第11話 協力を求められたら叱られた話
かくして、来るべき時が来たというべきか。シャルとコーディ、それにヒューの三人はエーディアに呼び出された。
「会ったことのある顔も見えるが、改めまして。私はシルヴィス・オーマ・トアイトン・レトナーク。首都よりこちらに派遣されてきた後ろは私の従者で――」
「騎士のトレイシー・ニア・ストラウトです」
「従騎士のルベルメル・ワチエと申します」
お金持ちっていうのは、どうしてこうも長ったらしくて面倒な名前を付けたがるんだろう。シャルがなんとなく感じた感想がこれだった。こんなに簡単に名乗られたって、碌に覚えきれないじゃないか。
「……」
「あー……こっちは頭が悪くてな、長い名前を覚えられねえ。申し訳ないが、もうちょいとばかり短い、覚えやすい呼び方は無いか?」
「ああ、失礼。私の事はシルヴで良い。そっちの方が気安くて気に入ってるんだ」
「……まあ、そうですね。私の事はトリスでどうぞ」
「ルベル、とお呼び下さい」
からりと笑うと、偉い人たちは想像よりも気安い様子で笑って見せた。嫌な印象はないようだ。
手の込んだ編み込みをしたオレンジの様な金の髪を揺らし、シルヴはさてと笑みを深めた。
「偉そうに君たちを呼びつけたのは、きちんと理由があるんだ。――お願いがあってね」
シャルの物とは違うが深い青の瞳は随分とぎらついているように見える。
「私はね、王都で随分と『出しゃばった』ようなんだよね」
トリスとルベルの硬い表情が更に硬く強張ったように見えて、コーディはへえ、と内心で訝しんだ。なにやら物々しい話でも始まるらしい。
「国防史によると、聖魔戦争は500年ごとに激化し、鎮静されているんだ。そしてその周期は近い。つまり、この世界が再び聖魔戦争で激しく荒れ果てるのは目に見えているんだ」
国防史。国家建設以前より始まる、聖魔戦争に纏わる歴史だ。それに関しては多少学を治めたことのあるコーディはははあと奇妙に唸った。
「この周期は何かがあるに違いないと、私や他の国防史学者は既に辺りを付けている。この周期の激化した戦いを制することが出来れば、きっと何かが変わると、そう思っているんだ」
「それで?俺たちに何をしろっていうんだよ」
「私はこの戦争を終わらせたい」
「そりゃまた」
ぱっと王子様を見ると、随分と真剣な表情だった。冗談のような、夢のような事だ。何せ、万の単位で続いている戦争である。人類は既に惰性の様に魔の物と戦いを続けているのだ。だと言うのに、至って本人はおかしなことを言っているつもりはない表情である。
「……物好きなんて言われたことは?」
「何べんもね!」
けらけらと軽やかに笑うと、シルヴはやたら豪華な椅子から立ち上がった。
「まずは備蓄を整えること。それに置いてはこのトルガストは満点だ。だから次の段階にさっさと移る事にした」
「人手か」
「その通り!お察しが良い戦士は重宝されるぞ、ヒュー」
「そらどーも」
まるで踊るような身振り手振りでシルヴはにこりと笑った。
「今までの非にならないほどの戦力がいる。それはもう!沢山の、だ!」
「それで俺らを呼んだわけだな」
「こちらの勝手な都合で申し訳ないと思っているけれど」
「そういうわけでもないだろ」
申し訳なさそうな顔をしたトリスの言葉を遮り、ヒューは呆れた顔をした。
「戦いを仕事にしている奴が真っ先に声掛けされるのは当たり前だろ」
「――まあ、オコトワリされるのも織り込み済みなんだろ?」
トリスの人形みたいな表情がぽかんと呆けて、ルベルのくるくるとまん丸い目が大きく見開かれた。その返事も分かっていたみたいな顔をして、シルヴはうふふと少女の様な笑い声を上げた。
「改めてお願いするよ、ヒュー、シャルロッテ、コーデリック。私はこの戦争を終結させ、全ての『善きもの』に安寧を齎したい。君たちにはまず、その礎の一つになってほしい」
「遠回りでまどろっこしいんだよ、アンタの言い方は。こういうのはもっと単純でいいっての」
「単純と言うと?」
「『手伝ってくれ』『人手がいる』『一人じゃムリ』そんな所?」
「はあ、成程。そう言う物か」
素直にヒューの言葉を呑みこむと、シルヴはコホンと小さく咳き込んだ。
「一人ではできないことだ。助けて欲しい」
「……まあ、俺は良いけどよ」
堅苦しい言い方だが、なんとなく誠意は伝わった。この男は何と言うか、政治家と言うには少々清廉潔白なのかもしれない。
ため息交じりにヒューが了承し、コーディもくふくふと笑った。
「シャルロッテ、君は?」
「ええと……長くてむつかしくて、何をしたいのかがうまくわからない」
「ま、聖魔戦争終わらせたいから手伝ってくれってことだよ」
「そう言う事なら良いよ」
「いいのかい?」
「うん、やることは変わらない」
あっさりと頷いたのは、単純な理由。シャルには戦う事しかなかったからだ。聖魔戦争の中心部だと聞かされてこの街に来たのだ、やることも仕事も変わらなかった。
「俺がこの街に来たのはここが聖魔戦争の真ん中で、人の手が足りないからだ。誰の指図でもやることが変わらないんなら、何も拘る必要はない」
「それは、殿下を軽視しているととってもいいのですか?」
「ルベル?」
可愛らしい顔立ちの癖に鋭い目つきで、ルベルはシャルを睨み付けた。随分と忠誠心が厚いらしい。
「殿下がどれだけ苦労されたのか知らずに、きちんとお話されたのに、理解できない?なのにそんな簡単に安請け合いなんてして――」
「難しい話が分からないって言った」
「だからって!聞こうともしていないんだから、馬鹿にしているんでしょう!殿下は今、確かにきちんと経緯も思われていることも説明を」
「ルベル!」
「知らない言葉ばかりだからだ」
「はあ!?」
シャルの言葉にルベルが目つき悪く噛みついてきた。
「ケイイってなんだ?」
「え?」
「コクボウシってなんだ?ゲキカってなんだ?」
「え?」
「チンセイってなんだ?シュウキは?アタリヲツケテって?ビチクってなんだ?整えるってことは変な形なのか?チョウホウは?ヒニナラナイは、シュウケツは、モタラシって、イシズエってなんだ?どれも知らない言葉だ」
「え?」
ああ、これは後で改めてなぜなに攻撃を受けるだろうな。そう察して、コーディは小さく溜め息をついた。
「何をしたいのかさっぱりわからなかったから聞いた。でも、それで怒るなら手伝えない」
「それは……どういう……?」
ルベルは困惑の表情で黙り込んでしまった。
「すまない、連れが申し訳ないね。少し、時間を置いてもう一度お話をしてもいいかな」
「あー……そうだな。悪いな、王子さん。こいつの返事はいったん保留してくれるか?」
「いや、これは少々答えを急ぎ過ぎたせいだ。少し頭を冷やした方がいいかもしれない」
シルヴとヒューが間に入り、トリスがルベルの肩を抱いく。その間少女騎士は酷く動揺した表情でシャルをじっと見つめ、黙り込んでいた。
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