第32話 人形と話す人の話



前を心強い壁役のヒューが守り、その陰から飛び出したシャルが数を減らす。そうしてじりじりと進んでいるが、あまりにも進む足は遅い。トルガストの城内ダンジョンと違ってあまりにも進む足が遅い理由は、護衛対象が居る為だ。


「こいつらの親玉って何所に居ると思う?」

「多分、こん中に混ざってるんじゃねぇの」

「いや、これだけ大量に同族を生み出してるんだ。多分アンデッドやスケルトンなんかとはわけが違うレベルの」


ヒューはそこで言葉を止め、剣を今までで一番大雑把に振った。その光景が、あまりにも異質だったのだ。


「女の子?」


シャルが一番最初に口を開いたのは、多分戦場に慣れているからだろう。経験の差かもしれないが、こういう異常事態に対処する能力が一番高いのだ。


「ごきげんよう、お客様」


長い金の髪を赤いリボンでツインテールにしたその少女は、多分ルベルやシャルと年頃は同じだろう。大きなレースや長いスカートにくっついた宝飾品は絢爛で、いかにも絵物語に出てくるお姫様の様な見た目だった。

その長いスカートの脇の方を摘まんで、膝を軽く折る。カーテシーに見える其れを見せると、少女はにこにこと笑った。


「感謝して頂戴ね。あんまり貴方たちが暴れてくれるものだから、わざわざ来て上げたの」

「……随分とエラそうだな?」

「あら、だって偉いんだもの、仕方ないじゃない」


あんまりにもミスマッチな少女の登場に訝しんでいたコーディがナイフを構えたまま文句を垂れた。態々いうほどの事でもないが、大して自分と変わらないような人間のこういう偉そうな物言いが一等嫌いなのだ。


「此処の魔物の親玉はおまえか?」

「ふふふ、まさか!」


少女はけらけらと笑うと、見当違いな冗談を言われたような顔をして困った様な顔をして見せた。


「心外だわ、私がこんな可愛くない物たちのご主人さまだなんて。こんなに可愛い私が、こんなものを冗談でも使うわけがないじゃない」

「あ、はい」


自身に満ち溢れた物言いに、ハミルは思わず方向を間違えた相槌を打っていた。いつのまにやら魔物たちは動きを止めているが――まさか、少女を恐れての事かと気づいて警戒が募る。


