第26話 幼くとも領主の話



案内された先は、まあ当り前だがごく普通の豪邸だった。ローラが蓋になっていただろう甲冑の乗った台をスライドして上に乗せれば出入り口は綺麗に隠されて、こういう風に隠してあるのかとシルヴが呟いた。トルガストで家探しする気満々らしい。

隠し通路は廊下の一番奥だったようで、突き当りの壁を飾り付けている所だった。すぐ近くの扉が開いて、そこに厳つい顔が高い所から待ち受けているのが見えた。


「やあ、待ち合わせには間に合ったかな?」

「お待ち申し上げていた」

「ああ、待たせてしまったかな」

「いや、過不足無い」


余裕たっぷりにシルヴが手を振ると、ダヴィは何を考えているのか判らない顔をして部屋の中に促した。


「王族とお会いする予定に、主人が少々……緊張で舞い上がってしまっているだけだ」

「それは申し訳ない事をしたかな」

「いえ、ローラには定時に待ち合わせ場所に居るように指示していたので、問題無い」

「そうかい?」


促されて部屋に入ると、ちょっとした個室だった。二重構造になっているらしく、此処は玄関口に近い所だろうか。


「少々先行する。主人は矢張り落ち着かないらしいので、落ち着かせてきます。お客人らはこちらでお待ちを」

「わかりました」


ダヴィに言われ、トリスが頷いた。シルヴも構わないらしくにこにこと笑みを湛えている。

部屋の中に入って行ったダヴィを見届け、ヒューが徐に口を開いた。


「……秘密裏の面会だってのに、こんなに無防備で良いのかよ」

「問題ありません」


ヒューの疑問にローラがきっちりとした口調で答えた。


「この屋敷の中でこの周辺は当主のプライベートエリアとなっています。此処に立ち入りを許可されているのは、現在は当主様と私、そしてダヴィ様のみ。他は都度許可を得ての立ち入りです」

「つまりここに立ち入った時点で不届き物って事か」

「その場合は敵と見做して良い。それが数世代前の当主様よりの決まり事で御座います。許可を得ているのであれば、その場で許可証を見せればいいだけの事」


そのローラの言葉にピンときて、シャルはぱっと顔を上げた。


「じゃあ、それ以外の奴を見かけたら捕まえるのか?」

「……まあ、その様になりますね」

「ふぅん。殺すのはダメなのか?」

「いいえ、後々面倒が起きませんので――むしろ、その場で派手に切り倒してくれるのが一番かと」

「わかった」


憶えておく。こっくりと頷いて、シャルは窓を眺めた。――これは、実行するな。コーディはこっそりと溜息を吐いた。


「――どうぞ。お入りになってくださいませ」

「失礼いたします、お客様をお連れいたしました」


か細い声が奥から響いて、ローラが扉に手を掛けた。大きく開かれた扉の向こうには応接室の様なテーブルセットが敷かれ、一番奥にはダヴィが、そしてその手前、豪奢な当主用の者だろう椅子には幼い少女が腰かけていた。

肩より上で短く切りそろえた藍色の髪に灰色の瞳の少女は、緊張しているのか怯えているのか判らない表情でシルヴ達を見て留めると、叩かれたように立ち上がった。


「お、っ、初にお目にかかり、ます、えと、ええと、サンドレィ、マデリン・ヴィルドー、サザラントと、申します」

「初めまして、リトルレディ」


ぎくしゃくとした少女のぎこちなくて拙いカーテシーに、シルヴは優雅に紳士の礼をして見せた。右手を心臓に当てて、もう片方の手を後ろにしっかりとまわした物だ。

サンドレィ嬢は驚いたようにぴしりと直立して、それからまじまじとシルヴを見た。


「私の事は、どうかシルヴ君、とお呼び下さい」

「え、え、ええと」

「私はね、ただのシルヴとして、ただのサンディさんに会いに来たんだ」


サンドレィ嬢……サンディは大きく見開いていた目を何度も瞬いた。きっとシャルには思い当たらないほどの沢山の事を考えているのだろう。


「……くん、は、慣れてないので、シルヴ様、でもいいですか……?」

「勿論!私はサンディと呼んでもいいかな?ダヴィさんが君の事をそう呼んでいたから、そう覚えてしまったんだ」


今にも吐きそうなほどの緊張を顔面に浮かべた少女は、未だ幼いのが見るだけでわかる。年頃は両手で数えられるくらい。詳しく診れば7、8歳程度の年頃で、赤い艶のある靴にピンク色の膝丈のワンピースが似合っている。


「――かま、いません」

「良かった!なら、後ろの私の友達たちも紹介しないといけないね。ヒュー、その怖い顔をこの子にようく見せておくれよ」

「……強面で悪かったな」


のそりと一番に出てきたヒューに、サンディは一瞬ひえっと飛び上がった。しかしそれでも表面に出すまいと頑張っているのが見て取れて、ヒューは頭を片手で掻き混ぜると目線を提げる為に床に片方の膝を着いた。


