第14話 不作法な冒険者の話


「いや、一字一句変わらねえのかよ」


何かを受信したコーディはぶつくさとそれに対して文句を呟いた。

何についてかは本人も良くわかっていなかったりするが、言ってやらねばならない使命感に突如襲われたので従ったまでだ。

どうせルベルに謝罪されたあの美少年面が『そうか。うん、いいよ。許す』の一言で許したんだろう。目に浮かぶ。


本日は子供たちを数名連れての野外演習……と言う名のキャンプである。

本当は何事も無ければシャルも護衛兼参加者としてついてくる予定だったのだが、まあ何事処の話でもなく偉い王子様からの交渉事が拗れたので不参加となった。

これは先生としてもコーディとしてもちょっとばかりの計算違いだったりする。


「おう、どうした?」


彼の美少年の代わりに護衛として連れてこられたヒューの奴が丸々太った川魚を串に刺しながらちらりと目線を上げた。


いつもは植物油を練った天然のワックスで意外と丁寧にオールバックに纏めている髪形は無造作に撫でつけられていて、やんちゃな子供たちに紛れる存外に子供っぽく見える。

いつもは多少手をかけて丁寧に固く纏めているらしいが、急遽引っ張り出されてそんな暇も無かったらしい。大変に申し訳ない。


「なんでもねぇよ。……アンタ、髪形で印象変わるな」

「おう、実は結構ガキっぽい顔なんだぜ」

「それがでっけえ魚持ってきたときは驚いたよ。何かコツでもあるわけ?」

「コツ?コツ……なあ……?知らねえ」

「随分大量だったからなんかあるのかと思ったんだけど」

「そりゃあまあ、慣れてるしな」


慣れ。その言葉にコーディは肉を切り分ける手を止めて男の顔を覗き見た。鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌な横顔だ。


「俺の実家は随分田舎でよ。昔は良く川で魚を獲ったり釣ったり、夕飯のアテにしてたんだよ。親父は畑で、兄貴もそっちを手伝ったり川に行ったり。俺は畑を継がないのは決めてたから、ちょっとばかり食うに困らない様に川で物を取る方法は身に付けた」

「へえ、中々考えてたんだな」

「俺の住んでた村は中々上流の方でさ、丸々太った鮭が取れたんだよ。まあ、出産を終えた瀕死のとか、嵐で陸に飛んできたのとかを食べてるんだけどな。エコだろ」

「それ、味は二の次な奴だな」

「たまに孕んだの取るとご馳走扱いだな。卵は特に。あんまり獲ると後々痛い目を見るから、なるべく獲らないんだけどよ」


ずばりと魚の胎を一気に切り開く手つきは迷いも無ければ間違いも無い。処理も取って来た人の役割だったのだろう。繊維質な細胞でくっついた魚卵を取り除いて横の容器に選り分け、魚肉を切り分け串で刺していく。


「本当に慣れてるんだな」

「ああ、こういう処理も家でやってたし……旅に出てからはこういう自然の恵みは重宝する物だって痛いほどよくわかったよ。覚えといて得した」

「それは分かる」


コーディも習得した技術に助けられた人間なので良くわかる。

キノコの簡単な選別方法とか、食べられる野草の見つけ方とか、野宿に最適な気の洞をどう見つけるかとか、木の枝で簡易的な道具を作るやり方とか。

覚えておいて困った技術は一つも無い。


むしろコーディはそういうのに苦労したことがないから、森や山で野垂れ死んだ冒険者や傭兵の話を聞くたびに『何故?』と首を傾げるのだ。

動けなくても水だって食べ物だって手を伸ばせば手に入るだろう。動き続ければどうとでもなるし、野生動物に出会ったらむしろ貴重なたんぱく質に出会えたと感謝する場面だろうに。

