第28話 コンプレックスを刺激される話



ハミル・ヴァライユは決して弱いわけではない。それは自画自賛でも過剰な自己評価でもなく、自他ともに認める事実だ。

なにせ各地から戦いに身を置いていた人々が集まる中から、態々王子殿下が『見込みがある』なんて仰って旅の護衛にまで選ばれたのだから、まあ自惚れでも何でもなく、一兵卒の中でも目に付く程度には強いのだ。


「でも、自信無くすなぁ……」

「まあ、気持ちは分かります」


愚痴っぽく呟いた言葉を拾い上げたのは、後ろに控えていたルベルだった。彼女はシルヴの従者と言う立ち位置だが、その肩書きは騎士の教育を受けなくては手に入らない物だ。

視線の先ではヒューの陰から飛び出したシャルが人外みたいな勢いで飛び出してスライムをすっぱりとゼリー菓子の様に切り倒していた。


「戦いを覚えてちょっと出世と言うか、成長と言うか、そう言う物を体験すると、途端に無敵になった気がするんですよね」

「それですそれ。わかります」

「なまじ自分が結構いい線を言っている所から、想像もつかない上に取り立てられるとまさになんというか、アレは突きつけられるものがありますよね」

「良くわかる」


ルベルの解説に思わずハミルは深々と何度も頷いた。


「僕、これでも結構自身あったんです。でも、比較対象がほら、アレ、でしょう?」

「対象にする事自体がトチ狂っているとしか思えないですよね」

「でも、同年代なんですよね……」


息絶えて形を崩したスライムをあっけなく何度かぐしょぐしょと踏みつけて足場を整えると、コーディが辺りを見回している横でシャルが手を振ってきた。周囲の敵を倒した合図だ。


「能力を総合すると比較的に扱いにくいのは困りものですが、其れだってどうにでも出来ますし」

「事前に多少伺っていましたが、日常の会話に困るとは思いませんでしたが」

「これでも多少はお勉強をしているみたいなんですが、ヴィルジュ先生の教室では比較的年少の子と一緒の教室らしいです」

「本当に偏っているんですね」

「……正直、扱いやすい人材と言う評価で言えば、ハミルさんの方がよっぽどいいと思いますよ」


突然褒められて、ハミルは思わず隣のルベルを見た。


「私とこうやって戦力のバランスや人のスペックについて話せている時点で、其れなりの頭はあるでしょう」

「……まあ、勉強は、独学ですがやってきてますし」


ルベルは結構。このハミルと言う兵士を買っていた。頭はそこそこ良いし、性格も上司に従順の姿勢を見せられる。戦いにおいては後方の護衛なので見せ場がないが、戦い方のスタイルが珍しい当たりで使い道は多い。

こんな人材がトルガストに眠っていたのかと言う驚愕と、よくぞこんな人材が眠っていてくれたという幸運、そしてそれを発掘したシルヴの慧眼に対する称賛。ハミルに関してルベルが抱く感情である。


「でも僕は、正直シャルさんが羨ましいと思います。剣の腕が経つのは、本当に。僕は強くありたいから」

「酔狂ですねえ。殿方ってそう言う物なんですか?」

「あはは、人によるとは思いますけど、そう思う人は多いかもしれないですよ」


男女平等なんて騒がれる社会もあるが、少年と少女で分けられるジャンルに置いて少年のカテゴリに強さは必ず付随するものだ。ハミルだって強いのと弱いのなら強いのが良い。


「……っていうか、強いのと弱いのなら女性だって強い方がいいでしょう」

「それもそうですね」


あっさりと認めて、ルベルは小さく溜め息をついた。何やら思い入れがあるのか、小さいくせに物言いたげな溜息だ。


「強い方がいいのは女の人もそうですね」

「こだわりでもあるんですか?」

「まあ、私もコンプレックスくらいはありますよ」

「ええ?」


騎士様に?ハミルは思わず声を裏返させた。

なにせ騎士と言うと、王家に仕えることを許されるくらいには何でもできる、ハイスペックとエリートの代名詞みたいな御役目だ。だっていうのに、強さにコンプレックス?正直その言っている意味がわからなかった。


