第19話 良い仲の話


サザラントは想像していたよりも賑わっていた。トルガストの様な武骨で灰色だらけの街並みとは違って華やかな砂色や茶色の石畳が敷き詰められた街並みは、あちこちに飾られたり植えられている花々が色を添えて中々に華やかな作りだった。


「はー……」

「どうした、ハミル。物珍しそうな顔しやがって」

「あ、いえ……」


煮え切らない返事をしてから、ハミルはもう一度おのぼりさん丸出しで辺りを見回した。


「僕、故郷からトルガストに来たとき以外は余所に行った事がないんです。華やかな所なんですねえ」

「そうなのか?俺よりよっぽど頭がよさそうなのに」

「そりゃおめぇがモノシラズなだけだよ」


親知らずの親戚みたいな呼び方をされて、シャルはむっつりと口を引き結んだ。けたけたと笑うヒューは、腕を休める様にハミルの頭に乗せる。


「まあ、実際に見てないだけだろ」

「ええと、はい。そうです、ね。本は飽きるほどに読んでいました。勉強も、沢山。頭でっかちみたいに言われることもありましたけど」

「頭が回るのも注目される要素の一つなんだ、誇っていいぜ、一兵卒の期待の星さんよ」


にやりと笑うと、ヒューはさっと腕を除けてそれで、と街を見回した。


「とりあえずはどうする?俺たちが領主邸にお邪魔する知らせはしてるのか?」

「領主殿当てに手紙を送っているし、手紙には封印を施しているからな、きちんと領主殿に話は行っていると思うのだが――」

「まあ、お迎えは難しいだろうな。あちらさんにどれだけの味方がいるのかは知らねぇが」

「悠長な事は出来ないだろうね」


ヒューの呆れた顔にシルヴも同じような顔をして見せた。


「とりあえずは宿を取ろう。それから一度、領主邸に行ってみればいい」

シルヴの指示に頷いて、ルベルとトリスが辺りを見回した。調度良さそうな宿があればいいのだが。

「目ぼしい宿屋が見当たりませんね……」

「ああいう所じゃダメなのか?」

「我々が入ると迷惑が掛かります」


大通りに立つ大きな宿屋を指差したコーディの問いにルベルがきっぱりと答えた。


「冒険者が動きやすい任数は多くても5人。我々はそれを上回っているわけですから、部屋の備えをきちんとしている宿屋では対応に手間がかかります。半分秘密裏とはいえ、我々は使節として来ている身分ですから、宿泊業と言えどそのような面倒を掛けることは避けたいのです」

「ああ、成程」

「更にそこに殿下がいらっしゃることも問題です」


うんうんと頷きながらトリスが訳知り顔をして嘴を突っ込んだ。


「殿下は追放されたと言えど身分が身分。しかも、こちらへの訪問も知られていることを前提に動かないといけません。そうなると、護衛も固める必要があるうえ、自衛も必要となります」

「あー……こっそりヤられちゃうとかそう言う奴?」

「そう言う奴です」


暗殺か。流石にこういう命を懸けたことは察して、シャルは斜め上を見た。そうか、王族だの権力者だのは確かにそう言う危険がある。居場所を知られているんだから、それに関して身を守るのは大事な事だろう。口に入る物なんて警戒しないといけないものの一つだ。


