第33話 少しだけこれからを考える話
余裕たっぷりな物腰で微笑んだ少女が立ち去って数分、ようやくハミルは安堵の溜息を吐き出した。
「大丈夫?」
「――こ、殺されるかと」
傍にいたトリスに背中を摩られるが、緊張で息を詰まらせていたせいか急な呼吸に幾度も派手に咳き込んだ。少しか呼吸に近いかもしれない。周りを見ると、ハミル程ではないがコーディやルベルなんかも咳き込んでいるし、ヒューも脱力したようにどかりと座り込んでいるのが見えた。
「い、いいいいやあ、緊張したねえ」
「ご立派、でした――」
「うん、ありがとう」
呼吸するのも一仕事みたいな顔をしたルベルの称賛を素直に受け取ったシルヴの顔色も随分と悪い。視線を上げるとトリスの顔も青ざめているのが見えた。緊張していたのはハミルだけではなかったらしいのが分かってほんの少し安心した。
「大丈夫か?」
「お前はいつも変わらないねぇ……」
「そんなことない」
流石に心配したのか、座り込んだヒューの隣にシャルが膝をついた。ヒューの鞄を勝手に漁り、魔法瓶を取り出して持ち主に手渡す。ヒューの横で同じく落ち着いたコーディがその凭れる様に座り込んで鞄を漁った。
「まさかこんなところに魔族軍の幹部様が来るとか考えるワケないだろぉ……」
「うん、俺もびっくりした」
「その程度なんだよなぁ……」
鞄から取り出した魔法瓶から水を一口飲みこんで、コーディは深く深く溜息を吐いた。この所癖になっていそうな位にため息が出ているが、これも全てシャルが原因の様な気しかしない。
「少し休憩したいね。この場でいいかな……ダメかな……」
「多分見通しも良いですからいいんじゃないですか……?」
シルヴの脱力した声にトリスがやはり脱力した声で返事を返したのが聞こえた。ハミルもそれに無言で頷き、ゆっくりと座り込んだ。
「――あ、ルベルさん、先ほどはありがとうございました」
「先ほど?」
「さっき、僕パニックだったでしょう」
「ああ…………その前に、私の事、咄嗟に庇って下さったでしょう。お互い様です」
座り込んで先ほどの礼を言うと、ルベルも気の抜けた顔で返事を返した。正直戦闘中の動向は後から感謝だの謝罪だのを考えたことがない性質である。
「あ、いえ、僕の戦い方は、そう言う物なので」
「それを言われると私も同じことなのですが……」
「お前ら、面倒だなあ」
ハミルとルベルが律儀に頭を下げ合っているのを眺めて、コーディは軽やかに茶々を入れた。正直、こういうのに巻き込まれるのはゴメンだった。
「戦ってる間の事なんていちいち覚えておいて謝罪だの感謝だの後ですんのかよ。正直俺には分からん感性だな」
「え、ええ?そう、なの?」
「そりゃそうだよ。さっきの戦いだってどうにか短時間で切り上がったけどよ、エリザベッタが来なけりゃあ何時間続いたと思ってんだよ。覚えてたらキリがねーって」
「なんじかん……」
コーディの言葉に、ルベルの背筋に寒気が走った。あれとの戦いが、何時間?想像がつかなくて、思わず己の腕を抱いた。
「正直、本当によっぽどのことじゃないと、今みたいに律儀にやりあってたらいつか面倒になって破綻するか、『それが当たり前』と思われて身を崩す」
「そ、そんなものなのですか……?」
「その辺の考え方の違いで諍いが多いんだよ、騎士と冒険者ってのは」
そう言われてピンとくる。そうだ、騎士の、兵士の戦いと言うのは大体が大多数手少数の敵を圧倒して、被害を極度に減らすようにして戦う物だ。計画を立てて、多数で少数をおしきる、つまりは制圧戦。
だからこそ、兵士や騎士と言う役職には、戦闘の後に清算として謝罪や感謝をする慣習があるのは否めない。なにせ謝罪や感謝を伝えることがあるという事は計画立てて行っている中でのイレギュラーな事なのだから、回数だって少ないのだ。
「悪い事とは言わねぇし、やりたいなら続ければいい。でも、冒険者や傭兵を織り交ぜるんなら、それを煩わしいと考える奴も多いんだよ」
「そうなんですか?」
「正直、兵士や騎士が嫌いな冒険者や傭兵と、冒険者や傭兵を嫌う騎士や兵士は、大体がこの常識が違うことを知らねぇな」
冒険者は、己の戦力で敵を選別して倒せると判断した敵を倒すし、己の役目を果たすのが当たり前だと考える者が多い。つまりは少数と少数のぶつかりあいだ。だからこそ怪我のリスクは兵士や騎士と違ってそこそこ大きいが、その変わりに自由に装備や戦略を練りやすい利点がある。
感謝や謝罪の礼儀に煩くないのは、『それが当たり前』だからだ。同じ様な戦闘職のように見えて、兵士と騎士、それに冒険者と言うのは礼儀作法や常識が違う。
