第34話 対魔王軍戦⑩ -酔剣

 リザードマンのゲコと勇者が睨み合う。ゲコは自身の粘液が滴る曲刀を右手に持ち、左肩を前にした担肩刀勢の構えを取る。前方に差し出た左手が呼吸と共に上下する。

 対する勇者はトレントの汁で湿気てしまった煙草を地面にたたきつける。舌打ちを数十回絶え間なく打ち鳴らすと先ほど相対したリザードマンの剣を拾い上げる。

 ゲコは勇者の足元で伸びているリザードマンを一瞥する。

 

 「素手で倒すとはなかなかやるじゃねぇか。てめぇナニモンだ。そこいらの兵士じゃなさそうだな」

 「ガッタンガッタン好き放題転がしてくれやがってコラ。気色の悪い汁飲んでもうたやないけボケナス。目ぇ回ってるしよぉ。おい。なんや。どこいったんや。逃げたんか!腰抜けぇ!」


 勇者は正気ではない様子で、ゲコがいる方とは全くの逆方向を睨みつけて怒鳴る。その様子にゲコは静かな笑みを浮かばせる。


 「トレントの汁を飲んじまったのか?はは!馬鹿野郎が。人間が飲めるようなもんじゃねぇんだよ。ったく、驚かせやがって。俺の部下を倒したのもマグレだったってこと―」


 ゲコが構えを緩め油断していると勇者が瞬間で間合いに入ってくる。ゲコは勇者を視界に取らえ続けていたが間合いに入られるまで気づくことができなかった。間一髪で勇者の素早い突きを避ける。右頬に一閃、赤色の体液が溢れ出す。


 「…!?コ、コイツゥ!!」


 ゲコは焦りを怒声で搔き消しながら横薙ぎを放つ。獰猛な刃が風切り音とともに勇者に迫るが、勇者は上半身を少し後ろに下げて容易く避ける。ゲコはその動きに冷や汗を吹き出す。瞬時に、目の前の黒い液体で塗れた悪臭を放つ男を強敵であると改め、間合いを取り、防御の構えを取る。勇者はなんの構えも取らず、左手に持った剣を地面に引き摺るようにズカズカと近づいてくる。


 『我流か。感覚で戦うタイプだな。こういう輩ははじめこそ読みにくくてやりにくいが、その内ボロを出しやがる。持久戦に持っていくのが吉と見た』


 ゲコは思考を整理し終えると深い息を一つ吐く。未だ防御の構えは崩さす、だらしなく向かってくる勇者を睨みつける。爬虫類独特の器用な動眼で、目、肩、胸、腕、足、剣先、あらゆる部位を瞬時に観察し続ける。勇者はそんなことは気にもしない様子で相変わらず、構えも取らず踏み込んでくる。

 

 「馬鹿が!間合いに易々と入りすぎなんだよ!」


 ゲコが足で地面を抉り、泥や礫を散布する。勇者の視界が奪われると同時に俊敏な動きで勇者の側面を取る。狙いは泥を払って隙だらけの勇者の足元。姿勢を低くし、躓かせるように低い横なぎを放つ。


 『必殺:トッケイ!』


 刀身が勇者の踝≪くるぶし≫に接触する寸前、勇者の足が一瞬上に動く。そして次の瞬間、ゲコの曲刀は勇者に踏みつぶされていた。「嘘だろ!?」と驚くゲコを容赦なく勇者は殴打する。吹っ飛ばされたゲコが立ち上がろうとすると目前に切っ先が来ている。思わず生唾を嚥下する。久しぶりに味わう恐怖と殺気に声が出ない。

 勇者はゲコを睨みつける。未だ酩酊している様子で、焦点と頭はブレるが、剣先は全くブレることなく線を引いたかのように、ゲコの喉元を捉え続ける。鼓動が早くなる度に切っ先がチクチクと喉仏に当たる。ゲコは声を発することもできず、ただ勇者の歴戦の雄にも、熱心な百姓にも、ただのだらしない中年にも見える面構えを見つめ続ける。


