第29話 スライムの怖い話
「随分と湿気を好むのが居そうだな」
「え、湿気?……スライムの類じゃなくて?」
「絶対にスライムじゃない」
山道に多く居る魔物を切り伏せ蹴り伏せ叩き伏せながら進むヒューの呟きに、おや、とシルヴが茶々を入れた。それにきっぱりと答えたのは、三匹ほどのスライムをあっさり切り捨てて戻ってきたシャルだった。
「こういう山道や森林ってのは、本来スライムが居つかないんだよ」
「うん?」
「でも、大量発生しているわね」
「こいつらは手下だから」
シャルの補足にシルヴとトリスが小首を傾げた。後ろでルベルとハミルも難しい顔をしているのが見えて、ヒューがふむと顎に手をやった。
シルヴたちは腕が立つ。しかし、腕が経つのと魔物になれているのは少し違う。多分、箱庭のような囲われた場所で、人を相手に、形式ばった訓練を続けていたタイプだろう。
「スライムっていうのは低級の魔物なんだよ。低級にしては敵として厄介だけどさ、核や体液の大半を攻撃すればあっさりやられてくれる。数で押されると歴戦でも手こずるけど、脳味噌は殆ど無いようなもんだし……低級の中でも低級の位に近いんだ」
「それは座学で習ったことがあるよ。だから、見つけたら大きさを確認して、大きければ核を、小さければ丸ごとを攻撃しろと聞いた」
実際、スライムなんて本体が心臓と脳味噌を兼ねた生き物だ。体を覆う体液もその保護材で、核を剥き出しにしたらショック死してしまうほどにか弱い。しかし、その他にも特徴と言うものはある。
「あれの体を覆っているのは体液だが、その体液はどうやって作られる?」
「それは、本体の保有する魔力と周辺の水や水分を混ぜ込んで、そこから増やして…………ああ、成程、だから手下、か」
シルヴが納得した声を上げた。
「知能がないという事は、生まれて来るのに必要なエネルギーが少ないわけだから……生み出すのに魔力はあまり必要ないというわけだ」
「生み出しとけば、魔力は後から許容量まで回復をする。生きてるわけだからね。後は勝手に湿気や水気を取り込んで、勝手にでかくなっていく。知能のある魔物にはお手軽な手下だよ」
本来、スライムは魔力さえあれば聖とか魔とかそう言う属性は関係なく生み出せることが出来る、お手軽な使い魔だ。何せ、その心臓でもある核と言うものが詰め込める知識には限りがあるのだ。善だの悪だの聖だの魔だのと言う判別すらも、きっとつかないだろう。
「スライムが自然発生するのは、魔力が固形化するような濃度の場所で、尚且つ湿度や水気に不自由しない場所だ」
「そう言う所で出くわす天然もののスライムは、こんなに可愛らしくねぇんだわ」
「そうなのかい?図鑑ではスライムはこんな感じだけど」
水色だの緑色だのまんまるいゼリーの団子みたいなのの真ん中に色の濃い核が薄く埋まっているそれは、ちょっとした水菓子の様だ。正直これがコイン大で皿の上にあったら、きっとフォークを差して一口で飲み込んでしまいたいくらいには可愛くておいしそうかもしれない。
「こういう日当たりが良かったりからっとした空気だったり……あとは、水が傍に無いような環境だと、スライムは核を保護する体液が乾燥しないように、魔力でオブラートを作って更に保護するんだよ」
「ああ、まさに集国の羊羹使ったゼリー菓子みたいな。成程ね」
「お前そんなこと思ってたのかよ」
シルヴのちょっと物騒と言うか物怖じしない感想にヒューはぎょっと身を捩った。
「天然もののスライムの場合、魔力の膜がないからここまで固形っぽくないな」
「体液が垂れ流しってことかしら?」
「そう。だから体のでかさがわかんねぇ。下手すると周辺の水場が全部スライムとかあり得るから、見つけたと思った時には実はスライムの腹の中とかそう言う恐い事もある」
「うん、アレは怖かった」