「ヒュー・フランツ。一応この王子様に護衛として雇われている」

「護衛……」

「護衛は分かるか?」

「わかっ……ります」


ぱちぱちと何度も目を瞬いているサンディは、それでもぐっとヒューを見上げた。

小柄で幼い少女のサンディと大柄で強面なヒューの取り合わせは何所かで聞いた童謡の様な取り合わせだ。白い貝殻のピアスを落としでもしたのかもしれない。


「――ほら、お前らも自己紹介しろよ」

「はっ、はい!」

「ふふ、では私から」


ヒューが後ろに戻って行ったのとすれ違うように、今度はトリスが進み出て両膝を着いた。優雅に膝を着いた淑女はその重力に緩やかに従うように小首を傾げ、少女の肩に手を置いて斜め下から見上げた。


「私はトリス。シルヴ様のお付の者です」

「同じく、シルヴ様とトリス様のお付の、ルベル、と申します」


トリスに習って両膝を着いたルベルが胸元で手を組み微笑むと、サンディはようやく解れてきた緊張にほんわりと口元を緩めた。

これは中々良い流れだと判断したのか、トリスを挟んでルベルの逆隣にハミルが肩膝を着いた。


「ヒュー様と同じ護衛の、ハミル、です。只の一兵卒ですので、お気軽にお呼び下さい」


さて、これで自己紹介をしていないのはシャルとコーディだけである。しかし、態々目線を合わせてやるような柄でもないし、こんなに幼い子供の扱い方なんてわからない。だから、コーディはあえてその場でフランクに腕を頭の上で組んで壁に凭れた。


「コーディだ。気軽に呼んでくれよ」

「……シャル」

「!」

「こいつはこんなんだけど、別に怒ってたり不機嫌だったりするわけじゃないから、気を悪くしないでやってくれ」


一瞬再び緊張したサンディに気づいたコーディがごつんと音を立ててシャルの頭を小突くと、サンディは緊張も忘れてぽかんとした。


「ホラ、殴っても噛み付かねぇだろ?」

「……痛い」

「あ、マジで?悪い」

「それに俺は噛み付いたりしない」


流石に人間なんだからそれくらいわかる。そう続けられて、コーディは苦笑した。この野性児(暫定)は矢張り感性がずれ込んでいるらしい。


「私たちはね、サンディ。此処――ヴィルドー家が大変だと聞いてやってきたんだ」

「ほ、本当?」


シルヴの言葉は信頼できると思ったのか、サンディは咳き込む様にシルヴの手を引いた。再び手を引かれて膝を着いたシルヴは、穏やかながらも一瞬目を見開く。


「助けてくれるの?」

「うん、手助けをしたいと思って――」

「なら」


一瞬口籠って、それからサンディは眉根を寄せて俯いた。


「もう、恐い事も、嫌な事も、ありませんか」

「それは」

「もう!」


言いたいことを止められない様に、サンディは続ける。


「ダヴィが悪口を言われることも、ローラが苛められることも、ありませんか」

「サンディ……!」


泣きそうな顔をした子供に慌ててダヴィが声を掛けるが、サンディは止まらなかった。


「私、もう嫌です。お父様が私を指名したのは馬鹿な事だったとか、お母様が私に色々教えたのは愚かだったとか、そういうことを言われるの」

「……」

「ダヴィが、ローラが私の為に頑張ってるのに、いっつも酷い事を言われたり、嫌な事をされたり……私はまだちいちゃいから、誰かの手伝いが無いと、何にも、何にもね、出来ないの。だから」


今までため込んでいたことを全部口にしようとしてそれが出来なくて、サンディはぎゅっと口を堅く結んだ。


「わた、しは。私は子供です。誰が見ても、まだまだ、子供です。でも、私はヴィルドーのたった一人の、跡取りだから。捨てちゃいけないもの、ちゃんとあるし、分かってるの」

「そうだねえ、サンディ」

「だ、だから」


緊張で舞い上がるとか、ダヴィの言い草を考えるとあまり荒い気性ではないのだろう。だと言うのに、サンディはぎゅっと無理やり『恐いお顔』をして見せた。


「私は、サザラント領主ヴィルドー家当主、サンドレィ・マデリン・ヴィルドー・サザラントです……!だというのに、我が言葉に従わない無法者の全てを、制圧、する、お手伝いを……お願い申し上げたいのです……!」


制圧。つまり、『逆らわないものは何としてでも服従させろ』という事だった。

まさかこんなに幼い少女からそこまでの依頼が出て来るとは考えても見なかった。シルヴは面食らって、それからうふふ、と笑みをもらした。

中々に強かな為政者になれそうな器だ。もう少し先代夫婦が存命であれば、きっともっと適した年頃に大成しただろう。そう考えて、シルヴはにっこりと微笑んだ。


「わかった、サンドレィ。レトナーク王子である私シルヴィスの名において、何としてでも助力致しましょう」


立ち上がったシルヴの前に、今度はサンディが膝を着いて家臣の礼を見せた。





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