「毒見は?」

「私がします」

「必要ないさ」

「殿下?」


トリスの言葉にシルヴが被せると、トリスはぎらりと主君を睨み据えた。


「…………どういうおつもりですか」

「必要のない物を食べればいい。自分のナイフで切り分けた果物、自分や信頼できる身内の作った料理。そう言う物ならいいだろう」

「……食事は暫く煮物でよろしいのでしたら」

「いいよ、ポトフが好きだなあ」

「…………もうっ!!」


だん!勢いよく片足で地面を憎々しげに踏みつけると、トリスはふんと腹を立てたような顔をしてそっぽを向いて歩き出した。


「どこに行くんだい、トリス?」

「郊外であれば適した宿もあるでしょうから、探してまいります」

「と、トリス様!ルベルが、ルベルが行って参りますから……!」

「いいえ。少し腹が立っているので、ついでに頭を冷やしてきます。貴方は変わらずに護衛を」


拗ねた様子でさっさと人ごみに消えて行った美人を見送り、シャルは首を傾げたが他の面々は呆れた様な困った様な何とも言えないしょっぱい顔をしていた。


「また、その様な御戯れを」

「ふざけたつもりは毛頭ないさ」


得意げに笑ってシルヴは頬を掻いた。


「私はね、こんな立場、目的が無ければ無用の長物だと思っているのさ」

「無用、か」

「だって、ご飯は気ままに暖かいまま食べたいし、街だって好き勝手歩き回りたいし、時には図書館で一人で読書に耽ってみたいもの」


それは。ルベルやハミルが言葉に詰まって、コーディは疲れた顔をした。


「で、こんな街のど真ん中で痴話喧嘩なんてしやがって。結局トリスさんはアンタが自分を蔑ろにしてるから腹立ててるんだろうが。つつきにくい話にすり替えてんじゃねえよ」

「え?…………あ!」

「バレたか」

「……お前なあ」


はっと気づいたハミルが驚きの声を上げた途端、微妙な顔をしていたヒューが今度は深々溜息を吐いた。


「後で誠心誠意謝っておけよ。こんなところで痴話喧嘩拗らせてどうこうなったら俺たちが気まずいんだよ」

「アンタの希望は分かったけどさ、それはこれから先の課題なんだよ。今はどうあがいてもお偉い様の使節団なんだから、きっちりかっちり自重しろって話だ。ヒストリカル風にまとめんな」

「ううん、お叱りの言葉が痛いね!」


けらけらと笑い声をあげ、シルヴは懐から財布を取り出した。


「宿はトリスが用立ててくれるだろうから、私たちはとりあえず視察と言う名の散策でもしようか。丁度昼時だし、良さそうな食堂の一つでも見つけておけばトリスの機嫌も直ってくれるさ」

「いえ、トリス様はそのような事をなさらなくともお気持ちの立て直しは出来る方かと」

「おい、お前散々な言われようじゃねえの?」

「あはは、本当だね!」


再び爆音の様に笑い声をあげると、シルヴは手の中の財布をちゃかちゃかと鳴らした。


「いやあ、彼女は本当にデキる女だからね、私には勿体無い位!だからどうにかイジり倒して良い反応を貰いたいのだけれど――どうにも怒らせてばかりでね」

「そうか、2人はつまりイイ仲と言うやつなのか?」

「ンウエ??????」


突然口を挟んだシャルにハミルがぎょっとして、形容しがたい奇声と言葉に出ない疑問符を思い切り捻り出した。裏返ってた。急にこいつは何を言い出すのだという顔だ。


「……お前、イイ仲の意味知ってんのか?」

「仲の良い間柄の事じゃないのか?」

「あ、そういう……?」

「そうなんだけどよ、そうなんだけど、なあ、違うんだよな~~~~~」


何と言えばいいのか困り果てて、ヒューも流石に言葉尻をくねくねとふらつかせた。


「仲が良いは仲が良いんだけどさ、『良い仲』ってのは仲の良い恋人同士に向って云う、俗っぽい言い方でな?」

「合ってるじゃないか」

「ん?」

「あぁ?」

「はい?」

「へえ」


シャルの心底不思議そうな顔にコーディとヒューとハミルが同じく首を捻り、シルヴは満面の笑みを浮かべ、ルベルが音にもならない盛大な溜息を吐いた。


「……違うのか?」

「…………えっ、んん?…………あっ、ああ!?」


疑問符、解析中、気づき、驚愕の順番で意味の無い声を上げ、コーディは首を180度後ろに回した。いつの間にかシルヴは文字通り腹を抱える様に腰を折り、音も無く笑っていた。


「……………………………そういうことです」

「めっちゃ溜めるじゃん」


酷く煤けた沈鬱な顔をしたルベルの肯定に、ハミルが思わず同年代に向ける様な口調を返した。それにシルヴがけたけたと甲高い笑い声をあげ始めるのをギラリと睨み据える。


「わかりますか?わかりますかこの何と言いますか私の何とも言えないポジションが理解できますか、出来ないでしょうね」

「――!―――――!!」

「おい、こいつ滅茶苦茶笑ってんぞ」

「私が!!今まで!!どれだけ!!挟まれてたか!!!!!!」

「滅茶苦茶キレてんぞこいつ」


きいいいいい!ヒステリーでも起こしたかのように怒りの声を上げると、ルベルは歯をきしきしと強く噛み締めた。


「お二方がどれだけ長いお付き合いかは存じております!が!私もそうですが、周囲を巻き込むのを控えていただきたい!のです!」

「―――――!!!」

「聞けぇえええ!!!!!」


忠誠心は溢れているのだろうが、それとこれとは別物らしい。もう一度地団駄を踏むとルベルも拗ねたようにそっぽを向いた。


「何でしょうか、その……大変、ですね……」

「ご理解頂けて幸いです」


ハミルに傷口を舐められて、ルベルはしょっぱい顔をした。




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