第37話 対魔王軍戦⑬ -姑息-
ストラブル大聖堂の鐘が鳴る。荘厳で、重厚な金属音がストラブル周囲に響き渡る。振動は地響きとなり住民の身体に伝う。戦時中ということもあり時を刻む目的から鎮魂へと意味を変えた音色に深く頭を下げ、祈る。
「コニャック司祭、ディフク将軍がお見えになっています」
住民たちの祈る姿を見下ろすコニャックの表情は無に等しく、しかし側にはワインが堂々と置かれている。部下にドア越しから声をかけられ、グラスを空にする。急ぐ様子もなく、ゆったりと椅子に腰かける。背もたれに神々が装飾された豪奢な椅子だ。
「通しなさい」
コニャックはゆっくり呼吸をしたのち、低い声で入室の許可を出す。部下は短く返答するとゆっくりドアを開ける。
そこには、頭に包帯を巻き、眼帯までつけた痛々しい姿をした男が車椅子に座っていた。
常勝将軍ディフク。今回の戦地となったランゴル要塞の監督を務めていた男であり、その肩書通り、魔王が統治するフラン共和国の度重なる進行を退けてきた名将である。
そんな男が受傷し、満身創痍の様で現れた。そう、彼は今回敗けたのだ。
「随分な出で立ちじゃないか」
コニャックがわざとらしく放つ。
「お前はここで一体何をしてるんぞ?」
「というと?」
ディフクは案内してくれたコニャックの部下に下がるよう言うと、車椅子を自走して部屋に入ってくる。表情は獣が威嚇するかの如く激しい。今にも飛びつきそうな勢いを纏っている。それに対するコニャックは飄々としている。まるでディフクがそう来るだろうと分かっていたように。いや、そうさせるように仕向けた、とさえ取れるように。
「随分と余裕だなと思ったんぞ。酒なんぞ煽って。今ランゴルがどうなってるのか知らんわけではあるまいぞ?」
「お前があっさり負けて、占拠されて、危機的状況、ということまでは知っている」
コニャックはディフクに見えるようにグラスにワインを注ぐ。ワインの瓶が空になったことを確認すると、物寂しそうな表情で静かに机に置く。そして、並々に注がれたグラスをディフクに掲げる。
「安い挑発に乗る時間なんてねぇんぞ。ランゴルは崩壊し、平原が大規模な戦場となっとるんぞ。お前の抱えてる兵はいつ出るんぞ?」
「悪いが、我々はこういった事態は不慣れでね。問題ないさ。あの美しい団長殿がすべて解決してくれる」
コニャックはワインを一気に飲み干す。少量の溢れたワインが口角より垂れる。それを胸ポケットに差してあったハンカチで拭う。白いハンカチに赤い斑点が乗る。ディフクの膝に置いた拳に力が入る。
「貴様…。とうとう堕ちるとこまで堕ちたんぞ」
「失礼な奴だな。適材適所という言葉を知ってるかね?我々は神に祈りを捧げる聖職者であって、戦場で吼える獣ではないのだよ。そんなに心配ならば君が向かえばよかろう?」
「…。何を企んどるんぞ」
「なにも?」
「コニャック!!このまま王国軍を見殺しにするつもりならワシが今ここで殺してくれるんぞ!!」
「すごい迫力だ。さすがは常勝将軍…あ、失礼。元・常勝将軍だったな」
ディフクが一瞬でコニャックに接近する。胸倉を掴まれ、押し倒されそうになるコニャックを今にも噛み殺そうかとディフクの獰猛な顔が近づく。机の上にあったワイン瓶やグラスなどは散らばり、割れ、太陽光を受け煌めく。赤い放物線がカーペットに描かれる。
コニャックは押し倒されそうになる身体に徐々に力を入れていく。華奢な司祭の身体とは思えないほどに筋肉が膨らんでいき、ディフクを押し返す。
「安い挑発には乗らないんじゃなかったのか?身の程を知りたまえよ。君の今の身体でなにができる」
ディフクは精一杯の力を込めるが、コニャックは微動だにしない。コニャックは先ほどのハンカチでディフクの額に溢れる汗をゆっくりと拭いていく。ディフクはすぐさま距離を取る。
「貴様ぁ!一体何をするつもりぞ!!魔王に魂でも売ったんか!?」
「言葉に気をつけろよクソダンゴが。私が?魔王に?ふざけるな。私は、いつだって魔王を殺すことだけを考えているさ。今もね」
コニャックはそう言い終えると、机の引き出しから一冊の分厚い魔導書を取り出す。そこには「転生勇者の儀式」と記されてある。
「転生…?」
「その通り。私はこれから転生召喚を行う。あの要塞を崩壊させた少女の身体を使って」
「はじめからそのつもりで…?」
「おいおい。いくら私とは言え、そこまで見越していないさ。第一彼女が誰なのかも知らんしな。しかし、大きな戦が起これば、そういったケースは珍しいことではあるまい」
「貴様ぁ!!!」
「落ち着きたまえ。私は別に人を辞めるわけでも、魔王に加担するわけでもないのだよ。私はこの世に勇者を転生させ、人々に光を与えようとしているわけだ。この戦乱の世を終わりにするのだよ」
「そのために戦を起こしていい事にはならんだろう!」
「歴史は勝者が編むものだ。常勝将軍殿」
ディフクは怒りこそ示せど、もう近付こうとはしない。コニャックの異常なまでの殺気に気圧されてしまっているのだ。コニャックはわざとらしく笑みを浮かべると、動けないでいるディフクの肩を数回叩き、部屋を後にする。
ディフクが項垂れる先には、コニャックが座っていた椅子が堂々と鎮座する。装飾された神々は全てを見越し、それらを赦し、祝福さえしているかのようだ。
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