第27話 サザラントを穏やかにするための話
「さて、とは言ってもだ。不服従の者を従えるなんて中々骨が折れる所業だぞ」
「えっ……」
「なにせ私は故郷でそれが出来なかったものだからな!」
からっと笑ってソファにだらける様に凭れたシルヴに、早速サンディが不安の声を漏らした。いきなり雲行きが怪しくなって、場の空気が白む。
「一番手っ取り早いのは、中立にある者を取り込むことだが……ダヴィ、ローラ、そんなの居たかい?」
「申し上げにくいのですが……おりませんでした」
「同じく」
「あっはっは!しっかたないな!大体全員が敵だってことだ」
こいつ今まで相手を不安にさせないって事考えた事無いんじゃねーの?コーディがひそりと呟き、トリスが頭を抱えた。
「常套手段がないわけだが。まあ、難度を考えないのならば、一つ。手段はあるにはあるが――面倒だな」
「と、言うと?」
「一つ聞くが、この辺りで話題になっている魔物は居るかな?」
ぴくりとシャルが顔を上げた。不穏な空気を察してヒッとハミルがか細い悲鳴を上げたが、知ったこっちゃない。
「……居るにはいますが……討伐を、なさるので?」
「そうさ。我々が派手にそれを倒して、その首を手土産に人目を集める。そして、大々的に宣言すればいい」
『シルヴ王子一行はこれだけの猛者で、ヴィルドー家当主として唯一支持するのはサンドレィ嬢のみである』と。したり顔で笑うシルヴに、サンディが意外と冷静な顔をして成程、と頷いた。
「それは、もしかしたら、いいかもしれません」
「お嬢様!?」
「だって、それが一番簡単だと思うの。危ない事では、あるけれど」
単純に考えれば、これが一番手っ取り早いのだ。
強大な魔物の首を持ち帰ったというインパクトで人を集め、其れによって強さを知らしめる。そして多少でも顔の知られているシルヴが正しく王子を名乗り、サンディを擁護する発言をする。これで街中に『とても強いシルヴ王子がサンドレィを領主として擁護した』事実が根付く。
「人を集めるだけならばそのような手間をせずとも」
「ううん、ダメ。今の私たちはそんな事が出来るもの、何も持っていないの」
話せば話すほどに聡明な少女だ。なにせ、身の程をきちんと弁えている。
「魔物の首を持ってくるなんて、一目見るだけで物騒で人が驚くし、其れだけでその人の強さや頭の良さがわかるもの。人を集めて、言っていることに力を持たせるなら、それが良い」
更にここにシルヴが『他の者を立てることはサンドレィ意外に罷りならん』とでも偉そうに演説をすれば、少なくとも他の者が領主のような振る舞いを認めることは王族の命令を無碍にしたことになる。
「ここでもしも私たちに難癖をつける物たちがいるのなら、トルガストからと銘打って宣戦布告をすればいい」
「せ、宣戦布告を……?」
「成程」
尻込みしたような声を漏らしたローラの隣で、考え込んでいたダヴィがようやくそこで頷いた。
「少なくとも迫害を受けていたとしても、殿下は王族。その勅命に当たる当主の絶対制という命令に反した上、殿下の身分を疑う言動……であれば、殿下の許しが無ければ反逆罪」
「反逆、罪……と、なりますと――少なくとも禁固終身刑。大きく見れば死罪相当に、当たりますね……?」
「嵌めるようなことになって心苦しいがね、我が父であるガストニー陛下は、名目ではあれサンディをサザラント領主に任命していることになるわけだからね、本来王族には擁護の義務だってある。おかしな行動ではなかろうね」
「確信犯じゃねぇか」
腹黒め。事態を想像して顔色を白くするハミルの横で、ヒューが小さく呻いた。
「王子の遠回しな命令である演説に反抗したのだから、罰はきちんと受けて貰うさ。流石に私も王族なのだし、多くの街の人がその場面を目撃しているわけだし」
「――それってある意味、例え助かってもこの街に居られなくなる奴じゃねーか」
「……まあ、王家への反逆罪が適用された上、この街に軍が襲撃かましてくる原因だから、そりゃあまあ大層嫌われるだろうな」
にっこりとシルヴが無言で笑みを深めたのが全ての答えである。
シルヴが演説によって街中にサンディの正当性を印象付け、其れで大人しくすればいいのだ、大人しくすれば。
もしもそこで黙らずに出しゃばるのであれば、シルヴはその地位を謗られた事になるのだから、王子として叩き潰す必要がある。
「サンディを追い落としたい輩が『お利口さん』であれば、何も問題ないのさ」
そう、そうなのだ。もしもそうであれば、この周辺を長らく騒がせている厄介な魔物が一匹討伐されるだけの話である。
そしてシルヴの王子としての地位を傷つけるようなことも無く、サンディはその立場を『王族に認められたもの』として堅くすることが出来る。
「まあ、『お利口さん』で無かった方が、都合がいいかもしれないけれど」
その言葉でトリスは確信した。シルヴは反サンディ派閥を徹底的に追い落とすつもりだ。
そんなことはつゆ知らず、ぼんやりとしていたシャルが緩やかに顔を上げ、ちらりとサンディを一瞥して、それからそっと扉から出て行った。どうせ難しい話が面倒だとでも思ったのだろう、コーディは深い溜息を吐いた。
「私はね、結構怒っているのさ。王都に居た頃からサンディの事は情報だけは聞いていたからね、少々侮ってもいたけれど」
「それは、仕方がない事だと思います。だって、私は、子供だもの」
「それ以上に、少なくとも君は一人前の領主の器を既に持っているさ」
