第16話 王子が楽しそうな話
「私に足りなかったのはね、実は強い手駒なんだ!」
「何を今更わかり切ったことを言ってやがるんすか、アンタ」
まるで仰々しいスピーチでも始めんばかりに両腕を威嚇する鷹の様に勢いよく広げた高貴な立場の人に掛けられたのは、意外と冷たいヒューの一言だった。
それに気分を悪くした様子もなく、シルヴは鼻息荒くふんぞり返った。随分と浮かれているらしい。
「ああ、ちなみにあまり畏まったりしなくていいからね。君たちは『仲間』としてスカウトしたんだから!」
「仲間……ねえ。手駒じゃなかったのかよ」
「名目だよ」
うふふふふふふ!長々と笑って随分と楽しげなシルヴは、さて、と壁一面に張り付けられた世界地図をぱんと叩いた。瞬間、地図に色が浮かび上がり始める。
半分近くが紫色のそれを眺めながら、コーディがへえと感嘆の声を上げた。
「魔導勢力図か。随分とご立派なモン用意してんだな」
「まどうせいりょくず?なんだそれは?」
「魔力を使って色々な情報を教えてくれる、凄い地図です。今出ているのは我々と魔族の領地、と言う所でしょうか。紫の方が魔族軍の勢力に入ります」
「へえ」
ルベルがそっと解説を入れてくれて、シャルは成程と頷いた。確かに色がついていると判りやすい。シルヴはにこにこと笑いながら地図の一点を指差した。
「さて、呼び水になる一派がここに生まれたわけだが、聖魔戦争を制するには人と力が必要だ。その為にやるべきことは一つ」
シルヴが指をぱちんと鳴らすと、勢力図の数か所がぴかりと点滅した。流石の魔力の操作だ。類稀な魔力量を持つと言われている王族の生まれだけある。シャルにはその凄さは分からなかったが、コーディはへえと小さく関心の声を上げた。
「各地の有力な貴族……とりわけ領主格に協力を取り付けること」
「まあ、当たり前だわな」
ヒューは驚いた様子も無く頷いた。
「トルガストだけでそんな大仕事に取り掛かれって言うのは無理が過ぎる。元々戦力は拮抗していることになってんだし、このバランスを崩すには手っ取り早くこちらが力をつけるしかない」
「本当は他国の力を借り受けたいのだが、まずはその前にこのレトナークの戦力を一つに束ねたうえで、『万全を期したい』という名目で話をしないと面目が立たないのさ」
「…………ええと」
「詳しくは後で解説しますが、簡単に言いますと、よそに力を借りる前にこの国の力を全部一つに纏めないと格好つかないってことです」
「ざっくりいうとそう言う事だね」
「そうか」
通訳の様にルベルがぼそぼそと講釈を垂れているのを満足げに頷いて、シルヴはさてさてともう一度地図を見上げた。
「我等が祖国レトナークは領土制と言う奴でね、国土は五つに分割されている」
「五等分……五つの季節と言う奴か?」
「そうとも。中央にある王都には四つの季節が巡り、更にそれを取り囲む四つの領地が中心になっている」
流石にそれくらいは知っている。レトナークと言う国は四つに別たれていて、それぞれの季節で領地が異なっているのだ。
「常春のサザラント。常冬のイングヒル。常秋のダラム。そしてここ、常夏のトルガスト」
「そう言えばこの街は常夏のはずだったな」
あんまり過ごし易いもんだから忘れていた。シャルがぽつりと呟くと、わかる、としみじみとコーディやヒューが頷いた。
「トルガストの城郭には特殊な結界と魔術紋章が刻まれていてね。強い日差しとか強い潮風の影響を受けない様になっているんです。たまに点検や異常で解除されることもあるので油断はできませんが、本来であればこの街は平均気温35度超が通常となっています」
「そう言えばそうだった……この街に来た時、すごい暑かったのを忘れてた……」
そうなのだ。実はトルガスト領主は発言力こそ大してないものの、レトナークにおいては王権の次に有力な貴族様なのだ。――中央のあまり発言力は無いのだが。
「トルガスト領全体にこの術式は施されていますからね、春や秋の方が普段は気候が近いかもしれません。……と言っても、術式の影響が届かない部分はきちんと暑いですけど」
