第7話 ダンジョンの過去を想う話
彼方此方に光源の魔法を飛ばして部屋の中を見ると、確かに封印されているには惜しい位に広々とした空間だった。
滅茶苦茶に荒れた室内は別だが、いくつも設置されている窓を開くと風が一気に吹き抜けて埃を吹き飛ばして行った。
「中々良い部屋じゃねえか」
「確かにここは取られっぱなしなのも惜しい所だな。集会とかに丁度良さそうだ」
古い血の跡が彼方此方に染みついているのは、あの絡新婦を倒そうと戦った後だろう。骨がないのは多分食い尽くされたからだろうし、あちこちに武器や道具が転がっている。
「まさかこの空間を奪還できるとは思いませんでした。…倒すにも、弱点も急所もややこしかった。きっと弱点が分かってもこの時点で討てる手がなかったのでしょう」
「ああ…関節の裏なんて狙いにくい場所だってのに、その少し上とか分かんねえわな」
「今回はシャルくんの直感に助けられました」
ヴィルジュはにこにこと笑顔のまま転がっているものの見分を始めた。
「この区域はかつてトルガストが聖魔戦争において直近で戦意が大変高揚していた頃、軍議の間としても用いられていたと記録されています」
「ぐんぎ?」
「軍のお偉いさんたちの会議だよ。次はどこに攻め入るかとか、強い傭兵をどこに配属するかとか、城の催し物の話とか、そういうのを決めるんだろ」
ふうん。興味なさげに相槌を打ったシャルは、転がっていた護符を一つ拾い上げた。中々の値打ちものそうだ。
「軍議が行われている最中に、間諜の手によってこの宝珠が投げ込まれ、ほぼすべての幹部が殺傷されたと文献に残っています。この空間が占拠された時、この領域は魔物によって殲滅されたそうです。」
「じゃあ、ここに転がっているのは」
「大多数は被害者の遺物、でしょうね。古くは120年以上昔の物もあるでしょう」
割れた宝珠を見下ろし、ヴィルジュはそれを杖の先で転がした。
「この領域は当時、軍議以外にも一般市民も多く利用する施設も併設されていたそうです。当時、被害者は700人程度。こんな――たかがガラス玉が――たったの1時間程度で殺したそうです」
欠片がばきりと割れる音が響いた。杖の先は粉になったガラス玉を幾度も石畳の床に嬲りつけている。文献の内容を思い出して腸が煮えているのだろう。
「領域化した空間の奪還は、3年以内が肝です。3年を超えると宝珠より湧き出す瘴気がそこに染みつき、魔物の強さが何十倍にも跳ね上がる。……そうなれば、犠牲になった遺骨すらも回収できなくなる」
その3年の間の犠牲者が、300名。幾人もの冒険者が挑んでは犠牲になったのだ。それは、あまりにも大きな犠牲だ。
「犠牲になった一般人の多くは10歳以下の子供でした。託児施設と教育施設があったそうで、その親がせめて遺骨を、遺品をと望んで忍び込んだものも多かったとか」
「えげつねぇ話だ」
しゃがんで転がっていた護符や布を弄っていたヒューが深く溜息を吐いた。軍議場は戦力の肝。ならば警備は固く、その近くにある教育機関が襲われるなど想像も出来ないだろう。
人の好い性格であるヒューは子供を心配した親からの依頼も良く請け負っていたが、そういった依頼は弱り切った親が混乱して依頼料が滅茶苦茶だったりすることも多い。
大抵は組合の人間が改めて調整してくれるのだが。
金銭感覚が鈍るほど取り乱し、金よりも子供をとる親と言うのは探さなくても居るものだ。
「覚えがある。俺が偶然頼まれた依頼だったが、遺跡に落っこちた息子を助けてくれって頼まれてな。死んでいても連れ帰ってくれと頼まれた」
ぼそぼそと独り言の様に口を開くヒューのその話の内容は、シャルやコーディには想像もつかない話しだ。
「……綺麗に後頭部が潰れてた。おっこった時のだろうよ。まだ3つの坊やでよ、遺体を持ちかえったんだが――どうして死んでいるんだって泣きながら掴みかかられたことがある」
「親とはそういう物ですよ」
「…………それで?」
薄暗い空気にコーディは深く溜息を吐いた。
「辛気臭い話は苦手なんだよ。この後どうすればいい?」
「120年の時間がやっと動き出したんです。此処もきちんと清めて、遺品を整理して、それからまともな墓標を立てないと」
「俺たちは?」
「とりあえず残りの魔物を掃討したらお終いです」
「ああ…ここに来るのを優先したからな…」
溜息を吐き、ヒューはのそりと熊の様に立ちあがった。
「魔物を討伐したらお終いな。…なら、夕飯は豪勢にするかな」
「良い所を知っていますが、どうです?」
「酒は?」
「麦酒と海の幸の美味しいお店です」
「打ち上げならジュースもいるだろ」
「勿論抜かりはありません」
「いいねえ」
にたりと笑うと、ヒューは剣を再び背負い直した。
「じゃあ、もうひと踏ん張りすっかな。帰りはこれまたしんどいんだよなあ」
「まあ、強いのはもう出てこないでしょうけど」
「あんなヤベェのまた出てきたら俺流石に逃げるからな…絶対だからな…」
コーディの脅し文句は本気なのかどうなのかはかりきれなくて、シャルは変なのと首を傾げた。
あれだけ強いのならもっと金に困らないだろうに。そう思ったのだが、変な事は言わない方がいいという事は知っていたので黙って後を追いかけた。
帰りもしんどいと言っても、何がと言われるとすり減った体力とメンタルの問題である。
正直、ケロッとした顔をして魔物を再び切り伏せはじめるシャルを見ているとあまり深刻な話に見えないのが問題だ。
コーディはため息交じりに支援の魔法を飛ばし、更にナイフを投擲した。
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