第36話 サザラントの顛末の話



「それで?その後の後片付けはどうしたんですか?」

「後片付け。言い得て妙だね」


嬉々とした様子で駆け付けてきたヴィルジュに片手間に問いかけられて、シルヴは為政者の顔をして笑んだ。


「その後は民衆にファンサして、悠々と領主邸の大入口を通って入ってやったさ。サンディもダヴィもローラもにっこり笑顔で受け入れてくれたとも」

「うんうん、成程。それでしたら問題も無く御用事はお済になったようですねえ」


満足のいく結果である。サンディも喜んでシルヴへの、そして聖魔戦争への服従と協力を宣言したし、あちらもきちんと体制を整えるに値する立場を手に入れることが出来た。

お互いいウィンウィンの関係と結果である。


「私としては歯向かってくるような輩が出てこなかったことに安堵しているさ。何か文句でも出てこようものならトルガストまで戻って、兵士を派遣しないといけないだろう?」

「ああ、まあそうですねえ」


のんびりと頷いたヴィルジュの脳内で瞬く間にそろばんが弾かれる。もしも派兵した場合、一般兵一人分で計算すると、月給に特別手当を上乗せするのが、一日に2000B程度。そこに衣食住をこちらで用意する分を考えると、更にそこに1000B程度。更に装備を整えさせるのに1000B。つまり、一日で一人に4000Bもの追加の出費が要されることになる。


「出費がとんでもなくなってしまいますしねえ」


トルガストでは一小隊の平均人数が50人で、其れを10つで大隊一隊と一括りに数えている。威嚇にするにしてもそこそこの人数が必要なわけだし、大隊を一つ派遣すれば見目も体裁も整うわけだし効果的ではあるのだが、少々出費が大きすぎる。

約500人の大隊全員に一日4000Bを支払うことを考えると、2,000,000Bもの出費が一日に飛んでいくことになる。

一日で行軍なんて出来るわけも無いから、更にそれが日数分で掛け算されるわけだ。


「本当に助かったよ。トルガストは資産がそこまで十分でないわけだしね、出兵することになれば、中々懐に悪い」


少人数だからこその片道三日。行軍となれば、片道は倍以上になる。そう考えると、余裕を持って一週間。

つまり計算式に帰ると、――200万×七日、である。つまり、1400万の追加の消費がかかるのだ。


「お金のやりくりはエーディアに任せているけれど、私たちも何か手を打つ必要はありそうだね」

「ええ全く。私も色々と考えてみようとは思っているのですが――」

「ヴィルジュは教師だから、専門ではないだろう?」

「ですが、エーディアからは相談役の肩書を預けられていますから」


シルヴが言外に無理をするなと言ったものの、こればっかりは他人には預けられない。


「私もトルガストの騎士の一人ですから、義理も何も、本当にこの街に尽くす必要があるのですよ」

「…………やあ、それは初耳だったな」

「それは失礼」


少しばかり驚きに沈黙してシルヴが答えると、ヴィルジュはしれっと謝罪した。


「私の一族……メール家は、トルガストに古くから仕える騎士の家柄です。父は中々の重鎮だったんですよ」

「え、そうなのかい?」

「20年以上前、魔物の活動が活発化し始めた頃に死んでしまったんです。もしもその情報が入ってきていれば、きっと今も元気に騎士団を率いていただろうと聞いています」


何を考えているかわからない顔をして、ヴィルジュは茶を啜った。


「4歳の頃の事なので、薄らとだけ覚えています。あの頃私は、死と言う物を理解できていなかった。だからずっと待ち続けていたんです、父の帰還を」


無知は罪だ。後であの時の事を考えて、ヴィルジュは真っ先に己を恥じた。幼い子供が死んだ父親を待ち続けるだなんて、そんなの周囲からすれば見るだけでも辛いだけだろう。


「正直な話、結構な黒歴史なんですよねえ。エトヴァー様にも迷惑や心労をかけて……お恥ずかしい」

「そこまで恥ずかしい話でもないと思うけどなあ」

「いえ、あのころは本当に聞き分けの悪い頑固な子供でした。だというのに大人たちは力任せに言いきかせようなんて事考えもしなかった」


ヴィルジュは最後は独り言の様にぼやいて、杖で地面を叩いた。


「私はね、あのころの無知を恥じた時から、このトルガストの為に生きて行こうと、死ぬときはトルガストの為だけにしようと決めたんですよ」

「……それ、は……」


何かを言おうとして、シルヴは珍しく黙り込んでしまった。ヴィルジュは身も心も大人で、きっとシルヴが言いたいことだって考えは着いたのだろうと判ったのだ。


「大丈夫ですよ、命がどれだけ大切な事なのかは分かっています。私が死を選ぶのは、本当にそれしかないときですから。きちんと命の使い方は分かっていますよ」


そしてこれは、トルガストの為に身に付けたものの一つです。そう言い切って、ヴィルジュは杖で床を叩いた。

それは、巨大な魔術の式を練り込んだ図形だった。


「凄いな、まるで芸術だ」

「空間転移の魔術。接続を限定する魔術。更に永続的な物体保存の魔術。転移対象の保護、保存。それらを如何に組み合わせ、その上で周囲を邪魔しない造詣を追求するのに3年かかりました。魔方陣は美術でもありますからね」


大体直系10メートルほど。チョークや塗料などと言う柔な素材ではなく魔力によって施されたそれは白く、しかしレモン色の光を放っている。


「ええと、つまり、それって」

「この魔方陣に乗れば、トルガストに一瞬で帰還できるように設定しています」

「……なるほど!?凄い、それは、素晴らしいじゃないか!」

「きちんと問題なく稼働するかもテスト済ですから、これからはサザラントとの行き来が簡単になりますよ」


画期的だね!シルヴは鳴き声の様に声を上げた。


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