第10話 餌付けされていた話

冒険者の仕事は多種多様である。護衛に討伐が基本であるが、それのついでにあれを調達してほしいだのこれを届けて欲しいだの、そういった仕事もあったりする。

そう言った仕事は纏めて請け負って達成するのが定石であるが。


「なんだお前、薬草の採取なんて出来たのか」

「前に行っただろう、薬草くらいなら納品できる」


だからと言ってこれだけの採集をしてくるとは思っても見なくて、コーディはカウンターの上に山々と積まれた葉っぱだの木の実だのをへえへえと唸って見上げた。


採取籠とまでは行かないが布で一纏めにして持ち帰られたそれは、中々に充実している。

これは無期限だったり入手できればと注釈があったり、もしかしたら達成できる人間がいなかったからか、長い事放置されていた依頼の品だ。

カウンターの中で昼休憩をしようとしていただろう所員がばたばたと品物を数えているのが見えた。


「山で育ったから、まあ、これくらいなら」


見たことない薬草は分からないしキノコの選り分けは出来ないが、ちょっとした傷薬に使うような簡単な薬草であればすぐにわかる。薬草と交換で貰った報酬を銀行に預けると中々の貯蓄になった。


「俺が出来るのは、山で獣を狩ること、木の実を採ること、ちょっとした薬草やキノコを採ること。簡単な罠を見つけたり作ったり、外したり。木を削って簡単な道具を作る事」

「中々色々出来るじゃねえの」

「難しい薬草とかキノコの見分けは出来ない」

「そんなん専門職の仕事だわ」


突っ込みながら、コーディは請負所の端に設けられた無人販売所の机に設けられた陶器のケースに金を入れてジュースを二つ拾い上げた。


「ほら、奢り」

「ありがとう。お金持ちだな」

「財布に小銭が多すぎてイカレそうでさ」


ジュースに口を付けると、中々に瑞々しい汁気の多さと青臭い匂いが鼻に突いたが、さっぱりと心地よい味気だ。


「西瓜をメインにしたジュースだってよ」

「しゃりしゃりしてる」

「まあ、西瓜だしな」


果肉を感じるジュースを飲み干す。意外と喉が渇いていたらしい、あっさりと終わってしまった。


「そう言えば、この街はこういう……食べ物とか、たくさん売っているんだな」

「ん?――ああ、この街はそういうの売るのに大した許可いらないからな。皆手作りの物を売ってるよ。俺もこの前手慰みで作ったもの売ったし、バザールも週一で開かれてるし、朝市だって毎日あるだろ。あれで一財産稼げる奴もいるんだぜ」

「それはそれで冒険者としてちょっとどうなんだ」

「俺もそれは思う」


口に入れた肉の筋が噛みきれないみたいな顔をして、コーディもジュースをぐいっと一気に呷った。


「……そういやあさ、先生が言ってたよ。もしかしたら『あの仕事』の人と会わないといけなくなるかもだってよ」

「何だか大変そうだな」

「お前もだよ、お前も」

「偉い人の相手をするのは大変だろう。あんまり関わりたくない」


ちょっと機嫌を損ねるだけで報酬がカットなんて良くある話だ。

これに幾度も苦渋を舐めさせられてからは余計な事をしない様にしているが、少しばかり勉強するのが遅かったのはシャルが考え足らずだったからである。


「嫌な人じゃなければいいけど」

「嫌じゃないお偉いさんっているのか?」

「さあ」


他人事の様に相槌を打って、シャルはむっとした表情をそのままにコップを水道に置く。嫌な思いをさせられたのは変わらないのだ、正直本当に放っておいてほしい。


「偉い奴は嫌いだ。いつも気分で報酬を勝手に変える」

「あー……」


こっちは最初に提示された条件だからこそ仕事を請け負っているのだ。だと言うのに、機嫌の良し悪しで勝手に招集が増えたり減ったり、あまりにも勝手だろう。

高々三日程度の宿代で魔獣の群れを相手取らせられたことだってある。


「まあ、そういうのも多いよな。何だお前、結構嫌なのに当たってるんだな」

「報酬の袋から勝手に差っ引いてったりされた。こういうのを『あしもとをみる』っていうんだろう、そういうの悪い事だと思う。嫌いだ」

「お前が色々災難だったのは分かったよ。まあ、そういうのってピンからキリまでだし」

「ぴんからきりまで」

「本当に色々いるってことだよ。今の会話なら、すげえ良い奴からすげえ悪い奴まで色々いるよなってこと」


新しい知識にシャルの不機嫌はあっけなく萎んだらしい。

ふうんと息の抜けた様な相槌に、コーディは小さく溜め息をついた。


「偉い奴はみんなそんな感じのしか知らないぞ」

「まあ、俺もそうなんだけどさあ。先生の話だと、なんかそうでもないらしいじゃねえか」

「先生の言ってることだし、本当なんだとは思うけど」

「………だよな?」


シャルはヴィルジュに少しだけ盲目的だと思ったが、コーディも変な事を教えられたことがないので下手な事は言わないで置こうと口を閉ざした。


「『例の人』が来てから、エーディアも先生もあんまり遊んでくれない」

「何お前、遊んでもらってたのか!?」

「おさんぽしたり、おしゃべりしたりしてくれる。この前はお茶を奢ってくれた」

「扱いが幼児じゃねえか……俺もそんなの仕事でやったことあるぞ……」


街で偶然会ってお喋りして、予定が無ければその足で散歩やお茶なんて親戚のちびっこ相手みたいなもんじゃないか。思わず頭を抱えたコーディは悪くない。


「美味しい物をくれるなら悪い奴じゃないだろう」

「餌付けされてるんじゃねーか」

「自分が食べる分を削ってくれてるんだから、良い人だろう」

「なんだよその理論……簡単すぎるだろ……」


その考え方は流石に単純すぎやしないか。いつも心配な友人に対する心配がコーディの中で強まって両手で顔を覆った。


「別にこっちに害があれば払えばいいだけだし、良い物をくれるなら受け取っておいた方がお得だし」

「……お前って意外と強かだな……?」

「まあ、居心地が悪ければ逃げればいいだけだし」


突然突きつけられた実利主義にコーディがどういった顔をすればいいのかわからずにシャルを見る。

お綺麗な髪の間からお綺麗な瑠璃色の澄んだ瞳がこっちをじっと見ている。

澄んだ目をしやがって。ほんの少し憎らしくなって、コーディはため息を吐いた。





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