第34話 あっけなかった話
アンデッドやスライムが姿を消したその小道を進むのは、何とも快適だった。魔物らが列をなしていた痕跡を見つけるとその数に背筋が冷えることもあったが、まあそれでも出てくるのは雑魚中の雑魚の魔物ばかり。先ほどとは打って変わって中々に気持ちのいい足取りだ。
「あの群れを相手に核となる魔物を探すなんて、ぞっとしませんね」
「全くだね」
トリスが憂鬱そうな顔をして呟いた。それにシルヴがこっくりと頷く。
「正直今回は運が良かったと言っても良い。正直あの戦いは、誰かが犠牲になる必要があったかもしれない」
「…………はい、そうですね」
「この幸運に胡坐をかいてはいけないね。私たちはあそこで死んだものと考えた方が良い」
随分と厳しい物言いをするものだ。ルベルはほんの少し気落ちして、それからゆっくりと前を歩くシャル達の背中を眺めた。
「もしも、あそこで戦ってたら、どうなったんでしょう」
「少なくとも私たちは足手まといになっていたでしょうね」
「足手まとい、ですか」
トリスの見立てにルベルは眉を寄せた。シルヴもトリスも、戦いの基礎を抑えたうえで戦場に居ても問題なしのお言葉を頂いている人物だ。そこらの冒険者や傭兵よりも強いし、ルベルだって戦場での身の置き方くらいは叩き込まれている。
それくらいには強者なのだが、やはりそれでは駄目らしい。
「私もトリスもルベルも、実戦経験が少なすぎる。あそこまで強いと、スライムやアンデッドを相手取るのとはわけが違うのさ。たとえ同じだけの力量があったとしても経験が違うし――私たちはそこまで強いわけではない。自惚れはいけない事さ」
「世界は広いという事ね。私たちが居た所はあまりにも狭かったの」
「そう、なんですね」
言いきかせられる言葉に複雑な気分で頷いて、ルベルはぼんやりとシャルの降る剣を眺めた。
年が近くて同じ様に戦いの中に生きている身の上だというのに、何が違うというのか。――きっと、素質なのだろうけど。圧倒的な違いに知らずため息が出た。
「もしも足手まといが居なければ、どうなっていたでしょうか」
「言いにくい事を聞いてくれるねえ」
苦笑を溢すと、シルヴは弾丸の様に飛んできた魔物を切り捨てた。リスに瘴気が溜まってしまった為に生み出された下級魔物だ。
「正直、予想は難しいけれど――そうだね、多分……いい勝負は出来ているんじゃないかな。勝てるかはわからないけれど」
「それでも勝てないのですか」
「まあ、あちらはねえ……魔族のトップに当たる人物の一人なんだからねえ。彼女一人と戦うなら話は違うかもしれないけど……彼女はドールトーカーだから」
ドールトーカー。噂に聞いたことがある。人形や無機物に魔力と命を吹き込む魔術を好んで用いる、魔族軍でも高レベルな魔術師だ。
「彼女は一人でも人形を生み出し続け、そのうちに数で圧倒してくる。それほどに恐ろしい魔術師だと聞いたよ」
「……とても高い素質を持っているんですね、彼女も」
彼女……エリザベッタもまた、ルベルと同年代だろう。本当に自分の凡才が疎ましくなってくる。
「ですが、物に魔力と命を吹き込むことは生活魔術の一つですが……それを戦力に出来るだなんて、本当に凄い事だと思います。敵ではありますが……本当に天才なんでしょうね」
「ルベルは敵でも素直に褒めるんだね」
「敵であるならどのような事を口にしても良いというわけでは御座いませんから」
「とても素晴らしい事だ」
きっぱりと言い切ったルベルに、シルヴは満足そうに微笑んだ。そう、こういうことを口にできるからこそ、シルヴはルベルを騎士として取り立てたのだ。
「……さて、ところで。進行方向を前衛にお任せしているわけだけど。今は何を基準に進んでるのかな?」
「ええと、其れに着いてなのですが――」
「勘と法則の五分五分ってところだな」
「おや、面白い割合だ」
飛んできた質問にハミルがおろおろと視線を泳がせ、コーディがあっさりと答えた。
「なんだい、その愉快な配合は?法則は分かるけど、勘?」
「ある程度の法則は分かってんだよ」
今更の質問に文句を言うように返すと、ヒューはとことこと前を歩くシャルを顎先で示した。
「ドールトーカーは人形だっつってたろ?って事は、魔力が無けりゃあそこそこどころじゃねぇ雑魚だ。多少の意志や思考が残ってれば、見つけにくい所に身を隠す程度の知恵はあるはずだ」
「うん、まあ、そうだね。思考は鈍っているかもしれないけれど、考える程度の脳はありそうだ」
「で、そうなるとこういう大っぴらな道から外れた所が怪しいわけだが……まあ、道が無いわけだな」
あっはっはっは!けたけたとシルヴが笑い声を弾けさせた。成程、法則と勘で五分五分とは納得だ。小動物でも隠れていそうな物陰を探しては覗き込んでいるのはそう言う事か。
「あ」
ほやんとした、何を考えているかわからない顔をして大きな――乳児くらいはありそうな大きさの葉をかき分けていたシャルが、まるで外敵の気配でも見つけたの兎みたいに顔を跳ね上げた。何やら何かが何かに引っかかったらしい。
「ちょっと行ってくる」
「見つけたのか?」
「さあ……?」
もやっとした気持ち悪そうな顔をすると、シャルは泥やら茂みやらをばすばすと踏みつけ蹴散らしながら茂みの中に踏み込んでいった。乱暴と言うよりは、気を使っていないような足取りだ。よくよく見るとそこは薄らと土が踏み固められているのか草の生えが悪くて、目を凝らして考えながら眺めればどうにか気付けるくらいにわかりにくい獣道だ。
「何食って育ったらあんな野性児になるわけ?」
「肉、でしょうか……?」
「よく見ると顔は良いのにな……」
「よく見ないでも顔は良いと思うよ!」
ぼそぼそと陰口の様にシャルを評価し合うコーディ達に、シルヴはからっと笑って訂正を入れた。そう、シャルだって髪形をきちんとすれば、毛色の変わった美形なのだ。例え中身がゴリラ(コーディ談)でも、そう、美形なのだ。壮美な、お紅茶と薔薇の似合う、儚げな――いや、想像をするだけでも似合わな過ぎて吐き気を催すのだが、見た目はそうなのだ。
「あっ」
「えっ?」
茂みの奥、さほど奥でもないがシャルの姿が髪の輝きしか見えないあたりから、シャルの抜けた声が上がった。同時に、布を勢いよく張った様な音がする。
「…………ご、ごめん」
「なんだ、何かヘマでもしたのか?」
困った顔をしたシャルがのそのそと出てきて、それから視線を泳がせた。気まずい顔を隠すことなくその腕をそっと持ち上げる。
「…………ああーーーーー」
それを見たコーディが脱力した声を長々と上げて呻いた。
「……その、や、やっちゃった」
その手には、やや古ぼけたマネキン人形がぶら下げられていた。体にはお伽噺にあるような吸血鬼そのもので、胸の辺りが大きく切り裂かれている。まるで寝惚けた幼い子が毛布やぬいぐるみを引き回す様な風情だ。
「これは……ミッションコンプリート、かな」
流石にあっけな過ぎる結末に気まずくなって、シルヴも指先で頬を掻いてしまった。
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