「だから、そう言うのを考えずに編成するなら、少しばかり考えた方がいいかもな」
「個人主義じゃあ駄目なのかい?騎士や兵士はこちらの、傭兵や冒険者はそちらのマナーでうごくのは、問題あるかな」
「それじゃあまるで冒険者や傭兵が礼儀知らずにしか見えねぇだろ。礼を言われたらかえさねぇとならなくなる。そうすると冒険者や傭兵は兵士や騎士に合わせる必要が出てくる」
シルヴの提案をヒューが切り捨てた。それはまあ、確かにそうだ。騎士や傭兵が律儀に感謝や謝罪を述べているのに、冒険者や傭兵が応えないのは流石に失礼だ。そうすると冒険者や傭兵は同じように倣わなくてはならないし、そうなると最悪効率やらコミュニケーションに悪影響が及んでくる。
「正直、俺は感謝や謝罪は毎回律儀にされる方が面倒だ。――そりゃあ、死にかけていたところを命がけで庇われたとか、そういうよっぽどの事があれば別だがよ。さっきみたいな混戦の後に、やれあの時は何回庇ってくれてだのそう言う話は困るぜ。そんなこと覚えながら戦うなんてそんな器用な真似、出来る奴はこんな仕事してねぇんだ」
「それは俺も困る。とても困る。戦ってるときは夢中だから、強化や回復の魔法を誰がいつ、何回かけてくれたかとか分からない。それで何人も怒らせたことがあるし、そんなこと考えてたら、多分俺はきっとすぐに動けなくなる」
「うん、お前はそうだろうな……」
ヒューの意見に、コーディの表する『ゴリラ』であるシャルが幾度も頷いた。確かにそう言う所は確かにある。
「――これは、早いうちに擦り合わせて一本化した方がいいかもしれないな。放置しておくと、後から泥沼になってくるかもしれない意見だ」
「確かに、不満が積もり積もって――なんてことはありそうですね」
そのままにしておけば、『礼儀作法のなっていない輩を信用できるか』と騎士や兵士が不満を口にするか、傭兵や冒険者がさっさと見切りをつけて離れて行くか。そのどちらかがなからず引き起こってしまうだろう。
「きちんと、その辺りの理由なんかも提示した方が良いぜ。冒険者や傭兵には学の無い奴は多いけど、理由を理解した上で納得できないほどの馬鹿はそうそう居ない。そちらさんもそうだろう?」
「まあ、こちらは勉学も必須だからね。嫌でも叩き込むさ」
コーディの助言にシルヴが苦笑した。くそ真面目だと揶揄される程度には勉強も重要視されているのだから、此処で出来ないとは言えなかった。
「うん、とりあえずサザラントに来て、多少の課題が出てきたことはまあ、いい収穫だと思う」
「戦場のマナーの統一に、トルガスト城の改めての散策ですか」
「この二つを潰すのには時間がかかりそうだね」
「まあ、それは帰ってからの話だろ、先生やエーディアさんに話をしてからだ」
「うん、そうなるね。なら、後は我々はこの森の主とやらを仕留めればいいだけの事だ」
シルヴが微笑むのを背中に、シャルはゆっくりと立ち上がった
「あの人形遣いが言う通りなら、正直苦戦はしないと思う。吸血鬼の形をしていても人形だっていう話だから」
「と言うと……?」
「吸血鬼って、見た目だけで強そうだろう。多分それで怯んでやられた一般の旅人が多いんだと思う」
上級の魔族と一目でわかる風貌を見てしまえば、戦いを得意としない旅人の足が竦むのは仕方がない。そう言った時、旅人は生き延びる為に手のひら大のボール状の物に魔力を溜めこんだものを投げ、注意を引き付けて逃げることも多い。
その――宝珠に込められた魔力で己の魔力を補填し、そうして強くなっていったのだろう。そうして使い魔を増やし、更に力をつけて行く。上級魔族の人形と言うものはそう言う物だ。
「エリザベッタが魔力を殆ど全部没収したなら、今は只の――吸血鬼の形をしたはりぼてだ。さっさとばらばらに壊してやるのが一番いい」
「……そう、ですね。人形遣いの人形だというなら、瘴気の強い臭いと……あと、濃い魔力の残骸が核として残るはず。強い魔物を退治した証明にもなると思われます」
シャルの言葉にルベルが頷いた。流石に落ち着いてきたのか、顔色は多少青白いものの随分と表情はきりりと引き締まっている。全員多少持ち直したらしく、誰ともなしに立ち上がり始める。
「うん、そうだね。こういうものはさっさと終わらせるに限る」
シルヴの言葉に、誰もがはっきりと頷いた。
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