第5話 トルガスト城内ダンジョンを進む話
侮っていた。
正直、本気で侮っていたとしか感想は生まれなかった。今回選抜した面子でのこの仕事の達成率は上手く計算した上で40パーセント程度に計算していた。
つまり、結構な確率でコーディを後ろに送り出し、じりじりと逃げ帰る想像がありありと出来ていたのだ。だと言うのに、その予想はいい意味で裏切られた。
請負所でも好成績の者を寄越してくれと連絡を入れた所届けられたデータが顔見知りに近い物だったので個人で接触して依頼したこの三名は、大変に良い人材だったのだ。分析や考察が大好きなヴィルジュは抜け目なく補佐をしながら周囲の三人に目を走らせた。
雇った中では最年長のヒュー・フランツ。
重さが重視された身の丈ほどもある重剣を軽々と振り回す彼は一時間ほどは暴れまわっているが息が上がる様子も無く、剣の動きが鈍っているわけもない。
少しばかり体温が上がって暑そうにはしているがその程度で、敵の魔法が少し掠った程度では怯みもしない所が理想の盾役と言ったところだろう。
貰った情報によると雑魚の群れが相手だったというが、たった一人で一晩村の防衛戦を繰り広げたという話だが、盛った情報ではなさそうだ。時たま軽い魔法を飛ばしている辺り、頭の作りもそこまで馬鹿と言うわけでもなさそうだ。
次にシャル。
彼はヒューとは全く正反対の戦いをする軽剣士と言ったところか。
観察をまじまじとは出来ていないがとにかく避ける。避けて避けて避けて、そして確実に当てる。何所にって、急所に。
彼の剣は切れ味が命の細身の物だが、長々と戦っていても切れ味が落ちないのは切った回数が少ないからと言う絶対的な物量と、最も切れる角度で切りかかれる技量だろう。しかもそのやり取りを複数相手でも巨体相手でも数秒で終らせるのだ。
魔法を用いないあたりは手加減しているのか苦手なのかはわからないが、それをマイナスに考えてもその立ち回りは才能の塊を絵にかいたような動きだ。
さて。後ろをちらりと見ると、コーディが先ほど投げた投擲用のナイフを回収した流れで再び投げているのが見えた。この彼も前線の二人と比べると見劣りするかと聞かれると、とんでもない。
コーディの長所は正直、パッとすぐに目につく物ではない。
しかし、大変に『戦いに役に立つ』ものだった。
彼は観察する目と気の利かせ方が優れていた。シャルの進もうとしている方向に罠を見つければいつの間にか解除の魔法が飛んでいるし、大型の魔物の死角に潜む魔物が飛び出した瞬間にナイフが仕留めている。
多少光源魔法が弱くなってくると気付いた時には追加の光源が飛び、後ろから寄ってきた魔物にも威嚇を忘れない。
こういった迷宮を前に進むときの殿と補佐にはうってつけの人材だ。痒いところが痒くなる前に手を届けるというのだろうか。
この三人は長所が違うのだ。
ヒューは己の恵まれた肉体を鍛錬によって磨き、シャルは天性の才能とセンスが唸っている。そして、今まで生き残ってきた経験則でコーディがそれを補佐しているのだ。
正直、ヴィルジュの役目は道を指示しながら魔術を飛ばすことに専念することだけだった。
――素晴らしい!素晴らしいではないか!
口元に笑みが浮かんでもそれを見咎める人間はいないので心のままに浮かべた。
まさかこんな辺境の誰も見もしない……と言うのは言い過ぎだが、流刑(の様なもの)に選ばれるような田舎に、こんなにも大当たりの人材が流れ着いてくるとは思うまい。
人材は運に頼るしかないというのに、この強運は誰の物だろうか。是非菓子折りでも何でもお届けしたいのだが。エーディアだろうか。
「あれか?」
「あれじゃねえの?」
「多分あれじゃね……?」
「あれですね」
脳味噌の片隅で友人に送る菓子折りの銘柄を選別できる程度には余裕のある進軍はあっさりと終わった。
最早ダンジョンの様に入り組んでいる封印の部屋の最奥に辿り着いたことに気づいたのは、靄の様な霧の様な黒い物を滾々と噴出している宝玉が安置されているのを見つけたからだ。
知能の高い魔物が出入りしているのだろうか、きっちりと台座の様なものまで配備されている辺りが厭味ったらしい。
「さも『これが一番大切ですよ』と言わんばかりに……何だ、嫌がらせか?」
「まあ、魔物って頭悪いのが多いし……こうでもしないと傷つける奴も多いんじゃねえの?」
「わかりやすくていいと思う」
ぼやくヒューにコーディは適当に答え、しかしシャルは的外れに褒め称えた。まあ、わかりやすいのは良い事だ、こちらにとっては。
「周囲の掃討は終わっています、これを破壊すると――まあ、有体に言うとボス戦ですよ。備えは十分ですか?」
「そのボスとやらは魔法を使うのかが気になるんだが」
「……今まで相手取ったのが魔獣に近いウェアラットですからねえ。可能性は無くも無いです。シャル君、魔法に関して懸念が?」
「けね……?」
「何か心配事でもありますか?」
「ある」
ようやくここで吐き出された懸念事項に、ヴィルジュはシャルを見た。ヒューはぎょっとした。今更な所はある。
