第21話 質問をする話



「自画自賛ですが、中々良い所を借り受けられたと思っています」


絵にかいたようなドヤ顔を披露したトリスの自画自賛の通り、いい感じの宿を借りることが出来た。街から少々奥まった木々に閉ざされた小さなコテージは複数名で利用するにはそこそこに広く、しかし遠すぎるわけでもない。数日宿泊するには調度良いし、宿泊料も食費などが入っていないのでお安くできている。食器や調理雑貨は込みこみだが、それでも笑顔で支払えるくらいには良い寝床だった。


「やあ、素晴らしい成果だね!」


シルヴがにこにこ笑いながら窓をばあんと開け放つ。あまり客に恵まれなかったのか、少々埃っぽいのが気になったのだろう。


「寝具の部分は清掃をしていたそうなのですが、安い代わりに少々埃が溜まっている所もあります。気になったので軽く清掃はした方が良いとは思いますが」

「上々じゃねえか。こんな良い寝床、一人旅じゃあ中々恵まれねぇわ」


ヒューが上機嫌でコテージの見取り図を広げた。部屋が細かく仕切られているから、部屋を多数で共用する必要はなさそうだ。


「しかし、寝床としては中々上場なんだが……護衛対象を奥には少し面倒じゃないか?」

「それは、まあ。そうなんですが」


良い気分でコテージの中を見聞していたヒューがふむと一息ついて眉を顰めた。


「少しばかり大きな窓が多い。――いや、自然に囲まれたコテージであればそれが当たり前なんだが……少しばかり『通気性が良すぎる』な」

「通気性?」

「大窓が多いんだよ」


ほら、とヒューが壁を指し示す。まるで森の中を切り取った様な大きな窓だ。上品な作りで、あちこちにはめ込まれた綺麗な景色が堪能できる。


「なるほど、護る対象が居る時は困るな」

「だろ?どこから侵入されるかわかったもんじゃない」

「それは私も思ったのですが……サザラントの建造物は元々このような開放的な作りが基本でしたので」


困ったような様子で柱を撫でて、トリスは苦い顔をした。


「なるべく周囲……無関係な人々に危害を加えないよう、離れた所を探したんです」

「まあ、そうなるよなあ」


俺もこの辺りは来たことがある。そう付け足すと、ヒューは内装を見回した。


「悪いがシルヴ、一人部屋は諦めて貰うぞ」

「ううん、こればっかりは仕方ないね。わかったよ」


心底残念そうな顔をして、シルヴはそれでも聞き分け良く頷いた。それからその表情のまま腕をシャルの脇に通し、まるでぬいぐるみの様に抱える。


「ならばシャルをお供にお願いしたいのだけど」

「え」

「却下だ。そのド箱入りをお前と一緒にしたら、口八丁で言いくるめて妙な事吹き込まれたらたまったもんじゃねぇ」

「えっ」


俺、言いくるめられるの?会話に着いていけないままに困惑の声を上げるシャルをルベルとハミルがはらはらと心配げに見ている。コーディはまた始まったと言わんばかりに呆れた様な疲れたような顔をしているし、トリスは何を考えているのか判らない様子で微笑んでいる。


「でもこの子が一番可愛いし」

「年下共は全員アウトだ」

「コーディもダメか?」

「苛めすぎてやんなって言ってんだよ」

「ルベル!」

「同性も揃ってる中で異性を選んでんじゃねぇ。セクハラだぞロリコン」


ぽんぽんと飛び交う会話に目を白黒させていると、視界の端でルベルが両手で顔を覆ったのが見えた。


「ハミルは?」

「パワハラでこいつの胃袋イわしてぇのか?」

「だってヒューは可愛くない!」

「年の近いガタイの良い男に可愛さを求めんじゃねぇ」


すたーん、と勢いよく滑る様な手つきでシルヴの頭が斜めに叩かれた。音がしたが、其れほど痛くはなさそうだ。真っ先に文句を言いそうなルベルが黙っている所を見ると、当たり前の事ばかりらしい。


「メッキが……折角今までどうにか繕ってきたのに……」

「お前まさか今まで繕えてるつもりだったの?」


そっちの方が驚きだわ。コーディがルベルの良くわからない嘆きにぎょっとした。しょっぱい顔をしたハミルが困惑のままその手を胃袋の辺りに添えている。胃痛でも感じているのだろうか、きりきりきりと何か硬質な物がねじれている音が聞こえた気がした。


