第4話 トルガスト城内ダンジョンの話
封印を施されたスペースはいくつかあるが、今回侵入するのは中々に危ない所に位置するところだった。
何せ、半分以上がごく普通に市民の住居スペースを侵しているのだ。
封印の周りにはある程度隔離の為のスペースが置かれてはいるが、その隔離スペースに入り込んだ瞬間にヒヤリと冷たい風が頬を流れた。
「変な感じだな」
「なんだ、お前も呼ばれたのか?」
スペースには既に待機している冒険者がいた。大柄な体にそれよりも大きな剣を背負った大男である。濃い灰色の髪に濃い茶色の瞳は時たま組合で顔を見かける仕事熱心な類の奴だが、それだけ腕が立つのだろう。
「――そういやあ名乗ったことってなかったっけな。俺はヒュー・フランツ。剣士だ」
「シャル。同じ剣士だ」
「なんだ同じ剣士…や、戦い方は違うか」
ほんの少し目を眇めて、しかしヒューとやらはシャルの体格と腰の剣を見てうんうんと何やら納得した顔をした。確かに、ヒューのもりもりとくっついた筋肉は見た目も凄いがお飾りには見えない。きっと、戦いでも凄まじいパワーを見せてくれるのだろう。
背中には身の丈ほどとはいかないまでも大ぶりの重たそうな剣が背負われているが、シャルでは一振りするのも難しそうだ。
「なんでも今回は何度も失敗した作戦らしい。選出には中々力を入れたメンバーらしいからな、お前も相当強いんだろう」
「強いかは知らないが、戦いは得意な方だ」
「まあ、強さなんて一緒に仕事したり実際に戦ったりしない限りわからないからなあ」
強さの指標なんて実際に請け負った――報酬を受け取った依頼を集計しないとわからないし、土壇場での動きだの雇い主との相性だのと不確定な話ばかりが積もり積もったものなのだから、当てにならないのが殆どだ。大体は経験した年数が指標になったりするが、ゴミ拾いなどの下っ端で積んできた十年と魔物討伐で一か月では比べられもしない。
「今回の依頼の基準は経験年数と討伐実績らしいからな、中々の面子が揃うだろ」
組合で雇用条件を付けるにも様々あるが、これは確かに確実に強いであろう人間を集めたい時の条件だ。長く続く冒険者で、魔物をより多く討伐しているという人間だ。これに更に剣士や魔術師などの条件付けや依頼の難易度も加味される。
トルガストは人手に困窮しているわけであり、組合に集まる依頼も初心者や非戦闘系の依頼ばかりで、新人や若輩育成をもう一度最初から行っている状況だ。厳しくなればなるほどに集まる人員は少なくなるが、果たしてこれは人数が集まるのだろうか。
「おや、ヒューさん、シャルくん、既に集まっていたのですね」
長閑な笑顔を引っさげてやってきたのは、毎度お馴染みのヴィルジュだった。明りがあまり届かない隔離スペースから見て通路のスペースは逆光で、顔の陰影がくっきり見えて不気味だ。後ろには何とも言えない顔をしたコーディと真面目な顔をした衛兵がついてきている。
「今回の討伐で揃ったのはこのメンバーです」
「五人!?随分少なくねえか?」
「いえ。こちらは見張りで来てもらった方ですので四人ですよ」
「よ、四人!?」
「封印を一時的に薄くするので、隔離領域に入り込んだ人が間違って侵入しない様に見張りを立てないといけないのです。好奇心旺盛な子供はそれでも掻い潜ってしまうこともあるので」
衛兵が兜の奥で困ったような顔をして頭を下げた。居心地が悪いだろうに律儀な奴だ。
「正直回復役が欲しいのは確かですが、見合った冒険者がいなかったもので。私もコーディ君も多少の心得はありますし、君たちならば回復がなくとも制圧できると踏んでいます」
「そりゃあ、信頼してくれているのは嬉しいけどよ…」
「怪我を負わないように、魔物を出来るだけ削るのか」
「ええ。途中途中で様子を見ながら、出来るだけ削っていきます。強い魔物が揃っているでしょうが、最奥の門を閉じることが出来れば魔物の侵入を止めることが出来る」
「目標は最奥、魔界の門だ。……なんで俺までこんなことを」
コーディがぶっきら棒に纏め上げてぶつくさと文句を口にした。どうにも不本意らしい。
「戦い方を確認しておきましょう。まず、私から。私は魔術師でして、使用できるのは大多数の攻撃魔法、治癒魔法、援護魔法です。一番得意なのは攻撃ですが…今回はあまり大きな魔法は規定しないでください」
「そりゃそうだ」
室内での戦いで大爆発魔法なんて放てるわけがないのだ、それは流石に常識的な話だ。シャルだってわかる。
「俺は…見ればわかるだろうが重剣で壁役だな。正直躱すより受け止めて切り返すのが俺の得意な戦法だ。力は多分この中で一番だろうよ」
ヒューがふふんと自慢げに鼻を鳴らした。確かに自慢に思えるくらいには鍛えていそうだ。
「…俺はヒューとは逆に、躱して切りかかる。攻撃を受けると困るからな。勘は冴えている方らしいが、急所を嗅ぎ分ける嗅覚はそこそこにあるらしい」
「まあ、そうでもないとお前吹き飛ばされそうだもんな」
「自覚はある」
ヒューのからかうような感想にシャルは頷いた。事実だ。それを気の抜けたような顔をして眺めていたコーディは、ふと小さく息を突いた。
