第12話 コーディがゴリラを語る話


「で、取っ付き易そうであいつにとっかかりを持ってそうな俺に話しかけに来るわけね」


目の前には同年代の女の子。……シルヴィス王子の付き人トリスと、その隣で縮こまっているルベルだった。トリスはただ単に付き添いで着いてきただけの様子で、ルベルは酷く落ち込んだ様子で俯きながらもコーディの前に立っている。


「こちらが逆鱗に触れたことは分かります」

「自身を振り返って、とんでもなく失礼な事をしたと、反省しております。あの、ですからっ!謝りたくて――でも、どういえば良いものか」

「切欠が欲しい、と」

「ご尤もです……」


想定内のお返事に深々と溜息が出た。

仕方あるまい、本人からすれば本気の本気の大真面目のお怒りだったのに、それが触れちゃいけないところにちょっかいかけてしまっていたのだ。気まずくなるのも分からなくもないが。


ちらりとルベルを見ると、気分は最底辺まで落ち込んでいる様子。肩は猫の様にまるっとまるまり、腕は胸元で二つ拳を握っている。

此処だけの話だが、前のめりに屈んでいるのか凹んでいるのかちょっと判りにくい。


「まず、バックグラウンドから話した方がいいか?俺もそこまで詳しくないし、見てて分かる所だけだけど」

「それだけでも助かります」

「良いのですか?本人がいないところでそんな……」

「本人は何とも思ってねえから平気だよ」

「ええ……?」


あっさりと意見を押し流されて、ルベルはまたもや困った顔をした。まあ、面倒なのでその辺は無視して話してやる辺り自身は優しい奴だなあとコーディは見当違いの自画自賛をした。


「あいつさ、多分まともな教育受けてないんだよ。まったくもって言葉の通りに『学がない』。多分人里に下りてきてすぐに冒険者一本で生きてきたタイプ。多分最初は常識も無かったんじゃねえの?」

「がくが……ない……?がくって、額?顎?萼?」


まるで初めて聞く単語の様にルベルが繰り返した。何だこいつ馬鹿っぽいくせに頭いいじゃねえかなんて脳裏に失礼な感想が浮かぶ。


「その上沢山の人と交友関係とか築いたことも殆どないだろうな。コミュニケーションの経験がひっくいんだよ。あいつ、必要なければ避けるタイプだし」

「こ、コミュニケーション不全……!?」

「だから話してると結構失礼に聞こえたりするわけだ。ちょっと話してみるとすぐわかるけどあいつの出生多分とんでもねえ闇が深いから掘り下げねえが、まあ多少は言葉使いだけでも優しくしてやってくれ」

「やみがふかい……?」


呆然と繰り返し続けるルベルの隣でトリスがふむと口元に細い指を置いた。綺麗なブドウ色の髪の中で、きらきらの金の瞳が生真面目に下に傾いだ。


「これは下手するとまた拗れそうな方に盛大に一方的に喧嘩を売りましたね、ルベル」

「うわあああああ……」


中々辛辣に傷跡を抉る一言だ。やるじゃねえか。コーディは内心彼女の言葉の鈍い切れ味を称賛した。傷っていうのは鋭い刃物よりも鈍で切る方が痛いモンだ。その切れ味を称賛はした。しかし称賛しながらも流石に拗らせない様にストップをかける。


「いや、あいつは拗らせるタチじゃねぇよ」

「その心は?」

「あいつ、単純に中身が子供なんだよ。しかも情緒の発達がどうのとかそう言う感じ」


真理である。なんだかんだ言ってトルガストでは一番長く一緒にいるのはコーディのつもりであるから、シャルについては多分一番知っている。

あれは子供だ。だから何をするにしても結構単純だ。


「ただ一言、『酷い事言ってごめんなさい』で許してくれる奴だと思うぜ?」

「そ、そんなことが……!?」


真理である。いくらでも念を押しておく。あいつは――シャルは冷涼な美少女の皮を被ったオスのゴリラであるからして、脳のつくりは高く見積もって大体4、5歳児程度とみて間違いない。