少し話し合いをしただけでなんとなくわかった。シルヴの提案を否定で無く検討し、簡単には受け入れず、しかし可能であるかの情報を集めようとする姿勢は大事な物だ。
「サンドレィ、自信を持って。貴方は正しくサザラント領主だ。君はまだ足りぬ物が多いと嘆くが、それを補って余りある家臣は必ず君に着いてくる」
言葉にしないながらもシルヴの目はきちんとダヴィとローラを見つめていて、サンディもその視線に習って二人を見て、小さく頷いた。
「さて、とりあえずの方針は決まったのだけれども」
時間と手間と手数がかかるが、『王族がサンドレィの後ろ盾であること』をきっちりと知らしめるには一番堅実かもしれない策だ。
しかし、その前にとダヴィが目を細めた。
「それには出来るだけ派手な討伐実績を上げる必要がありますが」
「それに関しては心配ないさ」
私の護衛は優秀でね。その言葉と同時に、再び扉が開いた。
「ローラ、ごめん。ちょっと派手に汚しすぎた」
「は!?お前、何やって」
文章にしたら数行程度の間に何をやらかしたのかといきり立ったコーディがシャルを押しのけて部屋を飛び出し、そして足を止めた。
死んでいた。誰がって、女が。
壁の狭い――林檎一つ程の隙間に押し込まれる様に無理に体をひしゃげた女が血に濡れていた。
脳天を貫いて壁に深々と突き刺さった剣は、壁に飾られていたものだろうか。
「――――ぅおぇ……っ」
こみ上げる吐き気を呑みこんで、コーディは改めて周囲を見た。廊下中に飛び散る血痕と死体を見るに、会敵した瞬間に首筋を声帯を巻き込む形で深く掻っ切ったのだろう。そして、動かない様に床に押し付けた。そうじゃなければ悲鳴が上がっているはずだし、激しい物音だって起きているはずだ。
シャルの奴が一気に失血死かショック死かした死体をどうしてこんな変死になる様に捻じりこんだのかはよくわからないが、サンディに知られない様にしたのは及第点かもしれない。
「……これ、は」
ローラの代わりに来たのだろうダヴィは天井まで血液の滴る廊下に呻いた。それから青い顔をして死体を見下ろす。
「多分シャルの奴がやったんだ」
「それ、は、察していますが」
「此処に立ち行って良い奴はサンディとダヴィとローラと、後は毎回サンディが許可を下さないって聞いてたからな」
しかもローラは派手に仕留めてくれれば手間も無いと言っていた。だから、『ここで不審者を仕留めた』と言う痕跡がしっかりと残る様にしたのだろう。だからこそ、猟奇殺人のような手口で『侵入者を駆除』したのだ。
「それにしては物音がしなかった。返り血も――」
「それが出来るほどの腕前なんだよ」
「…………それほどの」
切りつけて返り血を躱すなんて、シャルの腕前と足の速さを知っていれば簡単な事だと判る。なにせ、雷撃を容易く躱す勘の良さと足の速さなのだ。
「まあ、やり過ぎとは思うけどな」
「い、いえ。そんなことは」
「え、マジで?」
「――ここに立ち入るのは、本気でサンディ様の命を狙う輩や、お立場を脅かそうと動く物が多い。これだけ凄惨にしてくれれば、そう言った輩への威嚇になる」
そう言う物なのか。ダヴィの言葉に無理に納得して、コーディは死体を見下ろした。
「まあ、サンディ嬢に見せるわけにはいかないと思うけど」
「それは勿論。ですが、助かりました。私が処理すると、どうにも返り血が飛んでしまうことが多くて」
「うわ……」
物騒な裏話を聞いて思わず嫌な顔をしたが、ダヴィも苦い顔だった。流石に良い気分ではないのだろう。
「お嬢さんはどうする?こんだけヤベェところ、見せらんねぇだろ」
「それは問題ない。転移の魔術があので、片付けが大体終わるまではこの周辺に寄らせない様にいくらでも誘導できる」
「転移の魔術?そりゃまた便利だな」
転移。生活魔法の中でも高度なそれは、そこそこ強い魔術の素養がなければ使えない物だ。中々便利な物ではあるのだが、習得している人間は多くはない。
これまたシルヴが目を輝かせそうな話だ。
「移動は良いけど、片付けとか大変だろ」
「『これ』の苦情と片付けが終わったら、ローラの清浄の魔法で清めれば問題はない。」
「やっぱ便利だな、生活魔法。帰ったらもうちょっと勉強しとくわ」
相槌を打つと、コーディはもう一度溜息を吐いた。どうやらコーディが思っていたよりもヴィルドー家は殺伐としていたらしい。
「じゃあ、此処の片づけとかはシャルの奴にさせないでも?」
「むしろあとで何か御馳走をしなくてはと思っていたところなので」
「そりゃあ助かる。あいつ最近食い意地張り始めてんだよ」
「では、なにか馳走を考えておこう。肉が良いだろうか」
「お前、このスプラッタの中でそんなこと考えてんの?」
血煙と遺体で汚れた廊下を見回して、コーディは未だ胸を焼く吐き気にべえっと舌を出した。正直こんな光景を眺めた後で肉類を食べたいと思えるのであれば、きっと発狂しているかよっぽどのなんとやらではあるだろう。
それでもまあ、シャルならば喜んで食べるのだろう。そう見当をつけて、コーディは嫌々ながらも頷いた。
「……昨日の昼はチキンステーキをうまそうに食ってたよ。肉なら別の肉を用意してやると喜ぶんじゃねぇの」
まあ、考えの読めないあれの趣味嗜好なんて知ったこっちゃなかったが。
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