「俺は抗魔力がないので、魔法が当たると危ない」
「はあ!?」
「――具体的にどれくらいですか?」
「正直、子供の遊びレベルでも動けなくなることがある」
「ガチじゃねーか」
「それはまた……生きづらそうな」
抗魔力。名前の通り、魔力や魔術に対する抵抗力だ。魔力耐性とも呼ばれている。魔術による耐久ともいえるこれは通常の人間であれば……幼いうちから魔力と言うものに触れていれば多少は備わっている物なのだが、稀に体質なのか魔力に耐性がない人間と言う物も居る。
「当たったら死ぬので、当たらないように避けていた。身代わりの護符もある。でも、こういうのって全方位に攻撃が飛んで来ることもあるだろう。そしたらすぐに死ぬぞ。どうすればいい?」
「あーあーあー、成程ね。だからお前最初っから魔法使わなかったのな」
「使うのもからきしだ!」
「ドヤってんじゃねーよ」
わざとらしい溜息を吐くと、ヒューはのすのすとシャルの前に進み出た。体格の大きくないシャルはあっさりと隠れ、それにおおと歓声を上げた。
「俺は盾役で来てるんだから、こういう時に活用しろってんだ。…ていうより、そういう報連相は最初にやれよ」
「当たらなければどうという事はないと思って」
「キメ顔してどっかで聞いたようなセリフ言ってんじゃねえよ顔が良いな」
「取り柄の一つだ」
煌びやかな顔を大いに活用すると、シャルはさて、と宝玉を見た。
「……という事は、俺はあれに攻撃が出来ないが」
「俺が遠くから攻撃する。遠くにいた方が安全だろ」
「でしょうねえ。魔力の塊ですから魔術は効きませんし、そうすると近接攻撃のヒューさんが攻撃するより遠方からコーディ君が攻撃した方がいい」
へい。気の抜けたような返事をすると、コーディは手持ちのナイフの中から一番壊れそうなのを手に取った。
「え、じゃあもう始めるのか?」
「はい、遠慮なくお願いしますね」
ヴィルジュの言葉に、コーディははあと木の抜けた様な相槌を打った。それから距離を取った所から軽く構えると、疲れを感じさせない手捌きを披露してくれた。
ずぼ、とかずど、とか、そういう重い音を立ててナイフは宝珠に容易く突き刺さり、そして台座から転がり落ちた。
「来ますよ!」
ヴィルジュが警告を叫んだ瞬間、雷撃が蜘蛛の巣の様に広がった。
「無事か!?」
「うん」
安否を確認するヒューの問いに二文字で返事をすると、シャルは宝玉から現れた何やらを見る為に少しだけ身を乗り出した。かくいうヒューも無事である。
雷撃は正面からぶつかる様に広がったものらしく、しかもあまり強い物でもないらしい。魔術師であるヴィルジュは勿論、体力があり防護の護符をあちこちに仕込んでいるヒューや、魔術にも一定の慣れがあるコーディも静電気の強いのにあたったくらいのダメージだ。
「厄介だな」
「何がだ?」
「ぴかぴかしびしびするやつだから、勘で避けるしかない」
「雷撃だよ……避ける気かよ……やめとけよ……死ぬよ……」
「いや、行ける気がする。魔法の言葉だってあるだろう」
爛々と不穏に目を輝かせるシャルは靄がゆっくりと形を構築していく様を眺めていた。
もうちょっと頭良さそうな言い方出来ねえのかよ。コーディがぼやく様に呟いたが完全に無視されていた。
靄は少しずつ形取って行くのは細長いいくつもの足。絡新婦のようです。ヴィルジュが解説を声高に叫んだ。
「じょろうぐも?」
「東にある大国、集国で伝承に上がる魔物です。器用な足が八つあり、鋼鉄の様に固い!それだけで十分な武器ですが、最も警戒するべきは、巣作りにも用いられる糸!粘着質で断ち切るのが難しい素材で出来ています!しかし、今の状況を見る限りあれの場合は……」
「糸じゃなくて、電気の塊を吐き出すワケな!」
コーディがヴィルジュの解説を引き継ぎながら投擲ナイフを高々と天井に刺すと、電撃はそこに向かって行った。
成程、避雷針。ヒューがそれに気づいて軽やかに口笛を吹いた。これで電撃の威力や範囲が多少緩和される。電気系の魔術や特殊能力に有効なやり方だ。
「剣に十分気を付けろよ、電撃が当たるとそこを伝って感電するぞ!!」
「つまり当たらなきゃいいんだな」
「さてはお前分かってないな!?」
ざっくりと端折った確認にヒューは思わず口を出した。
もしかしてこいつ、想像以上に……下手すると馬鹿の自覚がある自身よりも明らかに頭が悪いかもしれない。こいつ自身も馬鹿の自覚がある分聞き分けが良いのでまだマシだが、自覚がある馬鹿でも限度がある。
馬鹿と言い過ぎて最早何を言っているのか解らなくなってきた。
「攪乱してくるから後は頼む」
「え、おいっ」
呼び止めるよりも先にシャルが再び滑る様に走り出した。
「人の話くらい聞けー!」
「自己責任っていう魔法の言葉がある!」
やたらと透る声が部屋中に響き渡ったのを、コーディは遠い目をして聞いていた。
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