「規模が大きいのでムラが酷いんですよね。海の方にとても暑い場所がありました」
「聞き捨てならないな。今度海水よ、遠征に行く必要があるな」
こいつ追放されたとか嘘だろ。遊びに行く気満々じゃねぇか。常識人たちが徒党を組んで、物言いたげに王子様を見た。
お綺麗な瞳は爛々と輝き、まだ見ぬ遠征というバカンスに思いを馳せているのはお馬鹿(公式)なシャルにも流石にわかった。
しかし、その瞳の輝きを消し去る事実がある。シャルはそっと挙手した。
「王子様」
「何だいシャル。やはりスイカは必要かどうかは多数決がいるかな!私は三玉くらい持って行って、三ラウンドやるのが乙だと思うのだけど!」
「この時期は余所からクラゲが流れて来るってエーディアから聞いた」
「なんてことだ…………!」
あれに刺されるととっても痛いから、遊びに行っちゃ駄目よって言われた。シャルの言葉がそう続く前に、高貴な御方は優雅に膝をついた。そんなどうしようもなく馬鹿馬鹿しい姿も絵になるなんて、本当に無駄な所作だ。
トリスはそれをにこにこと微笑みながら見守り、ルベルはしょっぱい顔をして見ている。
「……ええと、話がそれましたね。遠征の話は別としまして。これからの展望……これからどうするかですが」
勝手に話を取り繕うと、ルベルはぴかぴかと点滅する各地の首都を指し示した。
「各地の協力を取り付ける必要があるという事で、まずはサザラントに話を通すのが一番だと思われます」
「何で?」
「サザラントは現在、お家騒動の真っ最中なんですよ」
「おいえそうどう?」
「ああ、家の中でモメてんだよ」
知らない言葉に更に首を傾げたせいで、シャルの首の角度がえげつない数値を叩きだした。
流石にこんな人間と長らく触れ合っていなかった野性児には難易度が高すぎたらしい。
「ええと、一番偉いのは誰か、おおいにモメてるんです」
「群れのボスを決めているようなものか?」
「………………まあ、自然界で言う所のそう言う物です」
流石に言葉を詰まらせてルベルが肯定した。それ以外に良い例えが思いつかなかったらしい。
「そんな戦争があるのか」
「そんなもんです。人が死ぬようなことはあまりない……と思われますが」
乱暴なコーディの解説にシャルはへえと声を漏らした。大体合っているのでルベルもあっさり頷く。下手に詳しく解説を入れるとややこしくなりそうなので突かないのが良いと判断したのだ。
「でも、そうしたらこちらは誰に助けて貰えばいい?一番偉い人がだれかわからないんだろう?」
「正当な当主の手助けを行えば領主家がきちんと安定し、ひいてはサザラントも落ち着きます。これがひいては我々への協力に繋がるかと」
「ええと……」
「本当は一番偉い奴が困ってるから手伝って、その代わりに俺たちを手伝ってもらおうって思ってんだよ」
「成程。恩を売るのか」
「…………まあ、そうですね」
今度はヒューから飛んできた乱暴な解釈も否定できず、ルベルはまた言葉を詰まらせて、しょっぱい顔で口元をひくつかせた。
溜めに溜められた答えに首を傾げ、しかしシャルは言及しなかった。空気を読む力は少しずつでもついてきているらしい。
「つまり我々はこれより、常春の都サザラントに遠征を行う。そしてそこの領主であるヴィルドー家の御当主にお会いする」
「お貴族様に会うのか。アンタが?」
「協力してほしいのならば、こちらが出向くのが当たり前の事だろう」
にっこりと微笑んで、シルヴは腕を組んだ。
「私はね、この戦争に勝つには、力を合わせる必要があると、そう常々思っているんだ。しかも、命を懸けた戦いだ。嫌々じゃなく、共に戦おうと思ってもらえなくてはならない。なら、力を尽くすのも当たり前だろう?」
「ああもう、そうかよ……」
カリスマの言葉と笑みに、ヒューは力なく肯定の言葉を返した。
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