「俺はなあ…何と言うか、なんでもできる。なんての?器用貧乏っての?攻撃、回復、補助。全部魔法は初級レベルな。で、今回は武器はナイフと短剣。足は速い方だな。総合して生存能力が高いって言われたことはある」
「そりゃあ良い事じゃねえか」
「アンタらのことを見捨てて逃げることもあるんだぜ?」
「それのどこが悪い」
何が悪いのかわからないのでシャルが尋ねると、コーディはへっと抜けた声を出した後にうーだのあーだの呻いた。
「ええと……普通の感性してるとな、そういう…誰かを見捨てて逃げるっていうのは最低な事なんだよ」
「逃げないで全滅した方が悪い事だろう」
「力を合わせればどうにかなるなんて考える奴が圧倒的に多いんだよ」
「それで、出会ってそんなに時間が経っていない奴と一緒に死ねって言うのか?身内でもないのに、面白い話だな」
「……だよなあ」
勝手に肩を落として、コーディは俯きながらも目線を上げてシャルたちを見上げた。
「……まあ、そういう事だから、補助要員とでも思っておいてくれ。万が一の時は俺は逃げるぜ、それが今回の依頼の約束だ」
「うん」
「構わないぜ、全滅を知らせる人員は必要だ」
「そのように契約しましたから」
コーディの言葉に各々で頷くと、深く溜息を吐いた。
「わかった、わかったよ、仕方ない、諦めるよ。言っとくが、本当に危険だと思ったら勝手にやるからな?」
「それでいいぜ、そうなったら前衛である俺たちの不手際ってことだ」
「どういうのが居るかは知らないけど、全部倒せばいいんだろう」
随分と大雑把で自信に満ち溢れたお言葉だ。眉を顰め、しかしコーディは黙って扉を睨み付けた。この扉の向こうにはわんさと魔物がいるというのは音に聞いていたが、それにしても近づくだけでまがまがしい、ひんやりとした空気を感じる。
「あーーー…俺、こういう邪気っていうの?苦手なんだよなあ」
「それは分かる。何と言うか、鳥肌立つんだよなあ、膝が笑うっていうかさ、なんか嫌な感じで」
「まあ、生理的なものですからねえ、私もあまり好きな感じではないですよ。…シャルくんはそういうのありませんか?」
「別に、特には」
「いやあ、その強気な発言!見習いたいところですねえ!」
「見習うくらいなら俺は縁を切るからな、先生」
ヴィルジュの褒めているのかけなしているのかわからない発言にコーディは顔色悪く返事をした。彼は良くも悪くも一般人によく近い感性らしい。
「さて、では封印を解きますよ。第一目標は門の破壊。それさえできれば、後は比較的レベルの低い方でも何とかなりますので、第一目標だけ考えて進みましょう」
「入り込んだ奴等を倒さなくていいのか?」
「門を閉じなければ、いくら討伐しても変わりはありませんので」
にこやかに解説を入れると、ヴィルジュは扉にチョークで線を入れ始めた。細かく書かれている紋章に線が入ると、緑色の光がぱっと瞬いて弾け飛んだ。うわっとヒューが呻く声が聞こえる。禍々しい空気が肌をざらざらと撫でて行く感触は、まるで熱い空気に冷風を落とし込んだように緩やかで気分が悪くなる。
「見張りさんはどうすんだ、こんなに濃い邪気の中、一人でいると毒だろう」
「邪気避けの守りを持っていますので、一日ほどは平気ですよ。お気遣い感謝いたします」
「皆さんも邪気避けの守りは」
「冒険者の必需品だろ」
ヒューが面倒そうに腕輪を嵌めた腕を軽く掲げた。シャルもベルトにぶら下げているし、コーディもチョーカーにしていると聞いたことがある。それを聞いて、ヴィルジュは満足げに何度か頷いた。
「宜しい。では、このまま進みましょう。一気に駆け抜けますよ!」
扉をヒューが蹴る様に勢いよく開き、シャルがその隙間から飛び込んだ。暗い通路に赤い目が彼方此方に覗いているのが見える。背後で魔力がぐるぐると渦巻いて突き刺さっていく。
「
「
閃光と圧縮された空気が一直線に伸び赤い目玉を突き刺していくのは、ヴィルジュとコーディの物だろう。閃光の魔法が何度も散っている横で、コーディが光源の魔法を唱えた。
ぽんと生み出された光源が室内を照らすと、ひしめく様に赤い目がさらに睨みを利かせてきたので切りかかって三個ほど潰してやると金切り声が響いた。ネズミの断末魔に似ている。
「煩い」
「その感想が出るあたりお前結構エグイ性格してんな」
「アンタには言われたくない」
「そらどうも」
大きな剣で押し潰すように赤い目玉をぶちぶちと潰しているのだから趣味の悪さもえげつなさも同じくらいだろう。シャルはむっと眉を寄せ、数メートル奥に滑り込んだ。
「目指すのは殲滅です!このまま進んでください!」
ヴィルジュの声が耳に届く。そうだった、こいつら無限に湧いてくるんだった。そう考えなおして、止めようとした足をそのまま進めた。
「最初の魔物はどう見ても様子見。もう少し進めば魔物の様子も変わってくる。――その前に入り込んで、さっさと門を閉じますよ!」
「つまりどうすればいい?」
「我々がついていけるくらいの速さで奥を目指してください!」
「うん、わかった」
きっぱりとしたヴィルジュの指示に頷いて、シャルは足を止めることなく目玉を切り潰した。
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