第9話 無知を丸出しにする話


あれからエーディアは王子様ご一行を案内するためにどこかに行ってしまって、シャルは時間を持て余していた。

王子様はきらきらした顔できらきら笑って彼女に連れて行かれてしまったし、どうすればいいものか。


仕事を請け負おうにも仕事のバランスを取るために設けられている特別休暇を受け取らされているので出来ないし、趣味なんてないから、本気で暇なのだ。


「おっ、天才少年剣士」

「……ヒュー・フランツ」

「まさか仕事以外で会えるとは思わなかったぜ」


唐突に声をかけてきたのは、濃い灰色の髪の大男だった。

相変わらず鍛え上げられた自慢の肉体を見せつける様な薄着をしているが、その服装は戦いに行くようなものじゃない。


「あんたも休みか」

「おう。……って言ってもなあ、やることもねえし、何をしようか考えながら散歩してたんだ。お前もそのクチか?」

「うん」


素直に頷くと、そうかそうかとヒューはけらけらと笑った。


「さっきまではあのひとが居たんだ。ええと、エーディア、さん、様?」

「人前でも、別に好きに呼べばいいんじゃねえの?……へえ、あの人もまあ世話焼きみたいだからなあ。俺も色々とお世話になったぜ、物件探しとか」

「あの人が来たんだ」

「あの人?」

「あの人はあの人だ。……その為に俺たちは仕事をしたんだろう」


一瞬目を瞬いて、ヒューはおおっと目を見開いた。


「――まさか、俺たちの請け負った仕事の?」

「そう」

「そりゃまたすげぇ人に会ったな」

「すごい?何が?」

「いやだってお前…………王子様だぞ?」


驚いていたヒューは突然音量を落としてシャルに耳打ちをするように声を潜めた。流石に王子様だの権力だのを大声で口にするつもりはないらしい。


「おうじさまなら、誰でもすごいのか?」

「ええ……?ほらまあ、世界中の人間に対して人数は少ないし……凄いのか?うん、多分凄い人だ」

「そうなのか」


幼い子供のなぜなぜ攻撃を受けている気分になって、ヒューは己の灰色頭をがりがりと爪を立てて掻き混ぜた。それからあーあーうーうー好き勝手唸って、いいやと首を横に振った。


「…………凄いって言うと、違うかもな」

「どういうことだ?なら、なにがすごいんだ?」

「王族ってのはな、生まれた時から偉い人なんだよ。で、偉い人ってのは――まあ、中々会えないのは分かるだろ」

「それならわかる」

「だから、珍しい人に会ったなって言いたかったんだ」

「へえ」


偉い人は偉いから、偉い人にしか出来ない仕事があるのだ。それで忙しかったりして、人に会う時間なんて早々にとれやしない。

だから体が弱いと仕事が上手く続かなくて、代わりの人が忙しくなる。

エーディアが忙しかったのはそのせいだ。お父様の体が丈夫じゃないから、お外の仕事は身内で代理の彼女が頑張るしかないのだ。

理解しているのかしていないのか判らない能面みたいな顔で、しかしシャルはしぱしぱと目を瞬いた。


「生まれた時から偉いって、誰が決めたんだ?」

「……あー……昔の人、だな。悪いが、それ以上は上手く説明出来ねえから――先生にでも聞いてくれ。もっとわかりやすく教えてくれると思うぜ」

「うん」


頷いて、シャルは小首を傾げた。この頭の中で何を考えているのかはわからないが、中々頑張って回しているらしい。

酸っぱい物を不本意に口に含んでしまったみたいな気難しい顔をして、シャルは片腕を抱く様に姿勢を変えた。


「…………今聞いた話って、皆知ってることなのか?」

「知らない奴はいないだろうなあ」

「そう。…………馬鹿だと思ったか?」

「いんや、知らねえんだなあとは思ったけどよ」


きらきらと綺麗な瑠璃色の瞳が小さく揺れたのが見えた。泣くほどではないが、何やら気懸かりなようだ。


「あの依頼でなんとなく思ったけど、多分アンタと俺…というか、あのメンバーは、良く組むことになると思う」

「そうだろうな。俺もあのチームは抜群に相性がいいと思う」


回復専門がいないことがネックだが、盾役のヒューと攪乱のシャルが二人で前を防ぎ、後ろでヴィルジュが攻撃魔法を飛ばす。前後のサポートにコーディが立って前後を動くあのパーティは、中々攻撃型ながら素晴らしいバランスで組み上がっていた。

目的地まで一気に突き進むことを目的にした時、この組み合わせはいい具合に噛み合うのだ。……帰ることまで考えると不安は残るが。


「突破することだけを考えるなら、いい具合の面子だったな」

「だから、多分また迷惑をかける」

「は?」


どうすればいいのか言い方を探しているのか、シャルは視線をうろうろと泳がせて、ええと、ええと、と何度も言葉を詰まらせた。


「今みたいな話も、きっとまたあると思う」

「別にいいだろ、本来、冒険者に学は無くても困らねえモンだ」

「それでいいならいい……と思うが」


煮え切らない様子だが無理やり納得したのだろう、シャルはううんと何度か唸って、それから頷いた。


「お前も難儀な奴だなあ」

「ナンギ?」

「あー…むずかしいってことだよ。何やるのも難しいだろ」

「そんなことは」


無いと思う。そこまで言えなくて、シャルはむっつりと口を引き結んだ。

随分とコミュニケーションに問題のある育てられ方をされたもんだ。ヒューは仰々しく溜息をついた。


「お前さ、冒険者とか、そう言う。物騒な仕事が無かったら、どうやって生きてんだろうな」

「きっと死んでるんじゃないか」


あっさりと帰ってきた返事におっと目を瞬き、ヒューは目下の天才剣士を見た。


「もしも冒険者なんて仕事が無ければ、多分とっくに死んでた」


その表情には絶望が無かったが、希望なんてものも見つからなかった。



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