「なんだ、じゃあお前はこの悪趣味なののとは関係ないのか?」

「うーん、関係ない……事にしたいけど、それも違うのよね」

「はああ?」

「だってこれ、私のお人形の玩具なんだもの」


可憐に微笑む少女は、まるで当人が人形の様だった。


「お人形のおもちゃ?」

「そうよ。私が大切にしてるお人形が態々大事にしてる玩具」

「……人形って……」

「とってもかわいく出来たから、此処で自由に遊ばせてあげていたの」


コーディの、ヒューの目つきが剣呑に眇められる。


「なんだ、お前、魔族側か」

「お察しが悪いのね、頭の悪い人はモテないわよ」

「結構な御世話だ」


ぎらぎらと敵意に尖ってくる空気の中、いつもなら何も考えずに飛び出しているシャルがほよっと柔らかい、気の抜けた表情で少女を見た。


「お前、名前は」

「あら、名前なんて聞いてどうするつもり?」

「強いのを相手にするときは、敵でも名前くらいは聞いてやることにしてるんだ」

「私が強いと判るなんて、良く分かってるじゃない!」


少女はころころと笑い声をあげ、踊る様にくるくると横に二回回転した。まるで花畑の中に居る様な華やかさだ。


「どうして私が強いだなんて思ったの?今後の参考に教えて欲しいわ」

「だってお前、人間だろう」


その言葉に、少女は二度三度目を瞬いた。


「……人間が、魔族の方にまわるのは、珍しくない。でも、魔族が人間を受け入れるのは、そんなに多くないって」

「それで、私が強いと思ったの?」

「そう。よっぽど強い奴じゃないと、魔族は味方にまわりそうな奴でも殺されるって聞いた」

「そう。……そう」


シャルの言葉に、少女は噛み締める様に繰り返し頷いて目を伏せた。


「――困ったわ、本当に困った。ねえ、どうしてそんなことが知られているの?結構重要な秘密になってるはずの事なのだけど」

「人間がそっちにまわるように、魔族がこっちにまわることもある。そう言う事だね」

「ふぅん、酔狂な人間は居るものだけど、酔狂な魔物もいるのね」


問いに答えたのは、何を考えているのか判らない顔をして微笑むシルヴだった。鎮まった戦場の中、少女はあらあらと問題児の話題を出された教師の様に困った顔をした。


「まあいいわ。知りたがっているのは私の名前だったかしら」

「教えてくれるのか?」

「良くってよ」


少女は豪奢なゴールドブロンドを跳ね除けて後ろに流し、ふふんと自身一杯に笑った。長い睫毛で縁取られたきらきらの青い瞳が楽しそうに細まる。


「私はエリザベッタ。魔族軍のトップに近い、魔導軍の幹部よ」

「ああ、ドールトーカーか」

「知られているなんて光栄だわ」


その少女……エリザベッタは、得意げにスカートを揺らせた。ふわふわとたっぷりとしたフリルが空気を含んで揺れている様は、まるで花畑の中ではしゃいでいるように見える。

ドールトーカー。『人形と会話する人』。シャルだって聞いたことがある呼び名だった。

美しい見目をした少女で、人間族だと聞くその人は、魔族の軍団の中でも頂点に近しい人だという。


「私の玩具を放し飼いにしていたところで魔族に不満を持っているというヒト族が暴れているからどうにかしてくれと言われたの。私だって暇じゃないのだけど」

「なんだ、上司なのに顎で使われてるのか」

「……そう言われると、そうね?」


エリザベッタは上品に指先で口元を抑えて驚きを隠した。


「そうね、そうだわ。どうして私がアレなんかの為に動いてやる義理があったのかしら」

「ずいぶんな言い草だねえ」

「だって、アレを作ったのは私よ?なのに、どうして私はアレがしないといけない、出来ないなら命を持って償わないといけないことを代行してやる必要があるの?」


心底不愉快になって来たわ。そう呟いて、少女はシャルたちに背中を向けた。戦うつもりはないらしい。――シルヴたちもまさかの遭遇だったから、そちらの方が助かるが。


「ねえ、貴方たちはアレを倒しに来たんでしょう?此処に来るなんてよっぽどの物好きか、その為しかないもの」

「そりゃそうだ。まあ、アレを倒してその首を貰えればいいなとは思うけどな」

「いいわよ」


エリザベッタはにっこりと少女らしく微笑んだ。笑うと尚の事お人形の様な子だ。ハミルはぼうっと考えていた。


「製作者である私を良いように扱おうだなんて、とってもミノホドシラズじゃない。なら、ミノホドってものを教えてあげる必要があるのだけど……生憎、私って暇じゃないの」

「それで俺たちにそいつを倒してもらえればいいなーって話かな?」

「悪い話じゃないと思うわよ?私はあの腹の立つ顔を見ないで済むし、貴方たちは欲しい物が手に入る。ほら、お互いに利益があるじゃない」


笑顔で両手を広げるえエリザベッタの言い分は、まあわかる。それにシルヴたちからしても、いきなりこんなところで派手にドンパチ戦うつもりは毛頭ないし、準備だって出来ていない。彼女がどれほど強いかなんて、噂で散々聞いているのだ。

背中に流れる冷汗を感じながら余裕の笑みを崩さないシルヴに変わって、ヒューが素っ気なく鼻を鳴らした。


「――ま、悪かねぇ話だな。俺は良いぜ」

「で、で、で、殿下がよろしいのであれば、構いません」


ヒューとハミルがエリザベッタの意見に頷いたのを皮切りに是認の視線がシルヴに集まった。正直勘弁してほしいのが本音だが、まあ、此処を切り抜ければ彼女はお引き取り願えそうだったので、シルヴはさっさと頷くことにした。


「うん、私も構わないよ」

「交渉は成立したと思っていいのかしら」

「そうだね、君が気に喰わないとかいう奴の情報くらいは欲しい物だけど」

「あら、言ってなかった?」


不意を突かれた少女の顔をしてエリザベッタは口をもう一度覆った。今度は少しばかり恥ずかしがっているらしい。


「あれはね、吸血鬼をモデルに作ったお人形よ」


何でもない様にそう言って、少女は指先をピンと立てた。


「これはちょっとしたオマケ。依頼料とでも思って頂戴」


遠巻きにこちらを眺めていたアンデッドが形を崩し、ごしゃごしゃと音を立てて頽れて行く。とうの昔に腐敗した肉がゆるゆると崩れ落ちて、真白の骨がむき出しになっていく。


「アレから魔力を没収したわ。――と言っても、使い魔を生み出せる余分の分だけだけど」


魔物が形を無くして骨に囲まれる中、魔族らしくも少女は薄暗さの一つも感じさせないままに微笑んだ。


「ご満足いただけて?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る