「じゃあ、トリスならどうだ!」

「へっ」

「一番アウトだ馬鹿」

「婚約者だからセーフだ!」

「ヴぇっ」

「結婚前の年頃の男女を二人きりで一晩同じ部屋に放置できるか」


急に話が飛んできたトリスが奇声を上げたが、ヒューはあっさりとアウトの判定を下した。


「……結婚前の年頃の男女が一晩同じ部屋で二人っきりなのは、いけないことなのか?」

「えっ」

「あっ」


聞かれたくないことを聞かれた顔をして、遠くでルベルがぎょっとした顔をして一歩下がった。珍しくシルヴもヒューへの抗議を止め、同じように一歩下がった。が、シャルは未だにシルヴの腕の中である。首をぐるりと後ろに向けると、珍しくたじろいだシルヴが見えた。


「え、あ」

「年頃ってどのくらいだ?」

「まあ、所謂思春期とかその辺だな。大体十代前半から……二十代後半と言ったところか」

「ヒューお前!」


焦った様子のシルヴの腕に少しだけ力が籠められる。


「原因はお前だな」

「だからって!」

「十代から二十代?」

「ヒエッ」


眉を寄せたシャルに、シルヴが焦った様な声を上げた。すごい、今まで聞いたことがない。ルベルがぽつりと呟いた。


「なんで一晩二人っきりになっちゃいけないんだ?」

「え、あ、うん」


そろりと腕が離されて、シャルは楽になった首の感覚を取り戻すために首を緩く横に振った。きちんと体ごと振り返ると、何故か怯えた様子のシルヴが立っている。


「なあ」


すすすっとシルヴが三歩程後ろに下がったのを感じて、シャルはこれ以上シルヴが逃げない様にそれよりも早く歩み寄ってその服の裾を掴んだ。ひえっ。再びシルヴが悲鳴を上げた。


「何でダメなんだ?」

「あーーーーーーーもーーーーーーーーかわいーーーーーーなーーーーーーーーー」


思考回路が溶解でもしたのか、シルヴはアホのような顔をした。綺麗な王子様の顔をしているくせにこの男、顔芸が捗っている。


「なあ、どうしてだ?どうして年頃の男女を二人っきりにしたらいけないんだ?」

「え、ええと、それは、それは、だね……ああもう、ヒュー!」

「なんだよ、王子様?」

「悪かった!私が悪かったから!」


助けてくれないか、ヒュー!シルヴの悲鳴のような声に、先ほどからにやにや笑っていたヒューが仕方ねえなあと楽しそうな声を漏らした。


「おい、シャル」

「なんだ、教えてくれるのか」

「おう、教えてやる」


楽しげなヒューがシャルの首根っこを摘まみ上げてシルヴから引き離す。大人しく引き離されながら顔を上げたシャルに、ヒューが得意げに笑って見せた。


「いいか?十代から二十代ってのはな、遊び盛りなんだ」

「遊び盛り」

「楽しい事を色々覚えたばかりで、自分にブレーキが利かねえんだよ」


楽しいこと。その言葉に、シャルの脳裏に今までに楽しいと思ったことが過った。本を読んでいても、ボードゲームをしていても、御喋りをしていても、確かに時間は溶ける様に消えて行く。確かに際限がない。遠くではらはらとルベルとハミルがこちらを見ているが、何か心配事でもあるのだろうか。


「でだ、そんな奴らが2人っきり……つまり、ブレーキの効くような奴がいないと、どうなる?」

「それは……」


ヴィルジュ先生の学校で授業終わり、トランプで遊んだことを考える。楽しくて楽しくて、その後最後には一緒に遊んでいた子供らの内の年少の子の親が迎えに来たのだ。外を見れば真っ暗で、夕食の頃合だった。


「楽しいなら、時間を忘れて遊ぶな」

「そう、それだ」

「なるほど」


納得がいって目を大きく瞬くと、ヒューは何かにやられたような顔をしてか立てて顔面を覆った。目にゴミでも入ったのだろうか。


「…………ずっとそのままでなんて無理は言わねえが、もう少しこのままでいてくれよな……」

「何がだ?」

「わかんねえことはちゃんと聞きに来てくれよってことだ」

「わかった」


今度はぐうと唸って、ヒューは目線を上げてシルヴを見た。何と言うか気まずげな顔をしたシルヴは片腕をいつのまにやらトリスにしっかりと抱き込まれていた。逃げようとでもしたのだろうか。何からかは知らないが。


「これに懲りたらあんまり下手な発言はするんじゃねぇぞ」

「………………肝に銘じておくよ」


苦い顔をして頷いたシルヴは、その日の部屋割りに関して文句を言うことも無かった。




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