「勉強は、候補生の中で一番できたんです。それだけは負ける気がしないくらいに優秀でした」

「盛ってきますね」

「事実なので」


素っ気なくそういって、ルベルは杖を振った。魔物の粘液に薄く焼かれたヒューの腕の赤い腫れが引くのが見えた。

呪文も無しに魔術を使えるのは、それだけ鍛錬した証だ。こんなところでエリートの片鱗を見てしまった気がした。


「でも、ダメなんです。私、前に出て戦うのに向いてなくて」

「と、言いますと」

「攻撃手段がないんです」


攻撃手段?思わずハミルは訝しげなかおをしてルベルを見てしまった。可愛らしい顔立ちをした小柄な少女だが、その手に持った杖は魔術師の証だ。


「中々綺麗な発音のヴンダー言語を使っていると思いますが」

「お分かりですか、流石です」


魔術言語の発音を褒めると、ルベルはそういって得意げにふふんと笑った。しかしその表情は笑っているくせに清々しくも無く、どこか陰湿だった。


「私、攻撃魔法の素質だけ無いんです。他の方にはお話しているんですが、ハミルさんには言っていなかったなって」

「え、素質が?」

「はい。初歩の初歩ですら生活魔法程度で」


魔法の素質。それは術者の性格の事だ。回復魔法であれば『他者を労わる精神』、防衛魔法であれば『自身に降りかかる災難に対する恐怖心』と言ったように、魔術の素質には術者の性格が反映され、それによってすべての人々の魔術の習得に個性と言うものが出てくる。

そして、攻撃魔法の素質が無いという事は。


「私は敵対する者に対して、攻撃しようと考えられない腰抜けなんです」


騎士を目指す者たちの中で、その素質の欠如は酷い違和感だっただろう。きっと馬鹿にだってされただろうし、馬鹿にしなくとも傷つけられだってしただろう。ハミルだって、そんな人が身近にいれば騎士を目指すことをやめさせようと一度は考える。


「手の平に収まる炎すら出すことが出来なかった時、ただ単に私は情熱的な人間ではなかったのかと納得しました。静電気すら出すのがやっとだったとき、私は一途ではないのかと驚きました」


炎の属性は物事に対する情熱の強さ。雷の属性は物事に対する一途さが素質に反映される。基礎中の基礎だから、ハミルだって良く知っている。


「そよ風ですら答えてくれなかった時は、まあ、奔放な性格ではないと分かっていましたので気落ちしませんでした。でも、氷の一つも生み出せなかった時、石礫の一つも飛ばせなかった時、私に攻撃魔法の適性がないと講師に言い渡されました」

「それは……騎士として……」

「騎士を目指すのには無謀ですよね。私もそう思います」


言いにくい事をズバリと言う。此処まで行くのにはきっと随分と苦悩したのだと気付いて、ハミルは口を閉ざした。


「退学を考えていたんですが……いつの間にかこんなところまで付き合わされてしまって」

「こんな所とは失礼だなあ」

「本気でそう思われていらっしゃるのなら謝罪いたしますが?」

「思ってないからいいよぉ」


何を考えているのか判らない顔をしたシルヴが振り向いてにこにこと笑った。この雑談を聞いていたらしい。……随分と良い趣味をしているようだ。


「ふふ、あの時のルベルは可愛かったなあ。『私騎士になれないのー!』って泣いちゃって」

「殿下、私の前を歩かれますと背中から怪我をされる可能性が御座いますが」

「おっと今の話はここだけの話で」

「知ってるんですからね、殿下があちこちで人の恥を吹聴していることくらい!」


お助けー!ふざけた悲鳴を上げて走った貴人は、しかし前線でドンパチしているヒューたちを追い抜こうとして戦闘の余波なのか本気の引き留めなのか、ヒューの結構本気の拳を脳天に受け止めていた。


「…………んん、まあ、そういうことです。それでも騎士なんて立場を賜っているのですから、私にも強さって結構なコンプレックスなんです」

「まあ、それならわかります」

「ところで、ハミルさん」


何事も無かったように話を絞めて、それからルベルはちらりと横目でハミルを見た。


「私が用いた魔術言語。よくヴンダー言語だとわかりましたね?」

「えっ?……ああ」


ハミルは苦く笑った。楽しい話でも興味深い話でもないので、触れるつもりはなかったのだが。


「昔、ヴンダー言語も齧ったことがあるんです。リング言語の方が大衆的ですけど、どうせ覚えるならこっちの方がしっかりして見えるじゃないですか」

「ああ、なるほど。……まあ、言語差別なんて言葉も一昔はあったらしいですからねえ」


貴族が学ぶウィル言語、騎士が学ぶヴンダー言語、そして大衆に親しまれているリング言語。更に他にも多く細分化されているが、魔術を行使する際に用いる言語はこの位だろう。学者の用いる物や一部地域で限定的に利用されている物も多くあるが、大体この三つが有名で代表的な物だ。

だからこそ、この三つの言語のどれを習得するかでその人物の階級が分かれるのだ。


「おーい、そろそろ先に進むぞ!」

「あ、はい!……少し、急ぎましょうか」


ヒューに急かされて駆けて行ったハミルを見送り、ルベルは小さく呟いた。


「……齧ったことが、ですか」




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