第15話 ごめんなさいをした話


「さっきはごめん」

「いいよ、解決した?」

「うん、ルベルともごめんなさいしたから」


あっさりした会話でシルヴに無事に先程の揉め事(?)の解決を報告すると、シャルはええと、と数回口籠った。


「さっきの話、なんだが」

「うん、少し難しい言葉ばかり使ってしまったこちらが悪かったな」


そういって、シルヴは改めてとご立派な椅子から立ち上がった。


「聖魔戦争がどれくらい続いているかは、さっきの話でわかるかな?」

「長い事続いてることくらいは分かる」

「そう。人類の歴史は、魔の物との戦いで始まっている。王都が出来たのは魔の物から多くの物を守る為だったからね、どれくらい長いかはわかるね?」

「すごく、すごく、長い戦いなんだな」

「そう。人間だけじゃない、たくさんの物が入れ替わって、それでもまだ続くくらいに長いんだ。それくらいどうしようもなく長い戦争を続けているんだよ、この世界は」


ボンヤリとした中身が、やっと形を作ってくれたような気がした。シャルはぎゅっと口を閉じて視線を下に落とした。シルヴはこの国の王子様で、王子様は王族で、王族はこの国のリーダーだ。それくらいは知っている。


「じゃあ、シルヴは魔物たちを倒したいのか」

「そうだよ」


あっさりと頷いて、シルヴはふふっと笑った。


「戦いはずっと続いているんだ。それだけ悲しんでいる人がいる。なのにそれが当たり前になっているんだ。私はそれが我慢ならない」

「確かにそれは悪い事だな」

「そうだろう?だから私がこの戦いを終わらせる。私じゃなくてもいい、この戦いを終わりにしようとする人をどうにかして増やしたい」

「……うん、そうか」

「私はね、魔物のいない野原で、何も気にしないで大の字になって太陽の光を浴びて、のんびり昼寝をしてみたいんだ」


シルヴの言葉を聞いて想像をして見た。魔物のいない野原。きっと、ドクウサギやキバネズミなんて出てこないのだろう。そんな草原、きっと安心できるに違いない。太陽の光を浴びて、そんな平和な所で眠れたら、それは。


「素敵な事だと思う」

「分かってくれるかい!きっとそれはとても素晴らしい気分になれると思うんだ!」

「お昼を作って持っていきたい」

「良いね、お弁当か!」

「パンで具を包んだのが良い」

「サンドウィッチ?分かってるじゃないか!」

「なんだか楽しそうだな」


にこにこと笑うシルヴは偉い人には見えなくて、シャルはことりと首を傾げた。


「そう見えるかい?」

「アンタは故郷を追い出されてきたんだろう、もうちょっと、暗い顔をするのが普通だと思ってたけど」

「ああ、そうか。成程そうだね」


シルヴはからからと笑いながら足を組んだ。随分とリラックスしているようで、机の上の御茶を一口啜る。


「お城には何でもあった。だからこそ、私はあそこが嫌いだったんだよ」

「なんでもあったのに?」

「なんでもあったから、皆何もしなくていいと馬鹿な事を言っていたのさ」


待っていれば誰かが戦争を終わらせてくれる。何も自分が動かなくても良いだろう。

そう言って動こうとする人間の邪魔をする。それはあまりにも他力本願で、そのうえ都合のいい話だ。

シルヴの口から零れるのは笑い声なのにさっきとは違う笑い方で、シャルは眉を寄せた。


「アンタは怒ってるのか」

「怒ってるとも!誰かがやってくれるなんて考え方が、この戦争を長引かせる一つの原因だったからね!だから私は邪魔をする誰もいないここに来たんだ。追い出されて、と言うのも間違いかもしれない」


私はここに来たかったんだよ。微笑んで、シルヴはゆっくりと立ち上がった。


「改めてお話しするよ、シャル。私はこの聖魔戦争を終わらせたいんだ。それには私一人ではとても無理だろう、だから、手伝ってほしい」


差し出された手をじっと見下ろす。


「俺は、分かってるかもしれないが、学がないぞ」

「そうかい」

「生まれも育ちもとても良い物じゃないと思う」

「そうかい」

「魔法だって、不出来だ」

「そうかい」

「俺に出来ることは、剣を振り回して戦う事だけだぞ」

「それが良い」


シャルは差し出された手から目線を上げた。優しい青の瞳がにっこりと緩んでいるのが見えた。


「別に全部やれなんて言わないさ。君が良いと思ったから声をかけたんだ。出来ないことは、出来る奴がやればいい。それでいいんだ」

「それでいい……」

「私はね、気持ちだけ持っていてくれればいいんだ」

「気持ちだけ?」

「そう。君がどうしたいかだけでいい」

「気持ちだけの奴なんて何の役にも立たないじゃないか」

「そんなことも無いかもしれないだろう、人海戦術と言うものがあるからね」

「じんかいせんじゅつ」

「後で説明しますからメモでもしておいてください」


ため息交じりにルベルが言い含めると、シャルはうんと頷いた。


「本当に気持ちだけでいいのか?」

「疑ってくるねえ。……私はね、君には期待してるっていうのに」

「期待……嘘だ」

「本当さ。君なら絵にかいたような戦争の中でも活躍してくれると思ってるもの」


絵にかいたような。そう言われて想像する。沢山の兵士や魔物がまじりあい、切りあい、なぐり合う。


「……魔術師とかじゃなくて?」

「実際の混戦では、余程の場面でないと魔術は役に立たないよ。味方が巻き込まれる」

「味方には当たらないようにできるって聞いた事がある」

「手間が凄い上に、とても難しい技術なんだ」

「先生は出来るって言ってた」

「ヴィルジュ先生の事かい?うん、そうだね。彼はこの街で一番優秀な魔術師だからね」


打てば響くというべきか。シルヴの返しに満足したのか、シャルはふんふんと何度か首を縦に振ってもう一度考える。

自分には剣しかない。あと、顔。しかしそれをシルヴは欲しがっているわけだ。なら、応えないより答えた方がいいかもしれない。


「あんた自身を信頼とか信用とかしてるわけじゃないけど」

「良いさ、人間関係は後から築く方が燃えてくる」

「ならいいんだけど」

「良いのかい?」

「問題ないなら」

「ええと……シャルロッテさん、殿下。きちんと確認した方がいいかもしれませんが」


会話が噛み合わずに勘違いを拗らせて一方的に酷い目にあったケースを体現したルベルは不安になって警告した。成程確かに。シルヴが腕を組み、立ち上がる。そんな何気ないしぐさすら優雅で眩暈でも起こしそうだ。


「シャルロッテさん、聖魔戦争を終わらせるため、私に力を貸してほしい」

「出来る事しか出来ないので良ければ、よろしく」

「うん、よろしく!」


何とも格好のつかない返事ではあるものの、言質は取れた。

ほくほく顔で幾度も頷く王子様と仏頂面の美少年に、ルベルは一人深々と溜息をついた。





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