人間ってのは腹を括れば害虫だって口にするのだ、生存本能さえあれば余程の事が無ければ生き延びられるだろう。


「たまにいるけどよ、山で野垂れ死にとか。俺、あれが良く分かんねえんだよな」

「あー、そりゃまあ、そういう奴等は感性が普通だったんだろうよ。普通は虫なんて食べねえし、泥水を口にしたら腹ァ壊すんだよ」

「……ああ、そう言う。腹壊したら駄目だな、逆に水が足りなくなる」

「繊細な奴は生水がダメとかいうのもいる」


随分と信じられない話しが飛び出して、コーディは己が耳を疑った。なまみずがだめ?は?どういうこと?瞬きの回数が秒速で忙しなく回転した。


「生水がダメって……え?そいつら浄化魔法は?」

「覚えてないそうだ」

「はい?」

「一回沸騰させて、冷ましたのを飲むんだとよ」

「えええ?手間じゃねぇか。そんなの待つのにどれだけ野営に時間がかかるんだよ?……怪我の応急処置だって出来やしねえだろうに」

「なんだよなあ……手っ取り早い浄化魔法を覚えてる奴の少ない事ったらありゃしねぇ」


浄化魔法。冒険者や傭兵なんていう長い旅を送る人間であれば覚えておくに越したことがない魔法の一つだ。

習得にちょっとした手間がかかるが、これがあれば死ぬことはない。何せ、汚水だって飲料向けになる(精神論は別だが)程に出来る浄水技術が道具なしに手に入るのだ。

これで水分不足で死ぬことはなくなるという、大変に有難い魔法である。


「結構最近いるんだぜ、冒険者で生活魔法も最低限以下しか覚えないような奴」

「えええ、マジで?逆にそれ以外で何を覚えるわけだよ」

「より強力な魔法だとよ」

「馬鹿じゃん?」

「まあ、そういう馬鹿が多すぎて……生活魔法の重要性が分からない奴が多いから、レベルの高い冒険者が増えないんだよ……」


洗浄魔法は毒液を浴びた時の処置に必要だし、光源魔法は先日大いに役立った。

物に火を通す熱魔法は痛み始めの食べ物を手っ取り早く食べやすくしたり、最終手段ではあるが出血の激しい怪我の表面だけを焦がして止血するのにもってこいだし、氷結魔法は食べ物の保存に向いている。

弱い……というより名を挙げられない奴は、こういう基礎の基礎を固めないからダメなんだ。それに気づかないからこそ頭が悪い。


「生活魔法の習得を面倒がるやつ、覚えない方が手間だって気づかないからな」

「魔法の勉強に慣れてれば詠唱を覚えるだけの、たった5分やそこらじゃねえか……」

「それもしたくねえんだとさ」


困った奴らが多くて困る。そう言いながら黙々と魚を処理するヒューの目つきは、どこか冷たかった。


「俺が今の今までパーティを組まなかった理由がこれだよ。自分の分の必要な水の用意すらまともに出来ないような奴とサバイバルだなんて、よっぽど価値のあるやつとじゃなきゃ出来ねえな」

「同感」


今まで誰かと組んで冒険者をしようなんて考えたことが無かったが、確かに組むにしても最低条件だろう。


「いくつか覚えて、覚えようとして、それで向いてないから他は任せろってんならいいんだけどよ、全部覚えてないなんてザラだぜ?馬鹿だろう」

「よっぽど自分の価値にご自身があるんだろうよ」


卑屈に言って、コーディはふんと鼻を鳴らした。コーディやシャルと違って、ヒューは随分と冒険以外に色々な経験を積んできたらしい。――コーディもどちらかと言うとそちらよりではあるがヒューは体験談を良く口にしてくれた。


「シャルの奴はあれだな、本当に魔法に頼らずに生きてきたんだろうよ。きっと、魔力器官が悪いんだろうな、多分」

「ああ、それは確かに。絡新婦の時言ってたな、魔力耐性が無いって」

「まあ、そういう事情があるなら仕方ねぇとは思うし、あいつはその分他で賄えるだろ。でも、覚えれば使えるのに覚えようとしないで、火力の強い魔法使ってる奴は嫌だな」

「難しい魔法を覚えるのに一日かからなかったとか自慢してる奴等に限って使えねえんだろうな、そういうの。目に浮かぶわ」

「まあ、それだけの価値があればいいんだけどな……それに尽きる」


随分と痛い目に合ってきたのだろう、ヒューは遠い目をしてため息を吐いた。




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