つまり、『ごめんね』『いいよ』ですべてが片付くやつである。

ツラと体のスペックに騙されてはいけない。


もう一度言う。あれは外面と体のスペックだけの5歳児の、つまりはゴリラだ。

いつドラミングしてウホウホ言い出してもおかしくないしむしろ似合うとすら思っている。流石に失礼だが。


「多分あれは飯食って寝たら何に怒ってたか忘れる。むしろ飯食ったら忘れる。それくらい頭がぱっぱらぱーのすっからかんだから扱いやすいぞ」

「貴方友人なのでは?」

「ダチだからこそ扱いに長けてんだよ言わせんな」


むしろ、あれは喧嘩を売られていることは察しているだろうが何がどうしてそんなことになったかすらも理解していない可能性すら高い。


正直小難しい単語を取り混ぜて喧嘩を打ったルベル嬢は激情家だが大変に知的な人間の可能性が高いのであれやこれや悩むだろうが、そんなのどう考えても結局カロリーの無駄。

精神衛生が汚染されて飯が不味くなるだけである。嫌な事件だ。


「あれを同年代の人間だと思ってるならやめておけ。あれは野性児が騒がれない身形で大人しく取り繕って人里に降り立った姿だと思うと意外と理にかなってて楽だぞ」

「野性児……」

「あれが気を悪くする?そんなことで悩んでもあいつは良く言えば心が空の様に広いから悩んでもストレス溜まるだけだし、そんなことしてるんならさっさと行って『さっきはごめんね』って謝ってきた方がよっぽど体にいいぜ」


あのツラの良い霊長類ヒト科(人間に著しく近い何か)は多分『そうか。うん、いいよ。許す』くらいで揉め事を終わらせそうだが。

もう一度勧めると、ルベルは口をむずつかせて足を小刻みに踏んで、下着がずれてしまって居心地が悪いみたいな顔をした。


「――ほら、ルベル。行ってらっしゃい」

「…………はい。行って参ります」

「おう、行ってらっしゃい」

「私も行った方がいいかしら?」

「ひ、ひとりで!行って参ります!」


これがケジメですので!!やたらしゃちほこばって体を反らしてキジの様にけんけん騒ぐと、ルベルはくるりと背中を向けて、それから一回だけ肩を落としてもう一度背を反らして走り出した。

流石、戦闘職である騎士を名乗るだけあって軽やかで無駄の無い早さだ。


「――――え、一人で行かせてよかったワケ?」

「ええ、あの子なりのケジメのようですから。頑張り屋でしょう?」

「まあ、ほぼ初対面であのムッツリ顔に捨て身の特攻キメれる辺りは頑張ってんな」

「がむしゃらになれるのがあの子の良い所なので」

「物の見方が違うとこうも違うんだな」

「でしょうね、贔屓目があるので」


駆けて行くルベルの小さな背中を眺めながらトリスがほのぼのと微笑んだ。気の強そうな顔立ちと違って随分と温和な中身らしい。


「あの子は今まで本当にがむしゃらに頑張ってくれて来て……だから私、少し期待してしまうの」

「なにを?」

「あの子の友人に慣れそうな人がいるなって」


まるで自分とシャルを指してでもいるのだと言わんばかりの言い草にまさかを女を見ると、金の瞳は優しく弓なりに細くなっているのが見えた。

この目は知っている。大人が、自分の身内に……子供に良い友人関係が築けているのを安心している目だ。


「よしてくれよ、あの毛並みのよさそうなお嬢さんが俺のトモダチ?寒気がするね」

「あら、どうして?」

「あの子は努力してきたんだろう。で、努力は叶った。俺には別世界の話だよ。そんなお上品な生まれじゃないモンでね」

「別の世界の事だからこそ、です」


意外とこの女、頑固者らしい。厄介な奴に目を付けられたとため息をついて、コーディは片目を眇めた。


「正直な話、俺はあいつと仲良くなるつもりも仲良くなれる気もしないからな」

「それでいいわ。人間関係なんて、本当はそういう物だもの」


トリスは何でも知っているお姉さんの顔をすると、くすくすと見たことのない位上品な様子で笑って見せた。




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