうやらこの街は君の故郷ではないようですから、君はここには入っても良いんでしょう?」
「うん。此処は何回か……本当にたまにだけど、来たことがあるから。でも、故郷に似てると思ったからあんまりうろうろしなかったけど」
「故郷の見当はついてるんですね」
「多分、ダラムのどっかだなって思ってる」
随分ざっくりとした見解だが、まあ『言いつけを守る』事に関して言えば間違いないだろう。ダラムが狭いわけではなく、他の領地だけで冒険者が一生をおえるのもそれだけ十分なくらいレトナークと言う国が広いのだ。――ダラムに行けるか行けないかで冒険者としては大きく変わるのは違いないが。
「それで?俺たちはどこに行けばいいわけだ?」
「こちらです!」
ヒューの疑問に答えたのは、いかにも貴族の様な格好をした青年だった。少しばかり急いできたのか、痩せた男は息を弾ませながら駆けてきた。
「遅参、大変、申し訳なく、御座います」
「……驚いた」
一瞬呆けた顔をして、ヴィルジュがにっこりと微笑んだ。
やや褐色の肌に灰青色の瞳をした優男で、癖の強い濃灰色の髪を長く伸ばして束ねているその男は、いかにも好青年然とした顔をして苦しそうに微笑んで見せた。なかなかどうして、随分な色男である。汗ばんで酷く息を弾ませているのが残念なくらいには。
「大丈夫ですか?」
「こちらを。お水です、どうぞ」
「は――はい、もうしわけ、いえ、ありがとうございます」
ヴィルジュがその手を引いて支え、ハミルが荷物から水筒をとりだして手渡した。
身形をよく見るとその腰には細い剣が下がっており、その体格はすらりとしていながらも鍛えられているのが良くわかる物だった。何と言うか、これほどまでに細身の剣の似合う青年なんてそうそう居ないんだろうなあとコーディは偏見から考えた。
ちょっとばかり荒っぽそうなところはあるが、平民と言うには優雅で、まるで騎士のような佇まいである。
「ダラム領主カジミイル殿の使いの方でいらっしゃいましたか」
「シメオン・ギーツェンです。若輩では御座いますが、秘書業務を任されております」
「ご丁寧にどうも。私はヴィルジュ・メールと申します。殿下の護衛として同行しています」
「よろしくお願い申し上げます」
「貴殿がシメオンか。エーディアの報告から聞いていたよ」
どうにか呼吸を整え直したシメオンからヴィルジュの手が離れて、シルヴがまじまじとシメオンの顔を見た。
「聞きしに勝る色男だね。カジミイル殿の書簡にも会ったよ、顔は良いわ仕事は出来るわ、その上剣の腕もいいと来た、とね」
「か、カジミイル様がそのような事を……?それは、誠に光栄で御座います」
酷く照れた様子で視線を一度逸らすと、シメオンは褐色の肌越しにも分かるくらいに頬を紅潮させた。
「お待たせしてしまった身では御座いますが、これよりカジミイル様の元までご案内いたします。タングラスケルドに関しても、きちんと報告をさせていただきたいので」
「うん、そうだね。私もあの手紙が気になって仕方が無いんだ。教えて貰ってもいいかな」
「御意に」
こくりとうなずき、シメオンが先導して歩き出す。先ほどまで疲れ切っていた様子とは裏腹にしっかりとした足取りである。
「――と、申しましても、正直説明のしようがないと言いますか――見ればわかると言いますか――我々も困惑しているのです」
「困惑、ねえ」
「何と言いますか――当主に置くのは問題ないと、その様に評価できるのですが――マリオン卿自身の事が分からないのです」
「わからない、とは?」
「……正直、直に見られた方がいいかもしれない」
酷く言葉を選ぶのに迷って失敗したみたいにそう言って、シメオンは困惑をそのまま顔に書いたような顔をした。
「悪人、では、無いと思うのです。こちらを惑わすつもりも、多分、無いのかと。ですが、その、何と言いますか――本気で困ってます」
「……おお」
小利口で頭のよさそうな男からのものとは思えない発言に、ヒューは思わず困惑で唸った。
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