「えっ」
まるで実際に起きたことの様にシャルが相槌を打ったのに、今度はコーディがシャルから一歩身を引いた。
「待て。お前、まさか」
「下水道に入った途端に足がとられて、流石に怖かった。でも、でかいと動きが鈍くなってるから、頑張って走って核を探して、一回切り付けたら大人しくなってくれた」
「知りたくなかった知識の宝箱か、お前?」
シャルは頭が悪い。だが、その分純粋だからそんな嘘はつかない。そのシャルがしみじみと思い出すように言う言葉には確実に真実しかないのは分かった事だったが、それでも聞きたくないことと言うものはあるのだ。コーディは流石にもう一歩後ろに下がった。
「……んん、まあそんな感じだよ。普通は早々いないから」
「でも今、下水道って」
「普通は、早々、いないからな?」
顔色の悪いルベルに念を押して、ヒューは頭をかき混ぜた。
「まあ、つまり、だ。こういう魔力膜の張ったのは、多少魔力を練って作られた、誰かしら、なにかしらの使い魔ってことだよ」
「う、うん。それは理解した。でも、だとしたら、この先には何が居るんだろうね」
「何って、わからないのか」
「ええ、何がいるかはわからないの」
意外そうに驚いたシャルに、トリスが困った顔をして頷いた。
「この山に入った人は、大体がスライムに襲われて逃げ帰っているわ。高位の魔物が居ることは分かっているのだけど――それがなんなのかは、全く分かっていないの」
「逃げ帰った人の多くはスライムにやられてだったし、奥に入り込んだ人は帰ってきていないからね」
「ふぅん、厄介そうだな」
他人事の様に返事をして、シャルはスライムをすとんと切った。蕩けた体液で湿気た地面を何度か剣で掻き混ぜ踏みつけ、眉を寄せる。
「……一番強い魔物の首を持ち帰るのか?」
「まあ、うん。できれば一番強いのか、強いと一目でわかるのが良いね」
「……やめた方がいいと思うけど」
「どうしてですか?」
「前、こんな感じの討伐をやったことがある」
随分と心強い発言なのに、それを言うシャルの表情はあまり楽しそうではない。
「頼もしい事を言ってくれるね、君の表情はあまり良い物じゃないみたいだけど。何か嫌な思い出でもあったのかい?仲間を殺されたとか、酷い怪我を負ったとか」
「けが、は……してない。今まで同行者は居たけど、仲間は居なかったし……大体、味方に回った奴が死んだのを見たことない」
「じゃあ、何が気に入らないんだい?」
「…………腐った死体は持ちたくない」
「えっ」
その言葉に大体の事情を思い至って、ヒューとコーディは思わず膝を着いた。
「嘘だろ……嘘だろぉぉ……?」
「嘘じゃない。奴らはぬかるんだ場所で仲間を増やすから、スライムがとんでもなく沢山いる所を仕切ってるのはそう言うのが多い」
「そうだった……失念してた……うわああああ……」
「しつね?」
「失念、忘れてたってことです」
「そうか、うっかりしてたって事か」
呻く二人の経験豊富な護衛達に、シルヴは和やかに会話する少年少女の背景が似合わないなあとのんびりと感想を呟いた。
「ところで経験豊富な君たちに聞きたいんだけれど。とてもとても嫌な予感がするんだけれど……私たちが相手取る魔物は、そんなに――楽しくない相手なのかな?」
「うん、俺は楽しくない」
「楽しい奴居るわけ……?」
「正直今回の仕事でこそ一番相手にしたくなかった相手だよ」
きっぱりと頷いたシャルの隣でコーディが一気に萎み、ヒューも今まで見たことがない位に苦い顔をした。
「ここで待ち構えるボスさんはな、ロッテッドコープスだよ」
その言葉にすべてを理解したシルヴ達は、膝を着いて彼らの絶望を身を以て再現し直した。
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