 「おっけー。ナイスゥ。ご苦労さん」


 相対する二人の後方から拍手をしながら賢者が近付いてくる。得体のしれない坊主頭の男の傍らにはデュラギュラに奉仕していたエルフの女たちが裸同然の恰好で佇んでいる。ゲコはその様子からデュラギュラの身に何かあったと察知し、先ほどまで尖らせていた殺気を瞬間で収め、気の抜けた笑いを漏らす。


 「な、なにもんだよお前ら。キチガイに強いな」

 

 ゲコは勇者、賢者、エルフの女たちを順番に見つめていく。一人のエルフの女が安堵とトラウマにより泣き崩れると、勇者は慟哭に根負けするように剣を引く。すると賢者があからさまに貼り付けた笑顔と共にゲコに近付く。隣に立つ勇者は賢者を鬼のような形相で睨みつける。


 「トカゲくん、君には聞きたいことが山ほどあるねん。黙って俺らに拷問されてくれっけ?」

 「拷問の必要なんてねぇさ。なんだ?何が聞きたい?上質なトレントの汁の製造方法なら勘弁してくれよ。なんせこればっかりは企業-」


 賢者の右脚がゲコのみぞおちにめり込む。ゲコはたまらず目を見開き、嘔吐する。賢者は表情は崩さず笑顔で見下す。


 「うっさいんじゃアホンダラ。ガタガタ抜かすな」

 「オイお前、今まで何しとったん?」


 勇者は鬼のような形相で賢者に尋ねる。


 「トカゲ君。俺らが聞きたいのは要塞への行き方。それだけや。お前らが何しにこんなトコ来たとか、トレントの汁が極上やとか、俺がコイツが甕の中に隠れとんの忘れてたとかそんなん全部どうでもええねん」

 「全然どうでもよくないのが出てきてたぞ。おい。殺したろかお前」


 勇者は鬼のような形相で賢者を咎める。


 「…。要塞への行き方…?なんだよ、そんなことかよ」

 「もったいぶらずにはよ言えやコラ。もっかいイっとくけ?お?胃の中のモン全部出さしたろけ?…臭いわぁ。…めっちゃ臭い。…オイ!お前臭いねん!風呂入ってこいやボケェ!」


 賢者が、隣で鬼のような形相で見つめてくる勇者に向かって怒鳴り始める。

 

 「おいおいおい。ちょい待てや。え?逆鱗に触れた。マジで。お前から殺したるわ。ほんまに。絶対殺すから」

 「おぉやってみんかい。魚の腐った臓物みたいな臭いしとる奴が偉そうに語るな。ええか?お前は俺のアイディアで助かった上に、トカゲ共も倒せたんや。まず、ありがとう言わなあかんで?」

 「なぁにがアイディアじゃアホンダラァ!ほぼほぼ見つかるギリギリ一歩手前やったやないけぇ!しかも見捨てたやないかぁ!」

 「お前なら俺は乗り越えられると思ったんや。獅子の子落とし然り」

 「お前に育てられようと思ってへんのじゃチンカスゥ!」

 「それを言うならお前の方がチンカスみたいな臭いしとるやないけぇ!あぁぁ!マジで臭いから!マジでどっかいけや!ってかお前らがこんなワケの分からんもん飲んどるからやないけぇ!」

 「お、オレかよ!?いや、わ、悪かったけど、勝手に入って飲んだのはお前さんだろ!?」

 「なんや、お前。僕に意見すんのか?殺すぞ。お前はただ要塞への行き方教えらんかい。死ね」

 「お、教えるって!教える前にお前たちが喧嘩し始めたんじゃねぇか」

 「おい!こんなん喧嘩に含むな!こんなくっさい男と喧嘩したなんて俺の人生に傷が付く」

 「いや、マジでコイツなんなん?」

 「とにかく要塞への通路は地下にあるから…。ったく、なんか負けたって感じがしねぇよ…」


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